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♯40「映画と私」菊地凛子(女優)

「映画とあなた」のあいだにある物語を知りたい。幼少期の記憶から映画との現在まで。

平面から立体への変化、その驚き

菊地凛子です。幼少期の映画の記憶としては、テレビで見たのだと思いますが、『つる -鶴-』(監督:市川崑/88年)という作品があります。吉永小百合さんが「鶴の恩返し」の鶴を演じていて、童話の世界を映画化した内容だったと思います。絵本の世界のキャラクターが、実際に話したり、動いたり、吹雪の中から現れてきたりすることに、とにかくビックリしたことを覚えています。
その頃の私にとって物語というのはイコール絵本でした。でもテレビで見たそれは、目の前で実際に人間が鶴に変わっていくわけです(笑)。絵本は平面で、変化を頭の中で想像して楽しむものですが、それがテレビの中では立体となって具体的に動いている、そんな“平面から立体への変化”にとにかく驚いたのだと思います。
初めて映画館で見た映画は、恐らく『魔女の宅急便』(監督:宮崎駿/89年)だったと思います。よく見ていたジャンルは、兄が“ジャッキー・チェン”好き、父が“侍映画”や“ウエスタン”好きなので、そういったアクション映画をよく見ていました。乗馬や居合道、殺陣を習わせてもらっていたのも、きっとそんな家族の趣味嗜好があったのだと思います。具体的にこれを見たという記憶はないのですが、とにかく登場する俳優さん達が輝いて見えていました。そこに映っているのはいわゆるヒーローで、単純にかっこいいな、って。

「女優の役割が、いわゆる“ビューティー”だけでなく、人間の襞(ひだ)を表現することなのだとしたら、もしかしたら自分にもできるのかも知れないって」

高校生くらいになると、そのとき自分がオシャレだと思っていることに被れたりしますよね?(笑)。私の場合、そのひとつが映画館に通ってみることだったのですが、そうした時期に吉祥寺バウスシアターで「ジョン・カサヴェテス特集」があったんです。もしかしたら、そこでの体験が女優を目指したことのそもそものキッカケになるかもしれません。見た作品は『ハズバンズ』(70年)、『ミニー&モスコウィッツ』(71年)『アメリカの影』(59年)だったと思います。
上映は、雑誌「SWITCH」での特集を読んで知ったのだと思います。カサヴェテスの作品に出会うことってとっても稀じゃないですか?ですから、書籍や雑誌はすごく大きな役割を担っているし、そこに携わっている方々は、とても偉大だなと思っています。今は、Webもあるし、昔に比べて紙に触れるという行為が少なくなってしまったのかも知れないですが、そうすることで入ってくる情報ってたくさんあると思うんです。私は東京生まれではないので、そうやって雑誌のページをめくらなければ映画には行き着かなかったかも知れません。
カサヴェテスの映画でジーナ・ローナンズは、とても人間的な役柄を演じていて、そんなジーナ・ローナンズの姿が格好良くて、とても素敵だなと感じました。見たくないものも見せることのできるのが映画であって、そこには愚かな、私たちの愛すべき人間が映っている、そんなカサヴェテスの映画を見て、深い衝撃が走りました。それで、女優の役割が、いわゆる“ビューティー”だけでなく、人間の襞(ひだ)を表現することなのだとしたら、もしかしたら自分にもできるのかも知れないって、そんなふうに思うようになったんです。

“女優”としての身の置き所、そして突然の“アカデミー助演女優賞”ノミネート

女優として「映画」に関わりたいという思いから、自分の身の置きどころに色々と悩んでいたこともあったのですが、99年に新藤兼人監督の『生きたい』で映画デビューをすることができました。それから、熊切和嘉監督の『空の穴』にも出演をして、そこでも色々な方との出会いがありました。その後、紆余曲折としていた時期もあったのですが、そんな時期に突然、『バベル』(監督: アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ/07年)への出演が決まったんです。結果として、アカデミー助演女優賞にノミネートをしていただいて、喜びはもちろんですが、突然のことに少しの恐れも感じました。
『ノルウェイの森』(監督:トラン・アン・ユン/10年)に出演が決まったときに、なんだか外国の監督と縁があるな、と思ったんです。それで、英語を勉強しようと真剣に考えはじめました。結局、『バベル』を境に外国から送られてくる脚本が増えたこともありましたし、「グリーンカード」を取得できたこともありましたから、せっかくだからと思い切って住居をニューヨークに移したんです。

少女でもなく、成熟した大人の女性というわけでもない今の自分の表現

ニューヨークに越して、すぐに順風満帆というわけでは決してありませんでしたが、やがて、『47RONIN』(監督:カール・リンシュ/13年)への出演が決まりました。続けざまに『パシフィック・リム』(監督:ギレルモ・デル・トロ/13年)への出演も決まって、そうすると国外での長期の撮影が多くなって、住まいは移したけれど、あまりニューヨークへは帰れないということにもなってしまって(笑)。でも、撮影が終わったらやっぱりニューヨークへ帰って来るわけで、それでジョン・F・ケネディ国際空港からニューヨークへの帰路につくと、ウィリアムスバーグ橋を通る瞬間などに、その景色を懐かしく感じるというか、帰って来たな、と思えるようになっていました。ほどなくして、ヨーロッパの映画に出演する機会も出てきて、国外での撮影はますます増えていきました。エージェントやマネージメントのチームのおかげで、どこに暮らしていても安心して仕事ができる状況になっていましたし、そんな経緯もあって、今は日々の暮らしを日本に移したところです。そう、ちょうどその頃のことですが、音楽に挑戦したいと思うようになりました。というのも、少女でもなく、成熟した大人の女性というわけでもない今の自分の表現を、音楽に挑戦することで、より充実させられるんじゃないかと思ったんです。
※2014年12月、音楽家名Rinbjö名義で、菊地成孔プロデュースにより、菊地成孔主宰のレーベルTABOOよりファーストアルバム『戒厳令』を発売。

2015年インディペンデント・スピリット賞で主演女優賞にノミネート

『クミコ、ザ・トレジャー・ハンター』(監督:デヴィッド・ゼルナー)で、2015年インディペンデント・スピリット賞の主演女優賞にノミネートをしていただきました。『クミコ、ザ・トレジャー・ハンター』は、存在するはずのない埋蔵金を追う日本人女性・クミコを描いた物語ですが、暗い話ではなくて、ミステリアスではありますけど、あくまでブラックユーモアに溢れた作品です。ちなみに、自分をアカデミーに連れて行ってくれた、『バベル』のアレハンドロ監督が同じインディペンデント・スピリット賞で監督賞にノミネートされていて、(『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』)とても縁を感じています。アレハンドロ監督は、私がアカデミー賞での受賞が叶わなかったとき、一目散に来てくれて「僕にとっては君が賞だから」って言ってくださったのですが、それはとても嬉しかったですね。
※インディペンデント・スピリット賞
制作費2000万ドル以下のアメリカ映画が対象。授賞式はアカデミー賞の前日、2015年2月21日、米サンタモニカビーチの特設会場で行われる。30回目の開催となる今回、主演女優賞には菊地凛子のほか、マリオン・コティヤール、ジュリアン・ムーア、ジェニー・スレート、ティルダ・スウィントンと錚々たる名前が並んだ。
企画・構成 :岡本英之
採録・構成 :島村和秀
   写真 :竹鶴陽一
  • 『菊地凛子(きくち・りんこ)』
    1981年生まれ。新藤兼人監督映画『生きたい』(99年)で映画デビュー。2006年、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の映画『バベル』での演技が高く評価され、アカデミー助演女優賞にノミネート。2010年公開の映画『ノルウェイの森』では直子役を演じた。その後、拠点をアメリカ/ニューヨークに移し、『パシフィック・リム』(13年)や『47RONIN』(13年)などハリウッド作品に続けて出演。近年ではイタリア映画『Last Summer』(13年)や『ノーバディ・ウォンツ・ザ・ナイト』(スペイン・フランス・ブルガリア合作/)14年)などヨーロッパでも活躍。『クミコ、ザ・トレジャーハンター』では2015年インディペンデント・スピリット賞で主演女優賞にノミネートされるなど、国際的女優として確固たる存在を確立している。また、2014年12月、音楽家名Rinbjö名義で、菊地成孔プロデュースにより、彼主宰のレーベルTABOOよりファーストアルバム『戒厳令』を発売するなど、女優業のみならず多岐にわたり精力的な活動を展開している。