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♯27「映画と私」奥谷洋一郎(ドキュメンタリー作家)

「自分のためだけにやれる人が本当に強いんじゃないか」

一映画の作り手です。普段はアルバイトもしつつ、ドキュメンタリー作品を制作しています。現場には三人位で向かい、撮影も自分が担当しています。時には一人で撮影に行く事もあります。監督というよりは一映画の作り手という意識が強いですね。ただ、『ニッポンの、みせものやさん』や『ソレイユのこどもたち』で興行を実際にやらせて頂くと、整音や音楽をお願いしたり、チラシを撒くから手伝ってくれない?みたいな事が必要になってくるので、そこで初めて監督の仕事をしちゃったなって思ったりはしますね(笑)。
アウトサイダー・アートの作家で、ヘンリー・ダーガーって方が昔いたんですが、ヴィヴィアン・ガールズという女の子達が仮想の世界で国との政治的なやり取りや戦いをする物語を絵巻物みたいに描いた方で、死の直前にアパートの大家が彼の作品を発見して世に出して、いまはアウトサイダー・アートの代表格とされている人なんです。彼を初めて知った時、彼みたいになりたいなと思って。つまり、自分のためだけにやれる人が本当に強いんじゃないかなって思うんです。だから、僕は作り手になりたいって思うんです。

「チャップリンは本当に好きですね」

小さい頃の映画館での記憶としては、最初は『ドラえもん のび太の宇宙小戦争(リトル・スター・ウォーズ)』でした。あとは、父親が持っていたビデオテープの中に『スター・ウォーズ』とチャップリンの映画がいくつもあったんですよ。チャップリンは本当に好きですね。今でも映画館でかかれば観に行きます。特に『街の灯』っていう映画が本当に好きなんです。チャップリンの映画が好きなのは、笑われてるんじゃなくて、笑わせてるっていう事だったり、みんなそれぞれ孤独っていうのは感じてるとは思うんですが、チャップリンはその深い所を知ってるような気がするんですね。
中学生の時はバスケにはまっていて、黒人かっこいいなって思ってたんです。その時期『マルコムX』(スパイク・リー監督作品)が公開するって知って、歌舞伎町にあるスカラ座の映画館まで友達と観に行ったんですよ。普段は自転車で吉祥寺行く位で、新宿もあまり慣れてないって状況だったんです。それで歌舞伎町まで行って映画館に入ったら、お客さんがみんな黒人だったんですよ。これは凄いなって思って。想像の世界かもしれませんが(笑)。それは、印象に残ってますね。
高校生位になってからは親がWOWOWに入ってくれて、よく観てましたね。『Love Letter』(岩井俊二監督作品)を観ていいなって思った記憶があります。その後、吉祥寺バウスシアターにデートで『スワロウテイル』(岩井俊二監督作品)を観ました。そしたら、伊藤歩っていう女優さんが劇中で刺青入れるためにヌードになってて、気まずくなって失敗しちゃったなってなりましたけどね(笑)。それからWOWOWで『Helpless』(青山真治監督作品)とか「J-MOVIE WARS」の中の作品を観ていて、日本の映画って結構面白いなって思いました。
こういった世代の作品に影響受けたんだなって、今思えばあります。

「都会に住む若い人達の寂しさ」

その後は、渋谷にたくさんのミニシアターが当時はまだあって、観に行ってましたね。シネマライズでアルバイトしていた時期もありました。映画として強く印象に残っているのは、『エレファント』(ガス・ヴァン・サント監督作品)と『ふたつの時、ふたりの時間』(ツァイ・ミンリャン監督作品)ですね。
『ふたつの時、ふたりの時間』には都会に住む若い人達の寂しさみたいな、その当時から感じていた事があって。その時代を抱えて生きているって思っている自分としては凄い大事な作品ですね。ツァイ・ミンリャン作品に何度も出てくるシャオカンってフランスワ・トリュフォー作品のアントワーヌ・ドワネルだなって思っていて。実際に『ふたつの時、ふたりの時間』の中でジャン・ピエール・レオ扮するアントワーヌ・ドワネルも出てきます。シャオカンが部屋のTVで『大人は判ってくれない』を観ているシーンっていうのがあるんです。役者自身をそのまま投影している感じや、作品を重ねる事で主人公が成長していくっていうのが共通してるんですよね。そういった意味でも好きな作品です。
ガス・ヴァン・サントの作品では『エレファント』、『GERRY ジェリー』、『ラストデイズ』は三部作として共通するものがありますよね。三作品とも好きなんですが、特に『エレファント』はゼロ年代として、僕が映画いいなって思った時代と僕が生きてきて感じているものがうまく控えめに乗っているなと思ってるんです。ドキュメンタリーに関しては、映画美学校に入る前から原一男さんや小川紳介さんの作品を映画という文脈で観てましたね。

「女の子の裸を撮りたくて撮りたくて」

初めて映像作品を作ったのは、高校の時の文化祭のために作った8ミリ映画ですね。それはクラス皆で役割分担して作ったもので、監督は三人いたんです。その内の一人として監督をしました。フィクション唯一の監督作品ですね。内容は高校生の青春群像劇で、夏休み使って海とか色々な所で撮影しました。
大学ではサークルには入りませんでしたが、実験映像みたいなのを撮った事もあります。その頃は女の子の裸を撮りたくて撮りたくて、そんな感じで作ったイメージ映像とかですが。実験映画の世界ではスタン・ブラッケージの作品は好きで影響受けましたね。
それから、大学卒業後に知り合いの誘いで障害のある方達の舞台ワークショップの記録を任されて撮っていましたね。助成金をもらって行われてるものなので、活動を文章とか表にするように映像も資料として提出する程度のものでした。そういう風に撮っていて、せっかくここまで長時間撮らせてもらえたんだから作品としてまとめてみたいなと思って、映画美学校のドキュメンタリーコースに入ったんです。最終的にそれは映画美学校の修了作品として完成しました。

「見世物小屋の手伝い」

それとは別に、大学では民族学とか社会学の分野を学んでいたんですが、ゼミの先輩がフィールドワークで見世物小屋について書いていて、彼から見世物小屋の手伝いをやらないかと誘われたんです。それで、アルバイトとして各地で寝泊まりしながらお手伝いをしていました。で、8ミリフィルムやビデオも使った事があったので、撮影してみたいなっていう風になって、8ミリやビデオで撮らせてもらってたんですよ。
映画美学校に入って修了作品を手掛けていたんですけど、いずれそれが終わったら見世物小屋のドキュメンタリーも完成させたいなと思っていました。『ニッポンの、みせものやさん』の最初の8ミリの映像は大学生の時に撮った映像をテレシネして使ってますね。きっかけはその大学の時のアルバイトなんですが、その後仲間を引き連れて何年もかけて取材をしてたんです。
地方のロケーション撮影で車の中で寝泊まりしたり、三週間バイト休んで何十万円も使ったりとかで、仲間も30歳位になって、それでもなかなか完成しないんで離れていった人もいました。撮影が終わった後も作品としてはなかなか成果が出ず、もうそれぞれ別の事やろうよってなって、一人で出来る事をやってみようっていうので『ソレイユのこどもたち』を撮り始めたんです。

「おじさんの人生は変わらない」

一人で一週間に土日だけ使って多摩川の河口で、船で暮らすおじさんを撮影しに行ってたんです。おじさんは僕が取材する以前に、夕方のニュースとかで東京のゴミ屋敷とか迷惑おじさんとかあるじゃないですか?そういうので面白おかしく取り上げられた事があったらしく、うんざりしてる訳ですよ。僕が行った時もそういう取材でまた来たのかって思われる訳です。最初は「何でここに住んでるんですか?」とか背景を聞いても「いや、そんなの忘れちゃったよ」ってはぐらかされるんですね。じゃあ、おじさんの好きな事だけ話してよっていうスタンスで撮り続けました。
カメラに話しかける作品よりもおじさんの周りの人達との関係であったり、そこにある風景だったりをコンセプトにしたいと思ったんですね。もちろんカメラを向けてるので、撮影前には「撮りますよ」とは伝えるんですが、段々と、来た僕に最近起きた事とか世間話をしたいっていう風になって下さったんです。
『ソレイユのこどもたち』によって彼らの人生が変わるとかは無かったと思います。関わる事で関係性が変わったりとか形になって反響があるっていうケースもありますよね。原一男さんの『ゆきゆきて、神軍』とか。カメラは挑発してるし、結果彼の人生も変わったかもしれないし。でも、『ソレイユのこどもたち』が出来たからっておじさんの人生は変わらないですよ。それは僕の傲慢な所かもしれませんね。
でも、あの船のおじさんと仲間達のコミュニティーがあって、そこに僕がカメラを置いて映像として捉えれた事と、四季を通して撮る事だったり、雨が降ったり、夜になったりっていう環境でも撮れるっていうのはフィクションで考えたら贅沢じゃないですか。そういう事が出来たっていうのは良かったですね。

「一つの風景として全部描きたい」

『ソレイユのこどもたち』でコンセプトとしてうまくいった、評価されたって事はあるとは思うんですが、同じ事をやってもつまらないなというのがあるんです。もっと、僕の考えてるイメージとか世界をはみ出しちゃう位になってほしいんですね。相手には失礼な話ですけど(笑)。
現在はストリップの踊り子さん達を取材させてもらっています。三年計画で、いまは一年ほどになるんですが、追っかけをやっていますね。旅している方達なので、夜行バスに乗って地方など20カ所くらいは行ってるんじゃないですかね。今回は女性を撮りたいのと、同世代の人達を撮りたいっていうのがあります。
見世物小屋の女座長や船のおじさんは、僕みたいな小僧が来ても受け入れてくれる器量はあって、こっちは甘える事も出来たんですね。でも、踊り子の彼女達はいまを突っ走っているじゃないですか?映画のためにわざわざ時間を割いてもらっている訳ですから、今までとは違った難しさはあります。芸能事務所を通してとか、窓口通してプロモーションを撮るのとは違うので、客席から行ってるんですよね。
見世物小屋もそうですけど、ストリップも生で観た方が面白いじゃないですか?その場でしか体験出来ない遊びのフィクショナルな空間なんですね。それをドキュメンタリーとして撮るのはかなり難しいし、そのステージの中身を見せたいとか誰かに密着したいとかではなくて、ストリップに関わってる人達や昔ながらの劇場だったりを一つの風景として全部描きたいと思ってるんです。『ニッポンの、みせものやさん』、『ソレイユのこどもたち』と現在撮っているものとで「大人になれない三部作」ってこの前名付けました(笑)。時間もお金も掛かるし経済的ではないですが、やりたい事をやるって事です。

あのときの一本

『孤高』(1974年/監督:フィリップ・ガレル)
ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのニコと『勝手にしやがれ』(ジャン=リュック・ゴダール監督作品)のジーン・セバーグを25歳位のフィリップ・ガレルが16ミリフィルムのモノクロでポートレートみたいに撮った作品なんですが、そういう作品がいいなって。いま撮っている作品も全てを知った上でポートレートみたいな作品にしたいと思ってるんです。
■上映情報
『ニッポンの、みせものやさん』
・2014年11月 新宿 K's cinemaにてアンコール上映予定
・浦安での上映

日時:2014 年 8 月 24 日(日) 18 時 30 分~(17 時開場)

会場:正福寺境内(浦安市フラワー通り沿い)
■『ニッポンの、みせものやさん』公式サイト
http://www.dokutani.com
■『ソレイユのこどもたち』公式サイト
http://www.cinetonium.com
聞き手: 川邊崇広
写真・構成: 川邊崇広
『ニッポンの、みせものやさん』
出演:大寅興行社のみなさん

監督:奥谷洋一郎

監督補:江波戸遊土

撮影・録音:江波戸遊土、遠藤協、奥谷洋一郎、早崎紘平、渡辺賢一

編集:江波戸遊土、奥谷洋一郎

整音:黄永昌

音楽:街角実

制作協力:映画美学校

2012年/日本/デジタル/カラー/90分/配給:スリーピン

Copyright (C) 2012 Yoichiro Okutani All Rights Reserved.
『ソレイユのこどもたち』
監督・撮影・録音・編集:奥谷洋一郎

整音:黄永昌

制作協力:映画美学校ドキュメンタリー・コース研究科 

     江波戸遊土 遠藤協 風姫 筒井武文

     畠山容平 Love Art Puff 

取材協力:徳山四郎

宣伝協力:石井トミイ 久保田桂子 佐藤杏奈 シネトニウム

     松久朋加 百石企画 吉田孝行 吉本伸彦 渡辺賢一 

配給:スリーピン

Copyright (C) 2012 Yoichiro Okutani All Rights Reserved.

  • 『奥谷洋一郎(おくたに・よういちろう)』
    1978年、岐阜県中津川市生まれ。東京育ち。慶應義塾大学文学部卒業。映画美学校ドキュメンタリー・コース研究科修了。映画作家の佐藤真、筒井武文に師事。大学生の時に出会った見世物小屋一座、大寅興行社との交流のなかで初の長編ドキュメンタリー映画『ニッポンの、みせものやさん』を制作。一座との交流は現在まで続きその期間は10年を数える。新藤兼人賞【銀賞】、山形国際ドキュメンタリー映画祭2011アジア千波万波部門・特別賞を受賞した『ソレイユのこどもたち』は、東京湾に流れ込む多摩川の河口で船に住み犬を飼う初老の男を見つめたドキュメンタリー映画。この作品は佐藤真の遺した企画、ドキュメンタリー映画『トウキョウ』の一編として発想し制作された。

    現在、新作としてストリップ劇場の踊り子たちのドキュメンタリー作品を制作中。