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#11『映画と私』竹澤平八郎さん(タラノメ株式会社代表)

「みんなが会社に行っている時間に映画を撮影しているというのが新鮮でした」

もともと大学卒業後は証券会社で働いていて、今は発電事業を中心とした会社をやっています。映画に携わったのは『永遠に君を愛す』(2009/濱口竜介監督)と『Playback』(2011/三宅唱監督)の2本で、どちらも製作として関わりました。
『永遠に君を愛す』のときは、たまたま会社を辞めて時間ができたタイミングで、濱口に映画を撮るから手伝ってくれと頼まれました。たしか、共通の知人の引越しの手伝いをしていたときじゃないかな、頼まれたのは。僕も濱口も平日動けたし、どちらかというと肉体派でしたからね。あの引越しがなかったら、映画の世界に関わることもなかったかもしれない。
映画を作る世界というのはそのときはじめて知りましたが、人、モノ、カネ、スケジュールを管理する仕組みが面白いと思いましたね。私もプロジェクト管理のような仕事をしたことがあるので。香盤表みて、ああ、どこの業界でも同じようなもの作るんだなと思ったり。それに、平日みんなが会社に行っている時間に映画を撮影しているというのが不思議で新鮮でしたね。

「毎日映画を見ていると「映画を鑑賞するアンテナ」ができるんでしょうね」

「映画と私」というお題とのことですが、私の場合、大学時代に吉祥寺に住んでて、そこの商店街にドラマっていうレンタルビデオ屋があって、よくそこで映画を借りてました。まだギリギリでVHSが主流の頃でしたね。そこは棚を使って意欲的に作品の紹介をしていて、その店に教育されていろいろ見た感があります。あまり大学にもちゃんと行ってなかったので、とりあえず本屋で立ち読みして、ドラマで映画借りて、みたいな日々でした。
そのときにわかったのは、映画は毎日いくつも見ていると「映画を鑑賞するアンテナ」みたいなものができて、何を見ても面白く感じられるようになるんですよね。世間的にイマイチとされている映画でも、空がすごく青いとか、この人物の台詞だけ面白いとか、なんか楽しみポイントを見つけるようになってしまう。
最近ゴダールのある映画を見直す機会があったんですが、ぜんぜん意味がわかんなかったんですよね。その映画は、学生時代に見たときはショックで一日ボーっとしてしまったものだったんですがね。就職して以降、映画をまとめて見なくなってしまったので、「映画を鑑賞するアンテナ」が衰え切ってるんでしょうね。でもそれが必ずしも悪いことだとは思いませんが。
最初の記憶に残っている映画体験というのは、アニメなんですが、6歳か7歳くらいのときに家で見た『天空の城ラピュタ』ですかね。夜の9時くらいから見はじめて11時くらいまで見て。それまでいつも10時くらいに寝ていたのですが、なぜかそのときは親も最後まで見せてくれて。初めて深夜11時という時間を体験したのと相まって、そのときのテンションは今でもよく覚えています。
あと、正月はこたつに入って「ポリスアカデミー」というのがなぜか定番として記憶に残っていますね。私が小学生の頃は正月に映画がいっぱいやっていて、その時期は番組表が載った冊子を熟読して、一度もこたつから出なかった。でも当時は欧米人の顔の区別がつかなかったから、ストーリーの詳細はわかんなくて、笑いどころで笑うだけだったと思います。
中学生の頃は、父親が持っていたソニーのハンディカムで小作品を作っていたことがありますね。編集作業はVHSデッキとラジカセに直接つないで、再生ボタンと録画ボタンだけでやってました(笑)。中学校で給食の時間に流した「空き缶を集めましょう」のキャンペーンビデオが私の唯一の上映作品かな。当時は昼休みに放送室に出入りできるのがなんかかっこよくてうれしかったですね。

「私は映画ファンではないのかもしれないですが……」

振り返ってみると、私はこれまで、映画はほとんど映画館で見ていないんですね。田舎出身ということもありますが。映画の定義ってなんだろうって、今、wikipediaで調べてみると、「映画(えいが)とは、狭義には、映画館で上映される動画作品のことである」とあるので、映画館に足を運んだ回数ということで考えると、私は映画ファンではないかもしれないですね。
なんか否定的なこと言ってますが、友人たちの仕事を手伝うのはやぶさかではないので(笑)。
個人的に関わるか事業として関わるかわかりませんが、今後、業界の外から応援できることがあれば応援していきたいですね。

あのときの一本

「はじまり」(2005/監督:濱口竜介)
ある日、当時の同居人が「俺が撮ったんだけど」といってDVDをくれました。具体的に何がというわけではありませんが、いつまでも、なんか良かったという記憶が残っていて、それからしばらくして、私は会社を辞めました。
聞き手・構成・写真: 石川ひろみ
  • 『竹澤平八郎(たけざわ・へいはちろう)』
    1979年栃木県出身。大学卒業後、証券会社勤務、個人トレーダー。現在は栃木県で再生エネルギー事業を行う会社を経営中。