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♯21 『映画と私』小野田雅人(映画館支配人)

イベントは、多い時ですと毎日実施しているような時もあります。

映画館の支配人をやらせて頂いています。お客様の接客から映写業務、劇場内や周辺地域での宣伝展開の立案、実施など、映画館に関わる業務全般をやらせて頂いてます。

当館は日本映画専門のミニシアター系の映画館で、メイン館になることが多いので、宣伝会議に出席させて頂いて、劇場の視点として、宣伝展開について意見を言わせて頂いたりもします。あとは上映作品の選定についても、当館の場合は本社の編成担当が行っていますが、編成担当の提案に対して意見を言わせて頂いたりですとか、配給や宣伝の方々とご相談しながら、舞台挨拶やイベントの進行やオペレーション対応も行っております。


イベントは、多い時ですと毎日実施しているような時もあります。一時期ですと二ヶ月位毎日実施していたような事もありますし、少ない時でもペースとしては週一位では実施しているかと思います。

『ベスト・キッド3』を学校の友達と何人かで観に行きました。翌日学校でみんなで真似して戦ったりとかしてたような記憶がありますね(笑)。

初めて映画館で観た映画は、子供向けのアニメ以外で言えば母親と一緒に観た『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』だったと思います。その当時は同時上映が当たり前だったので、『トレマーズ』という作品が同時上映されていました。どちらも割とハラハラドキドキする様な内容でしたので、子供ながらに興奮しながら観ていたような覚えはあります。

小学生の時には、『ベスト・キッド3』を学校の友達と何人かで観に行きました。恐らく初めて子供だけで観に行った映画はそれだったと思います。確か私ともう一人仲が良かった友達がその前作を観ていて、今度3が公開になるっていう事で何人か連れ立って観に行ったんです。それで翌日学校でみんなで真似して戦ったりとかしてたような記憶がありますね(笑)。


中学、高校時代は野球部に所属してましたので、ほとんど毎日練習で忙しくて映画は観れてなかったです。映画はごくたまに観に行く位で、ほとんど映画館に行った記憶は無いですね。

特に自分が興味を持ったのはプリントの映写です。

大学に入って時間が出来た時に映画を観ようという習慣が段々出来てきました。観ていく内に予告編やチラシを見て、あれも見たいこれも見たいってなってきて、それからどんどんはまっていきました。

大学生の頃は映画館、ビデオ、問わず常に観てましたね。レンタルビデオもほぼ常に家に10本あるような状況でしたし、映画の日といったら、もう朝から晩まで映画館にいました。一日で5本映画館で掛け持ちで観た事もあります。それから社会人を一年経験してから一度仕事を辞めて札幌の実家に帰ったんですけど、その時はサッポロファクトリーの中のユナイテッド・シネマにしょっちゅう行っていました。


その後、何をしたいかと考えた時に当時、一番興味があったのが映画でした。最初は映画を作りたいと思って上京してきたんです。それでアルバイトを探している時に、どうせなら映画に関わるアルバイトをしたいと思いまして、ル・テアトル銀座の正月興行で『ウエスト・サイド物語』を上映する時にアルバイトで入りまして、その後、テアトル新宿で人手が足りないから続けてやらないかというお話を頂き、テアトル新宿で働くことになりました。

そうしていく内に段々と映画を作る事よりもアルバイトの仕事の方がメインになってきました。テアトル新宿は比較的アルバイトにも色々仕事を任せてもらえる職場だったので、特に自分が興味を持ったのはプリントの映写ですけども、映写はほぼ任せてもらえるような状況でしたので、やりがいを感じながら映画館の仕事の魅力に惹かれていきました。


今はほとんどがデジタル上映になりましたが、当時の映写の仕事としては、プリントが大体6巻や7巻などいくつかの巻に分かれて届くので、それを編集して繋げて、映写機にかけて上映します。お客様に観せるにあたって、問題がないかという試写も行います。その際に音量や画郭の調整ですとか、映写が終了するタイミングも、異常が無いかチェックをして、より良い状態に調整を行います。映写機を二台で上映する様な場合ですと、一台目から二台目への切り替えのタイミングは注意が必要ですね。下手にやってしまうと画が重なってしまったり黒味が出てしまったりするんですけど、お客様が観ていて違和感を感じないようにタイミングを調整する作業も必要になります。

たくさんの人達が関わってきて出来上がったものを、お客様にお届けしているという使命感。

この仕事のやりがいは、自分達が映画をお客様にお届けしているんだという思いですね。作り手の方はもちろんですが、配給の方や宣伝の方がいて劇場に映画が届いている訳ですけど、それをお客様に観せる仕事というのが、映画館のスタッフの仕事ですので、そういうたくさんの人達が関わってきて出来上がったものを、お客様にお届けしているという使命感や充実感、そういう所ですね。

映画館の支配人になったのは二年半程前です。私が支配人になって一本目の公開作品は『セイジ-陸の魚-』(2012/監督:伊勢谷友介)という作品です。自分が支配人になって一本目の作品ですし、その時は監督の伊勢谷友介さんですとか、プロデューサーさんですとか、皆様イベントで毎週来て頂いたり、配給、宣伝の方々もすごく熱心にやって頂いた作品でしたので、私も思い入れが深い作品です。


当館は舞台挨拶やトークイベントもそうですが、サイン会や握手会なども実施させて頂いておりまして、作り手の方々とお客様とを繋げる役目が出来たらという思いがあります。大きい作品ですと、初日の舞台挨拶などはあるとは思いますが、そういう身近なイベントであったり、映画制作にあたっての監督やキャストの方々のお話ですとか、当館で実施している様なイベント程、深いお話を聞ける機会というのは少ないと思います。お客様も映画ファンの方が多いので、作り手の方の思いを映画ファンの方々に届けれる、そういう一役を担える映画館でありたいと思っています。

支配人という立場以前に、映画館で働く人間として、映画というのは非常に多くの方々が関わって一つの作品が映画館に届けられますので、それを楽しみに観に来てくださるお客様に最高の状態で映画をお届け出来る様な環境作りと、観に来て頂いたお客様が映画をより好きになって頂けて、もっと映画館に足を運んで頂けるようになればいいなと思っております。

あのときの一本

『評決のとき』(1996/監督:ジョエル・シュマッカー)
大学時代に最も影響受けた映画です。黒人差別の裁判ものの映画です。黒人差別の色濃く残る地域で、白人の弁護士が黒人を弁護していく中で、迫害や妨害を受け、それを乗り越えていく過程や、特に最終弁論のシーンが凄く感動的で何度観ても素晴らしいと思える作品です。
聞き手:川邊崇広
写真・構成:川邊崇広
  • 『小野田雅人(おのだ・まさと)』
    1977年生まれ、札幌出身。立命館大学卒業。その後、上京してテアトル系列の映画館でのアルバイトを始める。テアトル新宿では10年以上仕事をしている。現在、テアトル新宿の支配人。