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『クライマー パタゴニアの彼方へ』デビッド・ラマ インタビュー

クライミング界の若き天才デビッド・ラマの3年に渡る前代未聞な挑戦に完全密着したドキュメンタリー。世界一登頂が困難な山セロトーレのコンプレッサールートのフリー化という快挙を成し遂げたデビッド・ラマにお話を伺った。

3年間の遠征中、僕が成長したように、作品も成長していった。できあがった作品を観ても、「僕の作品」「僕の映画」と誇らしく思える映画ができた。

この映画を観て、クライミング、特にフリークライミングの魅力に魅せられました。日本も原発事故以後、資本主義と科学技術の発展の行き着く先がこれなのか、ということで、今までにないようなデモや活動が盛んになっています。人間と自然の共存というのが、一つの大きな課題となって浮上しています。そうしたムーブメントにも合っているように思いました。


あなたが、装備らしい装備もせずに、ほとんど垂直の壁をのぼっていくところは、涙が出そうになりました。アートといってもいいくらいの芸術的、そして精神的なスポーツなんですね。とても小さい頃から登っているシーンが映画にも出てきましたが、フリークライミングに魅せられたのは何かきっかけがあったんでしょうか。
デビッド:実は偶然だったんです。祖父がチベットの僧侶で、中国に占拠された時にネパールに移住しました。ネパールにチロル出身の母が遊びに行った時に、ちょうどトレッキングのガイドをしていたのが父だった。2人は出会い恋に落ち、僕が生まれ、オーストリアに戻ったんです。ただ、チロルもご存知のように山に縁が深い地域でもありますが、トレッキングとハイキングは大好きでしたが、いわゆる本格的なクライミングはしていなかったんです。


両親が、ネパールの援助プロジェクトに参加していた関係で、ラインホルト・メスナーとともにエベレスト無酸素初登頂を果たしたペーター・ハーベラーと知り合いだったんです。僕が5歳の時に、ペーターが「クライミングやってみない?」ということで、初めてやってみたのがきっかけです。そこから13年以上、コンペティション・クライミングをやってきました。最近は、よりアルピニストとして活動するようになっています。
映画化の話が出たのはいつですか? 映画化の話をどう思いましたか?
デビッド:そもそもセロトーレに登りたいと思ったのは、2008年にチリに遠征に行った時でした。古びた雑誌にセロトーレの写真が載っていて、それがディテールまで分かるようなものだった。もちろんもともとセロトーレのことは知っていたけど、それは登りたいと思わせるような写真だった。岩場の特徴だったり突起だったりを見て、こことここを繋げば登れるんじゃないかと思った。セロトーレのような山を見ると、赤い線で登るべきルートが見えるんです。フリークラインミングで、登れるんじゃないかと思った。調べたら、今までフリーで登った人はいなかったけど、登りたいな、と思ったんです。


僕のスポンサーであるレッドブルにその気持ちを話したら、3年後くらいがいいと思わない? と言われた。それは、僕はインドアのコンペティション・クラインミグと並行してアウトドアでのクライミングも続けてはきたんだけど、あなたが映画でご覧になったようなクライミングとは、また違うんです。経験不足だと思われたんですね。
ただ僕もどうしてもセロトーレが頭から離れなかった。で、結果的には賛同してくれて、それを映像におさめたいと言ってくれたのが始まりです。
クライミングの映画なら今までもたくさんありました。日本でも「山岳映画」というジャンルで呼ばれ、「山岳映画祭」のようなものもたまにですが開かれます。ただドキュメンタリーでも、史実をもとにしている劇映画でも、クライマーの死と隣り合わせの過酷な状況が描かれます。観客は死と名誉と友情の板挟みになる「男たちのドラマ」を期待し観に行く…という図式ができあがっていると思います。


この映画はそうした図式からは外れていますね。登場人物はみな、過去の偉人を除き誰も死なず、なぜか死の気配もあまり感じられず、あなたたちの友情の問題も強調はされず、あなたたちも名誉のためにというよりは、自分に打ち克つためにチャレンジしているように見えます。
その違いはクライミングとフリークライミングの違いに対応しているんでしょうか? つまり、フリークライミングの新しさが、映画に新しさをもたらしているんでしょうか。
デビッド:クライミングが危険であることは明白で、死の影がつきまとうことなんて、最初から分かっていることです。他にたくさん描きたいことがあったので、誰が見たって一目瞭然のことをわざわざ描く必要はないと思った。あなたが言ったように確かにそういった山岳ものは、「死と対峙する登山家たち」を強調し、ほとんどそれだけになってしまっていることを、僕はとても残念に思います。


セロトーレに登ることは、自分にとってもプロジェクトとして大きな、難しいものであり、自分自身成長しなければいけなかった。この映画は、僕が成長する姿を、映像におさめてくれたと思っています。そこを感じ取ってくれている方が多いのは、とても嬉しく思う。


僕が撮った映画ではないけれども、3年間の遠征中、僕が成長したように、作品も成長していった。撮影中も重要な決断には関わっていますし、編集にもかなり関わっています。できあがった作品を観ても、「僕の作品」「僕の映画」と誇らしく思える映画ができた。ありのままの自分をおさめる映画になってよかったと思っています。
死と名誉の話が出ましたが、その問題を、山と結びつけて考えることは僕は嫌いです。僕を含めた新しいクライマーたちは、そういう考え方はしません。それを求めてしまえば、どちらかしかない、ということにもなってしまいますからね。
死の気配があまりないのはとてもこの映画を明るく、現代的にしていると思います。ただ今おっしゃられたように死の危険というのは実際にはつきまとっているものだと思いますが…恐怖はどのように克服されているんでしょうか。
デビッド:恐怖心というものは、大切だと思うんです。危険を察知するのは、恐怖心だと思うから。大切なのは、パニックと区別をすることではないでしょうか。パニックというのは、逆に理性的な思考を失わせて、問題を解決することから離れ、ただ感情に振り回されてしまう。
僕は恐怖心を忘れないようにしたいと思っている。クライマーはみな、危険やリスク、死の可能性を忘れてはいけないとも思っています。
このようなチャレンジを撮影するというのは、とても大変だと思いますが…。実際、第1回目の登頂で、撮影隊が打ったボルトのために非難されていらっしゃいますね。もちろんあなたは登るのが仕事で、撮影隊の苦労はまた別の話だと思いますが、何かアドバイスするようなことはあったんでしょうか。
デビッド:第1回目の登頂は、僕は撮影にはほとんど関わっていません。まぁ、だからこそ「ボルト事件」が起きてしまったんですが。ただ、その失敗があったからこそ、撮影に参加しなければと思いました。つまり、山の中で、倫理的にどこまでやってもいいのか、ということ。逆に言えば、なんでもできるからこそ、倫理に沿って、撮影隊に助言しなければいけない。撮影の責任も、僕が取らなければいけないんだと思い、それ以来、僕もおおいに撮影に関わるようになりました。


何をやってよくて、何がだめかということだけでなく、どの部分が、僕たちが自分で撮れるのか、ヘリじゃないと撮れないのか、先回りして登っておいた方がいいのか、ポジショニングを含め、全て撮影隊と話し合って決めています。それに加えて、クライミングパートナーのペーターと、ヘルメットカメラや録音機材、ハードカメラなども持って行ったんですが、バッテリーや重量制限などについても彼と話し合いながら調整しています。いかに機材を軽量にするかということも重要だったんです。軽ければ軽いほど、早く動ける。早く動けるということは、より食料なども少なくてすむ。危険回避にも繋がるんです。


第3回目の登頂では、先回りして撮影したカメラマンは一人しかいなかった。登るのが難しい山で、誰もが登れるわけではない。ですので、上から一人で撮った映像の他には、僕らが撮影した映像が使われています。
クライミングに興味がある人だけでなく、広く人々に楽しんでもらえる映画だと思います。映画作りに関わって、映画に興味が湧いたのではないですか? これからも映画を?
デビッド:今は、映画を観ていても、エンドロールを見ながら、どんなテクニックを使ったのかとか、以前は目がいかないようなところに目がいくようになりました。もともと写真を撮るのは好きだったんですが。今挑戦中のマッシャーブルムという山は、より遠隔地にあって、自分たちで撮影するしかないんです。映画というよりは記録映像になると思いますが。


映画は、どちらかというとノンフィクションの方が好きですね。これから映画を作るとしても、絶対にやりたくないのは「フェイク」ですね。作り込んだりすることはしたくない。過去に起きたことを再現する「再現系」のドキュメンタリーは、僕は好きではない。ドキュメンタリーであれば、その場で実際に起きていることを記録すべきだと思うんです。
2本目を拝見できることを楽しみにしています。本日はどうもありがとうございました。
【Story】

アルゼンチンとチリの両国に誇る、南米パタゴニア。その氷冠の間にそびえ立つ、3,102mの花こう岩の鋭峰″セロトーレ″。この難攻不落の山に、クライミングワールドカップ総合優勝を果たしたデビッド・ラマが゛フリー・クライミング゛による前人未到の登頂に挑む。しかし2009年11月の1度目の挑戦では、移ろい易い天候に左右され、下山を余儀なくされる。 2011年1月、2度目の挑戦で度重なる困難を乗り越え、登頂に成功。しかし、先人たちが残したボルト等を使用したことにより、フリー・クライミングと認められず、周囲から失敗の烙印を押されてしまう。そして、2012年1月に3度目の挑戦。1つのミスも許されない状況のなか、自らの限界に挑むデビッドの登頂の行方は…?
トーマス・ディルンホーファー監督作品『クライマー パタゴニアの彼方へ』
8月30日より新宿ピカデリー他全国ロードショー!
■公式サイト
http://climber-movie.jp/
■関連記事
http://culture.loadshow.jp/topics/climber-patagonia/
聞き手・構成: 夏目深雪
『クライマー パタゴニアの彼方へ』
【監督】トーマス・ディルンホーファー

【出演】デビッド・ラマ、ペーター・オルトナー、トーニ・ポーンホルツァー、ジム・ブリッドウェル

2013年/ドイツ=オーストリア/103分/シネマスコープ/デジタル/原題:Cerro Torre

字幕翻訳:秋山ゆかり/字幕監修:池田常道

【提供】シンカ、ハピネット

【配給】シンカ

【特別協力】MAMMUT SPORTS GROUP JAPANA

Ⓒ 2013 Red Bull Media House GmbH

  • 『デビッド・ラマ(David Lama)』
    1990年8月4日 オーストリア生まれ。エベレスト無酸素初登頂を達成したペーター・ハーベラーにより僅か5歳の時にその類まれな才能を見いだされた。2005年にユースの大会でワールドチャンピオンになると、弱冠15歳にしてシニアのワールドカップへの出場を特別に許可される。1年目のシーズンでは、史上最年少で世界王者の栄冠を手にすると、その後も勢いは止まらずヨーロッパのチャンピオンシップで2つのタイトルを獲得。本作では″セロトーレ″南東稜のフリー化に挑む。