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♯43「映画と私」蔦哲一朗(映画活動家/映画監督)

「映画とあなた」のあいだにある物語を知りたい。幼少期の記憶から映画との現在まで。

プロサッカー選手になりたいと思っていた

職業は、映画活動家です。現在は2013年に完成した『祖谷物語―おくのひと―』を配給、宣伝しつつ、次回作として祖父のドキュメンタリーをいま作っている段階ですね。祖父はもう亡くなっているんですが、昔、甲子園で有名な池田高校野球部の監督をやっていて、それのドキュメンタリーで、当時の関係者の方達に色々話を聞いて周ったんです。撮影はほぼ終わっていて、いまは編集作業を行っています。
生まれは、徳島県の池田町です。幼少期に映画を観た記憶としては、テレビか、公民館やホールで地方巡業してくるアニメの上映ですよね。「ドラえもん」や「ドラゴンボール」、あとはジブリの映画を観ていました。母方のじいちゃん家のテレビで、布団に包まって従兄弟とかと一緒に『風の谷のナウシカ』(監督:宮崎駿/1984年)を観たのは覚えていますね。4歳位だったと思うんですが、それがもしかしたら初めての映画体験だったかもしれません。近くに映画館も無いですし、映画を観るような習慣はありませんでした。小学校三年生からサッカーをやり始めて、小中高とずっと好きで本格的にやっていました。当時は、プロサッカー選手になりたいと思っていましたね。

白黒の16mmフィルムで撮る

映画に関しては、中学生くらいの時にシネコン(複合映画館)が香川県の宇多津町にやっと出来て、そこに行く事はありました。徳島県池田町から車で大体1時間半かけて行ってましたね。それでも、一年に一回か二回行く程度でした。買い物なども含めたイベント事として映画も観たって感じですね。そこでは、『アルマゲドン』(監督:マイケル・ベイ/1998年)、『インデペンデンス・デイ』(監督:ローランド・エメリッヒ/1996年)を観ました。それと、『もののけ姫』(監督:宮崎駿/1997年)もそこで観たんですよ。ジブリ作品を映画館で観たのは、『もののけ姫』が初めてでした。
高校は、祖父が野球の監督をしていた池田高等学校です。高校を卒業する前の進路で東京に行こうと思ったのは、中学校の卒業旅行で東京に来て、原宿や渋谷も廻ったんですが、その時の感覚的に東京にいずれ来たいというのはあったと思うんです。東京面白そうだなみたいな、本当に漠然とした感じで決めたんです。どこの大学っていうよりは、東京っていうのが重要だったんですね。東京では、サッカーが無理ならっていう事で、二番目に考えていたのが映像で、東京工芸大学に行こうと決めました。最初は、アニメーション学科に行こうと受験したんですけど、それは落ちて、映像学科の方は受かったからっていう流れですね。映像やろうっていうのも、結構漠然としていて、将来的にNHKの大自然を撮ったドキュメンタリーとかやれればいいなって、世界中を旅しながら映像撮れたらいいな位の感じでしたね。
大学では、周りの皆に比べると自分は映画の事をほとんど知らなかったので、そことの差はかなり感じました。ただ、1年くらい勉強していってからは大分その差も落ち着いたと感じました。で、二年生の春休みの時に仲間達と「ニコニコフィルム」という映画サークル、いまは会社になってる前身なんですけど、それを作ったんですね。そこでは、白黒の16mmフィルムで撮るっていう前提があって、映画にのめり込んだのはそこで映画を作り始めてからですね。

大学のメインストリートの白い壁で上映

授業では、山川直人先生が観せてくれたフランク・キャプラの『素晴らしき哉、人生』(1946年)は感動したのを覚えてますね。授業とは別に文芸座とかに行って、黒澤明の特集やチャップリンの特集は通いつめましたね。新しい映画もバランスよく観てましたけど、やっぱり昔の映画を観ないとっていう感覚があったし、自分達が白黒の16mmフィルムで撮るようになったというのも大きいです。他にも既存のサークルはあったんですが、フィルムで撮っている所は無かったっていうのと、ファッションとして映像を作っている感じがちょっといけ好かないなって人達がニコニコフィルムのメンバーとして集まったんです。サークル名も他は横文字のかっこ良さげなものが多かったので、俺らはそれとは違うって意味も込めて可愛らしいサークル名にしました(笑)。でも作ってる映像はゴリゴリの昔っぽい映画っていうのをやりたかったんですね。
最初に作った映画は2、3分の短編でした。上映は、大学のメインストリートの白い壁に夜、映写をして通りすがりの人に観てもらうような事をしてました。その後、三年生の時に撮った『サミルガー』という映画は、ホラーもので、怪物に襲われていく大学生たちを白黒フィルムで撮った作品で、この作品は『祖谷物語―おくのひと―』のDVD特典になります。三年生の時には、がっつり撮る人として残ったのは僕とカメラマン、照明の三人くらいで、その三人中心でやっていった感じでした。でもその後、後輩がどんどん入ってきたので、後輩を巻き込むような形で撮り続けていました。いまは、メインの三人を含め、後輩や同級生、東京工芸大出身ではないメンバーたちとやっています。創設して10年経ってる訳ですね。当時からフィルムで撮ったものは、現像や光学録音(映画フィルムなどに音の信号を濃淡の変化または黒白の面積の変化で記録する録音方式)も自分達でやるんですよ。それが楽しかったんですよね。また、運よく機材を揃えている矢島仁先生というマニアックな方がいたんです。その人のお陰で機材を借りたり、知識を頂けたんです。
大学三年までは、ホラーとかエンターテインメントで、本来僕がやりたいジャンルではなかったんです。その頃は大学のみんなとやっているって感覚が強かったので、みんなが楽しめるものにしようって意識が強かったんですよ。四年の時に大学の集大成として作った映画『夢の島』(2009年)から自分のやりたい事をやろうっていう風に変わったんだと思います。環境テロリストの話なんですけど、環境問題についての僕なりのメッセージ性っていうのをちゃんと出せた映画で、尚且つ日活アクション映画みたいな要素も入れて上手く両立させようと思って作ったんですね。制作は大学卒業後まで続いていて、2009年にPFF(ぴあフィルムフェスティバル)でやっと上映する事が出来たんです。

脳裏に焼きつくような映画

大学卒業後は、『夢の島』の制作と並行して早稲田松竹でアルバイトをしていました。その頃は、更に色んな映画を観るようになって、ほぼ毎日一本か二本は観てました。特にインパクトが強かったのはタルコフスキーの映画ですかね。『ノスタルジア』(監督:アンドレイ・タルコフスキー/1983年)と『サクリファイス』(監督:アンドレイ・タルコフスキー/1986年)を早稲田松竹で映写テストの際に観た時は、衝撃を受けましたね。ああいう脳裏に焼きつくような映画を撮りたいなって思いましたね。それを『祖谷物語―おくのひと―』でも自分なりにやったつもりです。
『祖谷物語―おくのひと―』は、2010年から動き始めて、第一前提として35mmフィルムで撮りたいっていうのがあったんです。フィルムで撮るのに良い場所があるよっていう事で、メンバーと僕の地元の祖谷に行ったんですよ。その時に祖谷で撮る事は決まって、内容を書き始めたんです。ただ35mmフィルムで自然を撮りたいだけだったので、最初は短編のつもりだったんです。で、企画書を作って、市長さんに渡しに行ったら、その場でやろうと言ってくれて、プロジェクトとして動き始めたんです。その後、徳島の色んな知り合いの人から「どうせなら長編で観たい」っていう風に言われて、そこから尺を伸ばすようになりました。
キャスティングなど含めた撮影準備から、実際の撮影まで全てニコニコフィルムのメンバー中心でやってきました。ニコニコフィルムのメンバーの青木は、一緒に作品を作り続けてきたカメラマンで、彼は僕以上にフィルムに傾倒していって、作品ごとにお互い少しずつステップアップしていった仲間です。彼がフィルムの良さを熟知していたお陰で、『祖谷物語―おくのひと―』では35mmフィルムで撮影する事を実現出来たんです。出演して頂いた武田梨奈さんは、それまではアクション映画をメインでやってこられた方っていうのは知識としてありましたが、全然そういうのは気にしませんでした。それよりも、武田さんの透明感と、役にある純粋無垢さに彼女がとてもマッチしていたのが決め手だったと思います。田中泯さんは、オーラのある方で、僕のじいちゃんと近い印象を初めて会った時に感じました。本当に独特な雰囲気を持っていて、凄い人ですよ。
撮影では、演出っていうものを僕はあまり意識しないでやっていました。撮りたいものが、演技を主体としたものではなく、祖谷っていう場所の中で走ってる武田さんとかだったので、背景の煙や霧などが重要になるんですよ。今まで自分が観てきた映画で吸収したものが、この映画の細部に無意識であらわれている所は多々あると思います。意識した映画としては新藤兼人監督の『裸の島』(1960年)と、青山真治監督の『ユリイカ』(2001年)ですね。あとは、出演もして頂いてる河瀬直美監督の作品の雰囲気は出てるだろうなと思います。自然を描くとなると、河瀬さんの奈良を舞台にした映画に近い匂いが出てくるだろうとは感じていました。

小さな事でいちいち悩まない器の大きさ

完成後、試写を2012年中にやらなければいけなかったので、12月下旬のギリギリに何とか地元で上映出来ました(笑)。昔の人達が生活していた場所で撮影をしているので、地元の高齢の方達は昔は学校まで山を一時間以上かけて下ってきて授業を受けていて、映画の中のそういった風景を観て懐かしく感じてくれてたみたいです。もう既に各地で上映させて頂いたんですが、今後も名画座などで息長く観てもらえると嬉しいですね。
現在、制作中の祖父である蔦文也のドキュメンタリーは、『祖谷物語―おくのひと―』と並行して作っていたんです。地元の人からじいちゃんのドキュメンタリーを作ってくれって言われて、それで当時の関係者たちからお話を聞いていきました。特にじいちゃんの妻である、ばあちゃんからたくさんのエピソードを聞けましたね。よくあるテレビ的な、ただ凄い人物に見せるんじゃなくて、蔦文也の人間性が誇張なく分かるようなドキュメンタリーになります。それと、今年の2月にばあちゃんが亡くなったんですけど、ばあちゃんがちょっとずつじいちゃんとの思い出を忘れていってしまい、亡くなるまでの過程を組み合わせた構成になっています。僕にとってじいちゃんとばあちゃんは、凄い魅力的な二人で、本当に古き良き日本人の夫婦という感じがしていて、奔放なじいちゃんと、夫を支える妻、お互いゴツい雰囲気を持っていて、誰も太刀打ち出来ないんです(笑)。小さな事でいちいち悩まない器の大きな二人なんですよ。そういう器の大きさっていうのは、現代に必要なんだと思っています。
今後も僕は、日本人はこういった所で育ってきたんだと感じさせれるような、「自然」というのを意識出来る映画を作り続けていきたいですね。

あのときの一本

『もののけ姫』(監督:宮崎駿/1997年)
この映画は観た事あるって感覚もあって、懐かしさもあって、日本人としての根本を描いているような気持ちになったんですね。こういう映画を作れるなら映像業界面白そうだなっていうのは確かにあったんです。
■蔦哲一朗監督作品『祖谷物語-おくのひと-』 全国公開中!
8月4日DVD&Blu-ray発売! Amazon他にて絶賛予約受付中!
『祖谷物語-おくのひと-』公式サイト http://iyamonogatari.jp/
《キネカ大森 6月6日~6月12日(「水の声を聞く」との2本立て上映)》
★6月6日18時5分の回終了後、蔦監督、武田梨奈さん、大西信満さんによるトークショー
★6月11日18時50分の回終了後、蔦監督、山本政志監督、大西信満さん、玄里さんによるトークショー
※登壇者は変更になる場合がございます
《土浦セントラルシネマズ ロングラン公開中》
《新潟十日町シネマ・パラダイス 6月27日~》
■蔦哲一朗監督作品『蔦監督(仮)』
蔦哲一朗監督の次回作、祖父であり甲子園の名将・蔦文也の人生に迫るドキュメンタリー映画。今年公開予定。
公式サイト http://tsutakantoku.com/(準備中)
取材・構成・写真: 川邊崇広
『祖谷物語ーおくのひとー』
監督:蔦 哲一朗/撮影:青木穣/録音:上條慎太郎/照明:中西克之、稲葉俊充、向井一陽/脚本:蔦 哲一朗、上田真之、河村匡哉/監督補:竹野智彦/助監督:福嶋賢治、辻秋之、廣田恒平、吉岡洋輔/撮影助手:渡邉拓海、知久紘子、録音助手:福田充弘、三輪良介/衣装:田中美紗紀、渡邊彩香/ヘアメイク:桑本勝彦/スチール:内堀義之/制作応援:小沼広達、三浦佑太、松本隼、名倉真由美/出演:武田梨奈、田中泯、大西信満、河瀨直美、村上仁史、石丸佐知、クリストファー・ペレグリニ、山本圭祐、森岡龍/企画・制作・配給・宣伝:一般社団法人 ニコニコフィルム/製作:映画「祖谷物語」製作実行委員会/2013年/169分/35mm/カラ―/シネマスコープサイズ/Dolby SR
http://iyamonogatari.jp/
  • 『蔦哲一朗(つた・てついちろう)』
    1984年生まれ、徳島県池田町出身(現・三好市)。
    小中高とサッカーに明け暮れ、大学進学のため上京。東京工芸大学の授業で16mmフィルムの映画を製作し、映画の楽しさに出会う。その後、白黒フィルムでの映画制作に興味を持ち、独自の方法で自家現像や焼き付けなどすべての作業を行い、前作『夢の島』(09)を発表。映画黄金期を彷彿とさせるビジュアルが話題となり、内外の映画祭で好評を博する。大学卒業後、早稲田松竹にて映写技師として働きながら、映画製作を続ける。2013年、『祖谷物語 おくのひと』が第26回東京国際映画祭「アジアの未来」部門にてスペシャル・メンションを受賞する。池田高等学校野球部を高校野球日本一に導いた蔦文也を祖父に持ち、2011年から蔦文也の足跡をたどる記録映画の製作を進めている。2014年度阿波文化創造賞を受賞。第24回日本映画批評家大賞新人監督賞受賞。