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#19『映画と私』別府裕美子(大学職員・映画監督)

「玄関を出ると目の前にドライブインシアターがあるマンションだったんです」

仕事は図書館で司書として働いています。公共図書館ではなく、大学の図書館なので大学の職員です。なぜ司書になったかと聞かれると、消極的な理由のようですけど、映画で食べていくのは難しいと思ったからですね。何か仕事につかないと、でも自分の時間を作れて、そんなにストレスにならなそうな仕事は……図書館!と思ったんですよね。昔から本が好きだったというのもあります。これなら映画に集中できそうだと思って選びました。が、そうそう楽な仕事が転がっているわけもなく、図書館も結構大変です。まあ予想はできたことですが、映画館と同じで、生き残るためにいろいろやらなければいけなくて。働き始めて3年くらいたったところです。
たぶん、最初に見た映画は母の好きな映画『サウンド・オブ・ミュージック』(1965/監督:ロバート・ワイズ)、『メリー・ポピンズ』(1964/監督:ロバート・スティーヴンソン)、『若草物語』(1949/監督:マーヴィン・ルロイ)、そのあたりじゃないかな。母の影響で録画したVHSを繰り返し見ていた記憶があります。しかも、途中から録画したから最初が切れてるとか、そんなものを見ていましたね(笑)。
埼玉県の所沢出身なんですけど、所沢駅に今はないシネセゾン所沢っていう映画館がありました。そこに家族5人揃って、『ジュラシック・パーク』(1993/監督:スティーブン・スピルバーグ)を見に行ったのを覚えてます。あ、でも、もっと身近な映画館の記憶がありました。幼稚園から小学生の頃に小手指というところのマンションに住んでいて、玄関を出ると目の前にドライブインシアターがあったんです。音は聞こえてこないけど常に映画が流れていて、なんとなく手すりにもたれて見るようなことはしてました。ある日姉が、「こわい映画やってるから見に行こう」と言うので出たら、『マルサの女』(1988/監督:伊丹十三)がかかってたんですよ。恐ろしげな顔をした大人たちが何かを言い合って、しかも、指をつめたんです。「ぎゃー!」となって、家に逃げ帰りました。でも、大人になって『マルサの女』を見たらどこにもそんなシーンはなくて、あれはなんだったんでしょうね(笑)。

「物語という枠組みにまとまりきらないものが映ってしまっている映画」

私は映画体験より、読書体験の方が早かったと思います。本ばっかり読んでいて、一人でお話の世界に入り込むっていう体験の続きに映画がありました。物語を追うのが好きだったので、小中学生の時はお話がわかりやすいものばかりを見ていて、高校生あたりでそうじゃないものに初めて出会いました。そうじゃないものっていうのは、お話に回収されない、物語という枠組みにまとまりきらないものが映ってしまっているようなものです。印象に残っているのは『アンダーグラウンド』(1995/監督:エミール・クストリッツァ)、あとは『ユリシーズの瞳』(1996/監督:テオ・アンゲロプロス)とかですね。カンヌで受賞したとかミーハーな理由で見たのですが、あの衝撃はよく覚えています。よくわかんないけどすごいと思いました。普通の同世代の子よりは見ていたと思いますけど、全然シネフィルじゃなかったですね。
大学入学時は全然違う方面に進むつもりでしたし、映研にも入りませんでした。映画に進んだきっかけは、たぶん松浦寿輝先生の映画論という授業だと思います。そこで初めて映画評論に触れ、こんなに豊かな世界が映画の裏側に広がっているんだと知りました。最初にたしか、『殺しの烙印』(1967/監督:鈴木清順)を見せられて、なんか先生面白いことを言ってるなという思いはあったんですけど、漠然とそう思っていたに過ぎなかったので、ものすごい適当にレポートを書いて提出してしまったんです。そんな人が多かったので先生は怒っちゃって。その次に、フェリーニを何本か見てレポートを書くという課題があって、あまりの面白さに震えたのもあって、今度はちょっと本気で書いてみようと思って、自分なりの言葉を紡いで、何かその映画評論として成立するような世界を作る努力をしてみたんですよ。そしたら、けっこう良い評価で返ってきて、私もこの世界に入っていけるのかも、と勘違いしてしまったことはきっかけになっているかもしれないですね。そして、研究室を決めるときに、当初考えていたのとは全然違う、美学芸術学に入ってしまいました。

「学校で学んだのは、映画って教えてもらえるものじゃないなってことです」

まわりが就活を始める時期に、就活はしたくない、映画を撮ってみたいと思っていました。たぶん映研に入らなかった理由は、今の私に撮れるわけがない、何も知らないからお勉強しなきゃみたいな考えがあったんだと思います。そんなわけで、入れそうな映画学校を探したときに、映画美学校なら夜間に通えて、授業料もそう高くなくて、そうそうたる顔ぶれが講師陣にいらしたので、これは!という感じで決めました。私が初等科1年目の時は、井川耕一郎さんと、斎藤久志さんと、瀬々敬久さんと、植岡喜晴さんが担当されていました。教えてもらおうという気持ちがあったんですけれど、学校で学んだことは「映画って本当に教えてもらえるものじゃない」というのが一番大きいかなと(苦笑)。
学校にはこれまで映画を撮ってきた、私から見たら華々しい経歴を持っている人たちがたくさんいました。撮ってくるものもすごくて、ビデオ課題とかみんなで見たりすると、本当に自分が撮ったものが一番酷く見えて毎回、穴を掘って潜りたいというような気持ちになり……映画は向いていないんじゃないかと思いました。それでも続けたのは、脚本を書く作業が楽しかったからですね。やっぱり私は物語が好きみたいで、物語を作り上げていくことに興味がありました。
それで、修了作品の監督に選ばれて、撮らせてもらえることになったんです。修了制作は全員が監督できるわけではなくて、撮れなかった人たちが私の映画を手伝ってくれるわけです。スタッフについてくれた人たちは自主制作経験がある人たちが多かったので、その人が何か言えば、全部それが正しく思える。その取捨選択が、本当にきつかったですね。あそこで、本当に自尊心が粉々になるという経験を生まれて初めてしたんだと思います。用意していた物語だって現場でどんどん崩れていって、その崩れを力に変えないといけない。それでも映画も撮れて幸せだったし面白い経験だったんですけど、「映画監督とは」みたいなことは整理できないまま終わりました。それまで、人をぐいぐい引っ張っていくのが監督だと思っていたんですけど、そんなことは自分には到底できないということがよくわかりました。じゃあ、皆に助けてもらいながらやっていこうという風に考えるようになって、自分にできるやり方でいいんだという気づき、開き直りはありました。

「自主映画って人に迷惑をかけないと完成しない。でもそれでいいんだなって」

これまでの作品は3作品です。好きな物事は恣意的に出してますね。猫を出したいとか、何かを食べさせたいとか(笑)。前作で夏の映画を撮ろうとしたのは憧れなんでしょうね。覇気のある、ギラギラしたものへの憧れです(笑)。ところが自分は雨女みたいで、全編にわたって、ピーカンを狙ってたのに、毎日雨が降りました。これまでも撮影中に台風がきたり、試写の日も台風で、上映の日も雪とか。かなしいです。
構想中のものは2つ3つあります。次は大人の映画をやりたいなと思っています。今まで主役が子どものものが多くて、子どもって、ある程度訳分かんないことや恥ずかしいことを言っても許してくれるけど(笑)、今度は大人の役者さんと向き合いながら、その人に芝居をつける、演出するということをきちんとやってみたいです。
自主映画って、人に多大な迷惑をかけながらでないと完成しないですよね。それで迷惑をかけまくったので、人に迷惑をかけるのはもう嫌だみたいな思いがあって、ぐずぐずして次に踏み出せなかった部分がありました。でも、仕事だって人に迷惑をかけないとやっていけないときがあるんですよね。だから、いいんだな、世界はそうできているんだなって思うようになりました(笑)。次回作ですか?今度こそ晴れの時に撮りたいですね。寒くなる前に撮ろうかなと思います。
聞き手:岡本英之
構成・写真:石川ひろみ
『はじまりへの旅』
監督・脚本:マット・ロス

出演:ヴィゴ・モーテンセン、ジョージ・マッケイ、フランク・ランジェラ

原題:Captain Fantastic 119 分/シネスコ/英語/日本語字幕:中沢志乃 配給:松竹

© 2016 CAPTAIN FANTASTIC PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.
ストーリー:ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)と6 人の子供たちは、現代社会に触れることなくアメリカ北西部の森深くに暮らしていた。父仕込みの訓練と教育で子供たちの体力はアスリート並み。みな6 ヶ国語を操り、18 歳の長男は名立たる大学すべてに合格。しかしある日入院していた母・レスリーが亡くなり、一家は葬儀のため、そして母の最後のある“願い”を叶えるため旅に出る。葬儀の行われるニューメキシコまでは2400 キロ。チョムスキー※は知っていても、コーラもホットドッグも知らない世間知らずの彼らは果たして、母の願いを叶えることが出来るのか…?(※ノーム・チョムスキー=アメリカの哲学者、言語哲学者、言語学者、社会哲学者、論理学者。)
  • 『別府裕美子(べっぷ・ゆみこ)』
    1980年、埼玉県生まれ。東京大学文学部卒業後、映画美学校にて映画製作を学ぶ。初監督作品の『五尺三寸』(04)がみちのく国際ミステリー映画祭角川オフシアターコンペティションに入選、ぐんまショートフィルムコンクールでグランプリ受賞。女性監督による映画製作、上映企画「桃まつり」中の一本として撮った『クシコスポスト』(09)は、海外の映画祭でも上映された。その他の作品に、内田百閒の短編小説を元にした『地獄の門』(06)。