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『キャノンフィルムズ 爆走風雲録』ヒラ・メダリア監督インタビュー

11/14(土)よりシネ・ヌーヴォにて、11/21(土)よりシネマート新宿にてレイトショー公開 ほか全国順次!!

イスラエルからやってきたメナヘム・ゴーランとヨーラム・グローバスがキャノン・フィルムズを率いて80年代ハリウッドに大旋風を巻き起こした!低予算ながらもユニークなジャンルムービーを大量生産して観客を楽しませたキャノン・フィルムズ。共同経営する二人の波瀾万丈な人生を見つめ、映画に人生を捧げるとはこういう事だと叩きつけてくれるドキュメンタリーが今作だ!今作を監督したヒラ・メダリアさんに、「結婚」「離婚」と表すメナヘムとヨーラムの強いパートナーシップの裏側についてもお聞きする事が出来た!

-最初はヨーラムの方に苦戦しました-

キャノン・フィルムズの創始者メナヘム・ゴーラン、メナヘムの従兄弟であり共同経営者のヨーラム・グローバスを知られたのはいつ頃だったのでしょうか?
ヒラ・メダリア:イスラエルでメナヘムもヨーラムも凄い有名な存在でして、彼らがイスラエルの映画業界の開拓者であり、アメリカでいかに成功を収めていたことも聞いてはいましたが、この映画の撮影に入るまではキャノン・フィルムズや、彼ら二人の事はそれほど詳しくは知りませんでした。
私の最初の作品をHBO(アメリカ合衆国のケーブルテレビ放送局)に売りたかったのですが、連絡をしても全く返事がこないという状態で、メナヘムに駄目もとでどうにか繋げてくれないかとお願いした所、協力してくれて売ることが出来たんです。後で知ったのですが、その間に入ってくれていた人たちは皆キャノン・フィルムズで働いていた方々でした。
その様なきっかけがあって、ドキュメンタリーを撮ろうと思われたのですね。実際にドキュメンタリーを制作するとメナヘム・ゴーラン、ヨーラム・グローバスにお伝えした時はどの様な反応でしたか?
ヒラ・メダリア:今までメナヘムはインタビューを何度も受けていましたし、アーカイブとしても彼が出演している映像が残っていて、彼はそういう事に慣れていたんです。逆にヨーラムの方は、反応が悪くて、インタビューが昔から嫌いだという事でした。メナヘムが1年前に亡くなられたので、この映画を作れた事はすごくラッキーではあったと思うのですが、6ヶ月間ヨーラムに出演してほしいと伝えても全く反応がなくて、やっとインタビューのアポイントが取れてもドタキャンされてしまうような状態だったんです。
今は親しくなれましたが、最初は彼の方にすごく苦戦しました。カメラに向かって話すこともメナヘムは慣れているので、何でも話してくれるんですけれども、ヨーラムは最初の頃は個人的な質問に対して全く答えてくれませんでした。時間を掛けて関係を築いていった上で、やっと聞けたことが多くありました。
インタビュー撮影期間はどの位でしたか?
ヒラ・メダリア:それぞれ10回ほどインタビューを行いました。スタジオではメナヘムが4回、ヨーラムは2回ほど撮影を行いましたが、メナヘムの方が多いというのは、最初二人に約束をしていたのをヨーラムがドタキャンしてしまったので、その分メナヘムの回数が多くなってしまったという理由があります。あとは、自宅に行ってインタビューをさせてもらいました。他にも関係者のインタビューをロサンゼルスで行なったり、ジャン・クロード・ヴァンダムはタイで撮影しましたね。

-「一番好きな作品は?」と聞くと、いつも「次の作品だ」と言っていた-

メナヘム・ゴーランの「観客にお返しする」という精神がすごく純粋で魅力を感じたのですが、監督から見るメナヘムとヨーラムの魅力はどういったところですか?
ヒラ・メダリア:二人とも性格も関心の対象も全く違っていて、映画のオープニングを見て分かるようにメナヘムは映画を作ることに子供の頃から興味があって、観客に来てもらい喜んでもらえる事ばかり考えていて、ヨーラムはいかに映画でお金を儲けられるかといったビジネス面に子供の頃から興味があったんですね。なので、子供の頃から対照的で、私はメナヘムの事を「シネマニア」と呼んでいるんです。映画を愛しすぎていて、次の作品の事しか考えていないんです。監督に「一番好きな作品は?」と聞くと、いつも「次の作品だ」と言っていました。また、ヨーラムが常に言っていたのは、オスカー賞というのは銀行からくるものだと。作品の良し悪しではなくて、興行成績が良かったかどうかで賞が決まるんだと言っていたんですね。
根本的な哲学が違う二人でしたが、そのコンビネーションが成功を導いたのではないかと思っています。メナヘムは、夢が大きくて、尚且つ夢よりも大きい事をしたがるような人でした。それが、チャンスを舞い込ませる力になっていると思います。彼らが成し遂げた事は素晴らしくて、例えば「スパイダーマン」の原作の権利を最初に買ったのが彼らです。その反面、作り方やスタイルへの批判もありました。批評家は彼らの作品を酷評していた事もあって、メナヘムも傷ついていたんですけれども、だからこそアート系の作品を作って、より良い評価をもらおうと思ったんですね。ただ、それが資金面で難しくなっていき、破綻へと導いてしまう事にもなりました。
映画少年だった二人が、ハリウッドを目指していくという事はイスラエルではかなり異端な事だったのでしょうか?
ヒラ・メダリア:イスラエルに限らずハリウッドで成功する事を誰でも夢見ると思いますが、夢を見る事と実行する事は別で、彼らは実行する勇気があったと。イスラエルでも彼らは既に成功はしていたんですけれども、少ないお金でハリウッドに渡って色んなリスクを背負っていました。それ故、成功を収める事が出来たんですが、ただリスクを背負い続けてきた故に破綻にも追い込んでしまった矛盾があるかと思います。それだけ彼らにはチャレンジ精神があったという事だと思います。メナヘムはアメリカを去る時に7500万ドル手元にあって、それをイスラエルに持ち帰って映画を作ろうとしたのですが、6か月で全て使い切ってしまったんです。メナヘムは亡くなる時に26の長編の脚本を完成させていました。一生かけて映画を作り続けていた人でした。
写真左:ヨーラム・グローバス 写真右:メナヘム・ゴーラン

-「キャノン・フィルムズをメナヘムと一緒に去ればよかった」-

メナヘムとヨーラムは、「離婚」という言葉を使ってパートナーシップを解消してしまいますが、亡くなるまでには関係を修復出来たのでしょうか?
ヒラ・メダリア:メナヘムが会社を去ってから、全くお互い話さなくなったんですね。その後、ニューヨークのリンカーン・センターで二人のレトロスペクティブがあって、その時に再会したという経緯があります。ただ、私が撮影を始めた時、二人ではあまり喋りませんでした。お互いに少し怒りを抱いているように感じました。撮影を重ねていくにつれて、その距離が段々と縮まってきて、一番大きな分岐点というのが、この作品をカンヌ国際映画祭で上映した時です。二人は会場に来てくれて、周りの人たちはもちろん彼らを覚えていて、サインを求めたり、敬意を払っていました。
メナヘムはこの先それほど長くないという事もヨーラムは分かっていたと思うんです。悪い事は忘れて、昔の輝いていた日々の事を思い出してお互い楽しんでいました。その3ヶ月後にメナヘムは亡くなりました。ただ、その3ヶ月間は二人の間の距離は縮まっていたと思います。カンヌでヨーラムが、「キャノン・フィルムズをメナヘムと一緒に去ればよかった。それを後悔している」と、初めて打ち明けてくれたんですね。それをカメラの前で言ってくれたら良かったのに(笑)。一周してようやく戻ってきた二人を見れた、とても大切な出来事でした。
日本でも人気のある、ジャン・クロード・ヴァンダムやチャールズ・ブロンソン、チャック・ノリスがキャノン・フィルムズの映画を盛り上げていったと思いますが、彼ら俳優にとってキャノン・フィルムズの映画に出ることは他とは違う感覚があったのでしょうか?
ヒラ・メダリア:キャノン・フィルムズは無名な役者を発見して有名にするという事が多かったんです。ジャン・クロード・ヴァンダムはもちろんの事、チャールズ・ブロンソンもくだり坂だったのを彼らの映画に出て挽回しました。役者たちが有名になるきっかけとなる映画をたくさん世に出しているんですけれども、それを覚えている役者と覚えていない役者がいるんですね。インタビューをしたジャン・クロード・ヴァンダムは感謝の気持ちを忘れていませんでした。メナヘムも率直な意見を言う人間ですが、やはり優しいところがあって、それに気付いた人が晩年まで彼と良い関係を築いていたようです。
ジョン・カサヴェテス、ジャン・リュック・ゴダール、ロマン・ポランスキーなどの作品を一緒に作られていますが、芸術性を求めていなかったメナヘムが彼らの作品に関わっていた事は意外でした。実際のところ、彼らの作品にメナヘム自身は感銘を受けていたのでしょうか?
ヒラ・メダリア:アート系作品を作るきっかけというのが、批評家たちに批判をされていたからであって、良い評価を得るためのメナヘムの作戦ではありました。1986年は50本くらいの映画を作っていて、その中にアート系作品も含まれているのですが、アート系作品の場合は予算が2000万ドルくらいかかってしまうので、今までの低予算のようにはいかないと。中には『暴走機関車』(1985)といった成功例もあるのですが、『ゴダールのリア王』(1987)のように失敗してしまった例も多々あります。メナヘムが一番後悔していた事は、アカデミー賞を受賞出来なかったことであって、メナヘムが死んだ時にアカデミー賞を受賞したよと言ったら彼はきっと生き返るだろうと言われたくらい、周りの評価を気にしていたんです。

-メナヘムとヨーラムの関係はラブストーリーだ-

ヒラ・メダリア監督は、メナヘムやヨーラムと出会って最も影響を受けた事は何でしょうか?
ヒラ・メダリア:この撮影を通して学んだことは沢山あります。パートナーシップ、ビジネス、そしてクリエイティブ面に関しても。彼の成功からも失敗からも学ぶ事はありました。私自身は映画監督としても学ぶ事は多々ありましたが、何よりこの映画から人生の事を多く学べるかと思います。メナヘムとヨーラムの関係はラブストーリーだと、よく言っているんです。結婚して、離婚を経て、また仲を取り繕っていくといった、パートナーとはどういうものかが二人を見ているとよく分かるんです。
二人でポップコーンを食べながら映画を観て、昔話をする場面はとても心温まりました。あの日の撮影は、お二人にはどのようにオファーされたのですか?
ヒラ・メダリア:最初は二人を一緒に撮ることを考えていたのですが、二人は考えも嗜好も違うので、別々に撮って並行して見せて、最後に二人を合わせるという構図にしようと決めていたんです。そのシーンについて提案した時も、快く応じてくれました。スクリーンに映し出されている映画に関わっていたどれだけの人がもうこの世にいないか、また彼らがどれだけ沢山の映画を作ってきたかというのを二人は思い返していました。撮影をしている時に私自身感動しましたが、それは観客にも伝わっているんだなと感じています。そういう瞬間を得て、嫌な事はお互いに忘れて関係を改善していこうという方向に変わっていったのかなと思います。
ヒラ・メダリア監督作品『キャノンフィルムズ 爆走風雲録』
11/14(土)よりシネ・ヌーヴォにて、11/21(土)よりシネマート新宿にてレイトショー公開 ほか全国順次!!
■公式サイト
http://cannonfilms2015.com
■公式Facebook
https://www.facebook.com/cannonfilms2015/
■公式Twitter
https://twitter.com/hashtag/boidcannon
■メナヘム・ゴーラン映画祭
シネマート新宿&大坂シネ・ヌーヴォにて、同時開催中!!(11/14~27)
取材・構成・写真: 川邊崇広
『キャノンフィルムズ 爆走風雲録』
監督:ヒラ・メダリア(「Web Junkie」、「To Die in Jerusalem」)

撮影:オデッド・キルマ

出演:メナヘム・ゴーラン、ヨーラム・グローバス(キャノンフィルムズ共同設立者)、シルヴェスター・スタローン、ジャン・クロード・ヴァンダム、ジョン・ヴォイト、 チャールズ・ブロンソン、チャック・ノリス、イーライ・ロス(映画監督)他

原題:The Go-Go Boys: The Inside Story of Cannon Films – Golan/Globus

2014 年/イスラエル/89 分/カラー/デジタル

提供:日活/配給:東京テアトル、日活 後援:イスラエル大使館

字幕監修:町山智浩/字幕翻訳:三田眞由美
ストーリー:キャノン・フィルムズを率いて、80 年代ハリウッドに大旋風を巻き起こしたイスラエル出身の従兄弟メナヘム・ゴーランとヨーラム・グローバス。映画監督でもあるメナヘムとプロデューサーとして高い資質を持つヨーラムのコンビは、低予算のジャンルムービーを次々に製作し、『デルタ・フォース』『暴走機関車』そして『狼よさらば』シリーズなど、当時のメジャー映画会社を超える制作本数でヒットを量産。巨万の富を稼ぎ、一時代を築いていく。 その一方で、ゴダールやカサヴェテス、アルトマンなど商業主義とは一線を画す映画作家たちの映画へも出資するなど、映画の道の全方位へとふたりは突き進んだ。しかし、情熱で始めた映画は、やがて大きな資本の流れにまみれ、ふたりの関係にも亀裂が入っていくこととなる… 。
  • 『ヒラ・メダリア(Hilla Medalia)』
    ピーボディ賞受賞、エミー賞に3度ノミネートされた映画監督、プロデューサー。作品は批評家から高い評価を得て、国内外の劇場、HBO、MTV、BBC、ARTEなどの放送局で放映されている。主な作品に「To Die in Jerusalem」(2007年/HBO放映)、「After the Storm」(2009年/MTV放映)、「Numbered」(2012年/ARTE放映)、「Dancing in Jaffa」(2013年/トライベッカ映画祭、IFCサンダンスセレクション上映)、「Web Junkie」(2014年/サンダンス映画祭上映/PBS、BBC放映)、『キャノンフィルムズ爆走風雲録』(2014年/カンヌ国際映画祭上映)。最新作「Censored Voices」(2015年)は、サンダンス映画祭とベルリン国際映画祭にてプレミア上映され、今秋に劇場公開を予定している。南イリノイ大学にて文学修士修得。