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映画の未来をいち早く
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♯45「映画と私」杉岡太樹(映画作家)

「映画とあなた」のあいだにある物語を知りたい。幼少期の記憶から映画との現在まで。

あてもなく遊び呆けた学生時代

映画作家の杉岡太樹です。僕が一番最初に見た映画は『プラトーン』(86年/監督:オリバー・ストーン)です。それまでにも、アニメ映画などは見ていたかもしれませんが、「映画」と意識して見たのは『プラトーン』が初めてでした。当時7才くらいだったと思うので、あんまり内容は分かっていなかったと思うんですけど、最後戦地に一人残された主人公が倒れるシーンを覚えています。

映画館の暗いところで見たので余計に強烈で、体験としてずっと覚えています。僕が持つ「戦争」に対する拒絶感は、『プラトーン』に依るものが大きいと思います。ただ、それから映画にはまったというわけではありません。

学生時代は、父親が若い頃に映画を撮りたかったという話を聞いたことがあり、自分はその意志を継いで映画監督になりたいなという気持ちがあったんですけど、スポーツの方が楽しくて、あまり映画に触れることはありませんでした。

「映画監督になりたい」というのは、自分としてはただ言っているだけで、心のどこかで諦めていたんだと思います。それで、大学進学は映画学校という選択肢もあったんですけど、親や教師から「食えないから」とやんわり否定されてしまって。僕の意思も弱く、普通に政治経済学を選びました。

まあ、そんな中途半端な思いで大学に通っていましたので、ロクに勉強もせず、日々、大学生らしい遊びに明け暮れていましたね。深夜勤のバイトを週5でして、朝から遊びに行くという毎日でした。

そうやって、あまりに何も考えずに生きてきてしまったので、4年間はあっというまに過ぎ、何をしていいかも分からなかったので、就職活動もしなかったんですね。

ターニングポイントになったアメリカ旅行

僕にとってターニングポイントになったのはアメリカ旅行でした。就職活動もせず、うだつの上がらない日々を送っていた僕に、母親が「アメリカに行ってきたら?」と提案してくれて、単身、バスと電車で45日かけてアメリカを一周したんです。僕は、一人で海外に行くのも初めてだし、旅行自体もあんまりしないタイプだったのですが、何かを打破したい気持ちがあって思い切りました。

そして旅行中、アメリカに住んでる同世代の人たちと交流して衝撃を受けたんです。自分でローンを組んで学費を払って大学へ行って、すごくハングリーに勉強している。そんな姿を目の当たりにして、自分のことがすごく情けなくなってしまったんです。

それでスイッチが入りました。結局自分が走れないのは、やりたくないことをやろうとしているからだと、遅いけど気づかされて、本気で生きていこうと思い立ちました。

また、もうひとつターニングポイントになったのは森達也監督『A』(97年)と『A2』(02年)でした。森さんの社会に対してのスタンスが僕にとって、救いになったんです。

当時、オウム真理教の一連の事件に対して、メディアの報じ方や世間のリアクションに違和感があり、社会には自分の居場所がないかのように感じていました。そんな時に『A』と『A2』を観て、どんな事象だろうとまっすぐ向き合って、そこで感じたモノを自分らしく表現してもいいんだ、ってことが分かって。それで、自分が思った気持ちを誰かにつなげたいという思いが生まれ、ドキュメンタリー映画を作りたいと考えるようになりました。

それがきっかけで映画学校に進学することに決めるのですが、カメラを触ったことなく、それまでに映画もあまり観ていないという同世代に大きく遅れをとった状況で、映画学校に行けば何かが成せると思うのはぬるいと考え、思い切ってニューヨークにある映画学校「スクール・オブ・ビジュアル・アーツ」に進学することにしました。

一念発起してニューヨークへ留学に

「スクール・オブ・ビジュアル・アーツ」という学校は理論より、カメラを持って街にくりだすような実践重視の学校でした。だから、あまり英語が喋れなかった自分にはあっていたような気がします。ただ、学校には日本人も少なかったですし、最初の一年は英語がさっぱりわからなかったので気持ち的にはどん底でしたね(笑)。

英語は2年生くらいになったら生活に支障ないくらいにはなりましたが、ドキュメンタリー制作に関してはインタビューができるほど英語力があったわけではなかったので、絵で伝えるというのを意識するようになっていきました。また、音楽は普遍的で言葉もいらないので、ミュージシャンもよく撮っていましたね。

学校では2年生の終わりに監督、脚本、撮影、編集を選ぶのですが、僕は編集領域を選んで、周りの友達の映像を編集するようになり、卒業後は結婚式の映像を作る仕事をしたり、編集スタジオで働いたりしていました。

そしたら、ある日スタジオに『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』(10年)の監督・佐々木芽生さんが来ていて、日本人がいるということで話しかけてくれたんです。そのまま2時間以上話し込んでいるうちに佐々木さんが「とりあえず明日からウチで働かない?」と仰ってくれて、翌日に行ったらそのまま働き始めることになったんです。

自分の師匠といえる人は何人かいるんですけど、佐々木芽生さんから教わったことは多かったですね。僕は佐々木さんが監督した『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の宣伝や配給に携わっていたのですが、段々触発されてきてしまいまして。「芽生さんにできるなら僕にもできるんじゃないか?」って勘違いしはじめたんです。本当にずうずうしいですよね(笑)。

在学中に『ストリート・ファイト』という選挙のドキュメンタリーを撮ったマーシャル・カリーという監督のところに押しかけて、英語もろくに喋れないのにインターンをさせてもらったことがあるんですよ。その時も「この人の作品がアカデミー賞に入選できるなら俺にもいけるだろう」という大いなる勘違いをしていて…(笑)。

マーシャル・カリー監督も、『ストリート・ファイト』を撮った頃の製作環境に関しては僕とあまり変わらないところがあって…、カメラは撮影の一週間前に買って、編集もオンボロのマックを使ってと、環境という意味では僕と何も変わらない。だから、実のところ、今でも大した差はないと思っています。自分もやればできる、と。佐々木芽生さんやマーシャル・カリー監督などの素晴らしい才能を持った作家の等身大な姿を見られたのはニューヨークの一番の収穫となりました。

日本のドキュメンタリーは社会運動のツールとして考えられている

佐々木芽生さんのところでは1年くらい働き、僕も作品を作りたいと日本に帰ってきました。しかし、当時の日本ではドキュメンタリーが社会運動のツールとして認識されている感じがあり、若干作り辛い雰囲気がありました。僕がアメリカで面白いと思っていたドキュメンタリーって、「学ぶ」や「教養」だけではなく、好奇心を刺激するようなドキュメンタリーが多かったんです。でも日本のドキュメンタリーは真面目すぎる印象があって。松江哲明さんとかは面白いなと思うんですけど。

ドキュメンタリーって面白い手法だと思うんですけど、それが活かされてないのはなんでだろうと考え、自分で作ってみようと動き出したんです。そんな時に震災が起きたんです。

事故があって日本の大多数の人は原子力発電の実態にショックを受けたじゃないですか。ただ、僕は『六ヶ所村ラプソディー』(06年/監督:鎌仲ひとみ)を見ていたので原発の問題は頭にあったんです。それなのにもかかわらず、自分はそれに対して何もアクションを起こしてこなかった。原発事故があって、そのことをとても後悔したんです。

だから、いてもたってもいられなくて『沈黙しない春』(12年)を撮りました。この作品は様々な反原発デモを追った作品なのですが、僕はこの作品を通して何かを訴えたく制作したのではなく、自責の念を和らげるために走り回っていたという感じで、自分自身の迷いや焦燥感を表現しました。

自分の感情に対して素直に撮った『選挙フェス!』

基本的に僕がカメラを回しているときは自分の感情に素直に動いていくよう心がけています。現場で計算してしまうとつまんないんですよね。絵としてクサイものになってしまうというか。思うがまま撮影していると自ずと、緩急が生まれていくんです。

現在公開中の『選挙フェス!』も同じです。114分という尺のなかで110分くらいは自分で撮影したのなのですが、その時も「原発反対なのか」とか「三宅洋平を応援しているのか」など、イデオロギーは全部取っ払って、フラットに撮影していました。また、そういう精神状態で、彼と一緒にいるときは常にカメラを回すようにしていました。

一部、編集でモノクロにしたシーンがあります。その部分は、開票日となって選挙フェスが終わり、静寂で孤独に佇んでいた三宅さんを包む空気がモノクロに見えたからそうしました。モノクロのシーンは僕が見た光景そのままなんです。

キャプションを入れていないのもこだわった部分です。キャプションをつけてしまうと、どこまで介入するのかという線引きが引けなくなってしまうので、発語される言葉だけで描ききるようにしていました。

時間によって変化するもの、しないもの

ドキュメンタリーは当時の現実を表現として残しているので、時間の経過によって作品とこちらの世界の間に差異が生まれ、映画の意義が変化していくのが面白いですよね。『選挙フェス!』は2013年に撮ったので、公開までの2年の間に、映像に映っている様々な人たちの社会的立場や考え方が変化していると思います。それを発見するのは、自分の楽しめる余地でもあります。

僕や三宅さんもこの2年の間に、色々変化したと思います。それだから、『選挙フェス!』に関して、お互い感じ方は常に変わっていくものと思います。ただ、映画の中で表現されている、三宅さんのコアの部分は変わらないと思うので、魅力的なシーンはいつも変わらず魅力的であるはずです。

僕にとって『選挙フェス!』は自分が今持っているスキルの集大成という感じがあります。だから、この一人で撮影から編集まで全てやるという手法に関して、一つの区切りだと考えています。

今後は2012年の夏から追っている、「ブラインドサッカー」の日本代表の映画の製作を今年中に完成させたいと思っています。それからはどうするかは決めていないんですが、短編でもいいので劇映画のような作り込む映画を作ってみたいと考えています。今まで味わえなかった《人と映画を作る楽しみ》を経験してみたいので。内容に関しては、ウッディー・アレンが好きなので、ラブコメにしたいなと考えています(笑)。

杉岡太樹監督作品『選挙フェス!』7月4日(土)〜 7月24日(金)まで、ユーロスペースにてレイトショー!他、全国順次公開

■上映館
・渋谷 ユーロスペース 7月4日(土)~ 7月24日
http://www.eurospace.co.jp/index.html
・横浜 シネマ ジャック&ベティ 7月4日(土)~ 7月17日(金)【7月11日(土)からはレイトショー】
http://www.jackandbetty.net/
・逗子 シネマアミーゴ 8月23日(日)~9月5日(土)
http://cinema-amigo.com/
・松本 松本CINEMAセレクト 9月25日(金)
http://www.cinema-select.com/
・京都 立誠シネマ 今夏公開
http://risseicinema.com/
・大阪 第七藝術劇場 今夏公開
http://www.nanagei.com/
・神戸 元町映画館 未定
http://www.motoei.com/
・広島 横川シネマ 未定
http://yokogawacinema.com/
■映画公式サイト
http://senkyofes.com/
■公式Twitter
https://twitter.com/senkyofes
■公式Facebook
https://www.facebook.com/senkyofesfilm
取材・写真・構成:島村和秀
『選挙フェス!』
(2014/日本/114分/HD/カラー/©2015 mirrorball works)
【内容】2013年7月に行われた参議院選挙。緑の党から推薦を受けて立候補したミュージシャンがいた。三宅洋平、34歳。地盤もなければカネもない。公示当初は「売名行為」と揶揄された新人候補の三宅は、音楽と演説を融合させた“街頭ライブ型政治演説”を「選挙フェス」と称して全国ツアーを敢行する。この前代未聞の選挙運動は、インターネットからうねりを起こし、路上に多くの観衆を集め、結果的に落選候補最多の17万6970票を集めることになった。「政治をマツリゴトに」をスローガンに、多くの人の心を奪った"新たなカリスマ"の素顔。三宅洋平とは、何者だ?

監督・撮影・編集:杉岡太樹

出演:三宅洋平

配給:mirrorball works/配給協力:Playtime/宣伝:佐々木瑠郁

  • 『杉岡太樹(すぎおか・たいき)』
    1980年神奈川県生まれ。01年より渡米、School of Visual Arts(ニューヨーク)にて映画製作を学ぶ。第84回アカデミー賞ノミネート作品の『もしもぼくらが木を失ったら』や、日米で異例のヒットとなった『ハーブ&ドロシー』などの制作・配給に参加。2010年より拠点を東京に移し、“脱原発デモ”の萌芽を追ったドキュメンタリー『沈黙しない春』で2012年に長編映画デビュー。現在、ブラインドサッカー日本代表チームを追った次回作を制作中。