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♯52「映画と私」 山崎樹一郎(映画監督)

「映画とあなた」のあいだにある物語を知りたい。幼少期の記憶から映画との現在まで。

岡山県 真庭市で農業を営む傍、冬は映画の撮影

山崎樹一郎(以下、山崎):映画監督の山崎樹一郎です。10年前に岡山県北部の真庭市に移住して、農家もしています。なので普段は農作業をして、企画があれば冬場に映画撮影をするという生活をしています。元々真庭は父親の実家で、小さい頃は大阪に暮らしていました。子供の頃はお盆や正月で真庭に帰省する度に、風景の劇的な違いに興奮していました。

僕の一番古い映画体験は『名犬ラッシー ロッキー山脈を越えて』(監督:ドン・チャフィ /78年)です。犬がロッキー山脈を越えて飼い主の元に帰ってくるという感動的な映画だったと思うのですが、僕はそれを映画館で見ていて…、救急車で運ばれるという事件が起きたんです。映画館の座席って立ち上がったら自動で折り畳まれるタイプが多いじゃないですか。僕はそのことをあまり知らなくて、犬が飼い主と出会う感動場面で思わず「やったー」って立ち上がったんです。それで座り直そうとしゃがんだら支えるものがなく角に頭をぶつけてしまい、終いには救急車に運ばれて病院に搬送されてしまいました。だから、初めての映画体験はトラウマのようにずっと覚えています(笑)。

映画はその後も好きで見ていたのですが、当時のもっぱらの関心は音楽でした。ピアノをずっと習っていて。そのため、将来は映画音楽ができたらいいなと考えていた時期もあり、大学生になってからは映画研究部と音楽系のサークルに入りました。

その後、段々と映画に気持ちがシフトしていくのですが、それはサークルでの映画制作もさることながら特に京都国際学生映画祭の存在が大きかったです。僕は立ち上げメンバーとして仲間と一緒に映画祭の運営活動もしていたわけなのですが、その活動が刺激的で楽しかったんですよね。当時の審査員が青山真治、黒沢清、諏訪敦彦と錚々たるメンバーで、僕たち学生が選んだ作品を持ち寄って審査員のあーでもないこーでもないという議論を聞くわけです。その議論を通して監督たちの考えていることを知れたというのが映画の接し方に影響していったのだと思います。

京都での映画作りから真庭へ

山崎:初めて映画を作ったのは2000年くらいだったと思います。単純に楽しかったのを覚えています。カメラ前で人が動いて、それをつなげるという作業が映画になるというは驚きでもあったし、感動でもありました。大学生活は映画制作や、映画祭のメンバーと夜な夜な議論したりして過ごしていました。

僕の場合は学内というよりは映画祭で出会った仲間が多かったので、大学を卒業しても映画界隈でみんな残っていました。だから、卒業後の不安というのはありましたが、就職するかどうかは迷わなかったです。とにかく映画の端くれで携わっていこうと。京都には結局8年間いたのですが、その間は映画監督の佐藤訪米さんからシナリオのことを教わったり、現場を付き添わせて頂いたりしていました。

真庭に移住を決めたのは「食べ物を一から作る」ということを信じて突っ込んだということがあります。それは生半可な覚悟ではありませんでした。新たなことをゼロから始めることなので、最初は映画のことを忘れようと思って挑みました。農業に関しては知識も無いですし、「映画」なんて言っている若い子が突然現れても地域にとっては受け入れ辛いというか、難しいですよね。ですので、最初の頃は農業の勉強に没頭しました。そうして2年かけてなんとか年間通じての作業内容を把握出来ました。

「見えない予算」に支えられている映画

山崎:シネマニワを始めたのは農作業にも多少慣れてきてきからです。真庭での生活に今まで都会では当たり前にあった文化、芸術的なことが無い気がして、「シネマニワ」と称して真庭で上映会を始めたんです。その時は映画の旧作を上映していました。そうして上映会を何度かしていたら今度は一本作ってみようかという話になって、試しに作ってみたのがトマト農家を題材にした『紅葉』(08年)という映画です。それが岡山の映像祭で上映されることになって、そこで現在のプロデューサー桑原広考と出会い、真庭で映画を作らないかという話になったんです。その出会いが若き酪農家を描いた『ひかりのおと』(11年)に繋がっていきました。

『ひかりのおと』は岡山で映画を作っている仲間や、周りで手伝ってくれる人を募り、見えない予算をかけて手作業で作った映画でした。映画って、色んな人の善意に頼むことが多くあるんです。それは形に残らない善意であることが往々にしてあるし、お金に換算できない部分でもある。それを「見えない予算」と言うなら『ひかりのおと』では見えない予算が膨大にかかっているんです。

ただ、見えない予算はそれぞれのスタッフが培ってきた経験であったり、関係であったりを削り出している部分が多くあるので無限なものではなく、有限なものです。だから、見えない予算を頼りに作るのもいつかは難しくなっていくと思うんです。ただ、今作の『新しき民』も見えない予算が膨大に掛かった映画でした。

一揆を起こすように各地で映画を作る

『新しき民』は実際に280年前に真庭で起きた山中一揆をモチーフにした時代劇なのですが、時代劇を作るのは想像していたよりも遥かに大変でした。元々は『ひかりのおと』で巡回上映している時、「一揆を起こすかのように各地で映画を作れたら面白いだろう」と思って始めた「一揆の映画プロジェクト」の企画として時代劇で勝負しようと決めたのが始まりです。

それで実際企画が決まってからは早かったです。なるべく早く見せなきゃいけないというモチベーションがあって、無理を重ねながら急いで準備をしたんです。目まぐるしく変化する社会のなかで、現在性を色欠かずにアウトプットしたかったんです。

また時代劇ということで普段あまり気にかけないことも気をつけて取りかかりました。例えばキャスティングにしても鳥取在住の舞台俳優、中垣直久さんを主演に迎えたり、運動神経や所作を考慮した上で考えていきました。

撮影、照明、録音に関しては前作『ひかりのおと』からのチームだったのですが、かなり自由度の高いチームだと思います。みんな、それぞれやりたいことをガンガン提案してくれる。そこで違和感があれば修正しますが、ない場合はそのまま活かされていきます。ですから、各部署ごとに自立した制作チームになっていると思います。僕としては常に自分のイメージを越えてくる制作環境を作るようにしていたいんですよね。

音楽に関しては『ひかりのおと』でも楽曲を使わせてもらった佐々木彩子さんに今回も頼んで、映画のためにほとんどゼロから作っていただきたきました。フリージャズを選んだのは、多分佐々木さんとの話し合いの中でフリージャズの話が出た時があったので、それが佐々木さんのイメージと重なったのだと思います。

今後も生活が真庭にあるので基本的には真庭にいると思うのですが、どの場所で何を作るというのはもう一回じっくり考えなくちゃいけないなと思っています。単純に作る場所を移動して制作していけばいいという訳ではないと思うので。ひとまずは『新しき民』で色々と回っていきながら今後の制作のことを考えていこうと思っております。

山崎樹一郎監督作品『新しき民』
2015年12月5日(土)より渋谷ユーロスペース、12月26日(土)より大阪シネ・ヌーヴォにて公開!

◼渋谷ユーロスペース上映スケジュール︎
・12月5日(土)~18日(金) 10:20~12:20
・12月19日(土)~25日(金) 21:00~23:00
http://www.eurospace.co.jp/
◼︎上映イベント
12月5日(土)10:20の回上映後 初日舞台挨拶
登壇ゲスト:山崎樹一郎監督、中垣直久さん、梶原香乃さん、本多章一さん、ほたるさん、瓜生真之助さん、真砂豪さん、古内啓子さん、西山真来さん、下井谷幸穂さん、泊帝さん、今井淑未さん、長塩香津美さん ほか予定
◼︎公式サイト
http://atarashikitami.jimdo.com/
◼︎公式Twitter
https://twitter.com/ikkinoeiga
取材・構成・写真:島村和秀
『新しき民』

【DCP/117分/モノクロ・パートカラー/1:1.5 Half Vision/5.1ch/2014年/© 2014 IKKINO PROJECT】

脚本・監督:山崎樹一郎 

出演:中垣直久、梶原香乃、本多章一、佐藤亮、瓜生真之助、古内啓子、hyslom、杉井信和、藤久善友、ほたる、川瀬陽太

撮影:俵謙太 照明:大和久健 俗音:近藤崇生/美術:西村立志/組付大道具:宇山隆之/助監督:福嶋賢治/メイク・結髪:中野進明/衣裳:石倉元一 /アニメーション:中村智道/音楽:佐々木彩子/スチール:内堀義之/踊る野良着:別府由紀子/勝山はりこ:高本敦基/宣伝美術:山本アマネ/宣伝:contrail

プロデューサー:桑原広考、黒川愛、中西佳代子

製作・配給:一揆の映画プロジェクト
ストーリー:治(じ)兵衛(へい)は出産を控えた妻・たみと共に山中の村で静かに暮らしていた。ある日、たみの兄から蜂起すると聞き、その場に参加するよう促される。渋々従う治兵衛。集まった大勢の農民たちを前に、藩は要求を受け入れる。それで事態は治まったかに見えた。しかし数日後、一部のものたちが起こした打ちこわしをきっかけに武力衝突へと拡大した。だが圧倒的な藩の力を前に、一揆衆はひとりまたひとりと倒れていく。その渦中、治兵衛はすべてを投げ捨て村から逃げることを選んだのだが――
  • 『山崎樹一郎(やまさき・じゅいちろう)』
    1978年大阪出身。岡山・真庭在住。農業を続ける。映画監督として『ひかりのおと』(2011)を製作。岡山県内51カ所巡回上映する一方、東京やロッテルダムの国際映画祭にて上映される。ドイツ・ニッポンコネクションにてニッポン・ヴィジョンズ・アワード受賞。また映画上映・製作グループ [cine/maniwa]として岡山芸術文化賞グランプリ、福武文化奨励賞を受賞。