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#09『映画と私』酒井耕さん(映画監督)

「東北での民話の記録は今も続けています」

映画監督をやっています。最新作は『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』という東北記録映画三部作で、濱口竜介と共同監督で2年間くらい東北に行って撮っていたドキュメンタリーです。ちょうど今(2013/12/17現在)アップリンクで公開中です。
『うたうひと』が民話の記録なんですけど、僕はその民話の記録を今も続けています。これが映画になるかはわからないんですが、映像で残せることで考えると今すごく撮りたいものですね。語り手の方々がとてもご高齢なので残せるときに残したいと思いまして。民話語りの勉強をしている方はたくさんいらっしゃるらしいんですが、練習して語れるものとそうじゃないものがあると思うので、それとはまた違った映像という形で残せたらなと考えています。
子供の頃見た映画で1番覚えているのは「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズ(監督:ロバート・ゼメキス)ですかね。毎回テレビでやるたびに見ていました。『グーニーズ』(1985/監督:リチャード・ドナー)とか『グレムリン』(1984/監督:ジョー・ダンテ)も好きでした。
あと印象に残っているのが、小学校の芸術鑑賞でみんなで映画館に行って『シンドラーのリスト』(1993/監督:スティーヴン・スピルバーグ)を見たときのことです。熱心な先生で、たぶん反戦教育のために見せられたと思うんですけど、僕らとしては、暗くて怖いっていうのと「なんかエロいシーンあったよね」とか言って、まわりの女子を冷やかすくらいの印象しかなかった気がしますね。深夜にテレビでちょっとエッチな洋画をやっていたことを知っていたので、「やっぱ外国の人はそうなんだ!」って思いましたね(笑)。実際悲しいことが起きているっていうことは全然読み取れていなかったです。

「どこか黒沢さんに見せるために撮っていたんじゃなかろうか—」

高校時代に友達が放送部で、NHKの全国高校放送コンテストのためにドラマを撮っていたんですよ。 それを手伝っていたらけっこう面白かったので東京農大の映画サークルに入りました。でも最初は部員を笑わせるためとか、ごく限られた人に見せてコミュニケーションを取れるのが楽しくて撮っていたんだと思います。短いものだと学校が終わって集まって、何を撮るか決めて、撮って編集して見るところまでいけちゃうんですよね。その調子でけっこういっぱい撮っていました。でも映画監督になろうという考えはまったくなかったですね。農大の映画サークルで「よし、俺は映画監督になれる」と思ってる奴はちょっと頭おかしいですよね(笑)。
大学3年くらいに映像で遊んでるとはいえ、撮っていると映像そのものが気になってきて、映画を見るようになりました。そこで黒沢清さんの映画を見るわけですよね。それまではシナリオを書いたこともなかったので見よう見まねで書いてみて、漠然と黒沢さんらしきものが撮りたいと思っていました。そのときに初めてストーリーがある40分くらいのものを撮りました。さすがにフィルモグラフィーには入っていないんですけど、僕は気に入っている作品なんですよね。あとは、黒沢さんの本を読んで、そこに書いてある映画をとりあえず見てみるということをしていました。黒沢さんの文章を読んだ後だと映画が面白いんですよね。「俺もわかる、わかる」と思えたので、そういうところから映画に入っていけたような気がしますね。
大学卒業後、半年は何もしていなかったんですよ。そろそろ何かしないとまずいなと思ったあたりで、ライターをしていた先輩の紹介でいわゆる総合誌の編集をやることになりました。編集部が3人で、編集長と副編集長はフリーだったので内部の人間は僕だけでした。ライターとデザイナーで60人くらいの体制で編集が3人だったのでざっくり言うと帰れないという感じです。入って2ヶ月くらいでページを持たせてもらって、1年後くらいには3分の1から半分くらいやらなきゃならない状況でしたね。でもそれはそれで楽しかったですけどね。例えば風俗嬢とかにインタビューしたり、あとセンターGUYって知ってます?センター街で流行ったギャル男のハシリだと思うんですけど、彼らが出始めた頃にまだ都市伝説だと思われていて、実際に僕がセンターGUYの格好をして取材に行ったりしていました。自分で取材対象を考えて、取材して編集してっていうのは東北記録映画三部作でやっていたこととけっこう近かったのかもしれないですね。まったく役に立っていないと思っていたけど、少しは役立っているのかもしれないですね。
その後、藝大の院に映画専攻ができるっていうのを新聞で知ったんです。錚々たる教授陣だなと思いました。受けてみたいなと思ったんですけど、忙しい状況だったので会社には内緒で受けていたんですよね。だから新作というよりは大学で撮った作品の中から提出するという感じでした。どこか黒沢さんに見せるために撮っていたんじゃなかろうかと思っていたので。

「ドキュメンタリーとフィクションを分けようとしたそばから理論が破綻していくような気がします」

藝大を卒業してからは、制作をやったり、映画美術をやったりしていました。そんな中、濱口が僕の方に電話をくれたんですよ。けっこう意外でしたね。仲は悪くもないし現場で会ったりもしていたんですけど、映画を撮るときにお互い呼んだりしたことは一切なかったですからね。こういうドキュメンタリーのときになぜか僕に電話がきたわけです。まあ1番の理由は僕が車の運転をできたことだと思います。はじめは監督としては呼ばれたわけではなかったので、濱口のやりたいことを聞こうと思って行ったんですが、たしか2人目の方を撮ったあたりで「もう共同監督にしない?」と言われまして。僕もそのときカメラに映り込んでいたりとか、僕の視点からしか見えないものがかなり多く出てきていて、もはや勝手にやっているという状態になっていたので、それも含めて「責任持ってやってくれよ」ということだと思うんですけど、よく思い切って言ってくれたなと思います。そこでやれたっていうのは、ひとつ自信になりましたね。
東北記録映画三部作は自分の中で大きな仕事でした。2011年と2013年の2年で4本という本来ありえない数を撮れて、撮れたもの自体が自分の考え方とはちょっと違った方向で撮れたので、ここがスタートになると思うんですよね。震災の映画って1回撮り始めて、じゃあどこで終わるんだってこともあるんですけど、ずっと震災というものを続けて撮り続けるというよりは、次撮ったものがこの映画と関係しているだろうという感覚があります。今後は、基本的にはフィクションを撮ろうと思っています。今回もドキュメンタリーといいつつ、これはすごくフィクションにも繋がっているなとも思っているんですよね。でもドキュメンタリーとフィクションを分けようとしたそばから理論が破綻していくような気がするので、そこの間にあるものから何かを拾わなければなという気はしています。

あのときの1本

『カリスマ』(1999/監督:黒沢清)
原版のシナリオを読んで、「うん、意味わかんないな」と思いつつも黒沢さんの映画って自信というか根拠があるなと思って。シナリオの手本にするにはおかしいんですけど、そういうものに触れたときに自分でも何かやってみたくなりました。
「東北記録映画三部作」 酒井耕・濱口竜介監督作品
渋谷アップリンクにて公開中
http://www.uplink.co.jp/
聞き手・構成・写真: 石川ひろみ
『はじまりへの旅』
監督・脚本:マット・ロス

出演:ヴィゴ・モーテンセン、ジョージ・マッケイ、フランク・ランジェラ

原題:Captain Fantastic 119 分/シネスコ/英語/日本語字幕:中沢志乃 配給:松竹

© 2016 CAPTAIN FANTASTIC PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.
ストーリー:ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)と6 人の子供たちは、現代社会に触れることなくアメリカ北西部の森深くに暮らしていた。父仕込みの訓練と教育で子供たちの体力はアスリート並み。みな6 ヶ国語を操り、18 歳の長男は名立たる大学すべてに合格。しかしある日入院していた母・レスリーが亡くなり、一家は葬儀のため、そして母の最後のある“願い”を叶えるため旅に出る。葬儀の行われるニューメキシコまでは2400 キロ。チョムスキー※は知っていても、コーラもホットドッグも知らない世間知らずの彼らは果たして、母の願いを叶えることが出来るのか…?(※ノーム・チョムスキー=アメリカの哲学者、言語哲学者、言語学者、社会哲学者、論理学者。)
  • 『酒井耕(さかい・こう)』
    1979 年長野県生まれ。映画監督。現在の活動拠点は東京。東京農業大学在学中に自主制作映画を手掛け、卒業後、社会 人として働いた後、2005 年に東京藝術大学大学院映像研究科監督領域に入学。修了制作は『creep』(2007 年)。『ホ ーム スイート ホーム』(2006 年)の他、濱口と共同で東北記録映画三部作『なみのおと』(2011 年)『なみのこえ』 (2013 年)『うたうひと』(2013 年)を監督。現在は 映画製作と平行して、各地の土着文化の再編活動に携わっている。