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#15『映画と私』 坂下雄一郎さん(映画監督)

「幼いながらに映画の特別感っていうものを少なからず感じていました」

映画監督をやっています。現在、新宿武蔵野館で公開中の『神奈川芸術大学映像学科研究室』はもともと東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻の修了制作で作った映画です。完パケと同時期に「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2013」の締め切りだったので送ったんです。それが運良く引っかかって審査員特別賞をいただきました。そして毎年この映画祭の入選作品の中から1本、劇場公開まで支援してくれる制度があるんですけど、それにも選んでいただいて、あれよこれよと今回の上映にいたりました。
映画の最初の記憶は多分「ドラえもん」シリーズじゃないですかね。『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』(1991/藤子・F・不二雄)は覚えていますね。多分ビデオに録画されていて何度も見ていたんだと思います。友達と初めて行った映画は『もののけ姫』(1997/監督:宮崎駿)とか『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998/監督:本広克行)だったと思います。
中学生のときに親戚のところで年末年始アルバイトをして自分のお金を貯めていたんですよ。それで最初の年にテレビを買って、次の年にビデオデッキを買ったんです。単純に自分の部屋にテレビが欲しくて、当時はどっちかっていうと映画よりテレビの方が好きだったのでバラエティやドラマを録画していました。そのうち映画も見られるということに気付いて、レンタルビデオ屋に行くようになりました。幼いながらに映画の特別感っていうものを少なからず感じていたと思います。

「前野さんの映画を見て自分も映画をやっていけるかもと思いました」

僕は高校が通信制だったんです。学校行きたくないなと思ってとりあえずそこに入ったんですけど、途中でやっぱり大学も行った方がいいのかなと思い始めたんです。普通の大学だと何をしに行ったらいいのかわからなかったんですけど、大阪芸術大学の映画とかになってくると目的が明確だし、人間関係もまだ馴染めるかなと思って決めました。推薦枠で受けたんですけど、当時は学科がなかったんですよ。僕のときはシナリオの穴埋めみたいな課題と論文みたいなものだったので、これはいけるかなと思いました。それで推薦で受けて映像学科に受かったという感じですね。
大阪芸大はまず映像っていうくくりで、一通りのことをやります。3回生でコースを選択して別れるんですが、僕は映画を専攻しました。1、2回生のときは例にならって先輩の卒業制作を手伝いに行っていましたね。別に楽しくはなかったですけどね(笑)。どっちかというと自分たちのときにどうしていかなければならないか、っていうことのリサーチも含めて手伝っていたような記憶があります。映画コースは厳しめな先生が多かったので最初にシナリオを提出して、OKが出ないと撮れないみたいな中でやっていましたね。
大学に入って山下敦弘さんがいるっていうのを知ったんです。『リアリズムの宿』(2003)とか見て面白いなと思いました。じゃあ自分はどういうものを撮ればいいだろうと、学生なりに悩んでいたんですけど、まわりの人たちが撮っている作品を見てもぴんとこなかったんですね。そんなときに1個上の先輩の前野朋哉さん(『神奈川芸術大学映像学科研究室』にも出演)の作品を見ました。前野さんは自分が主演で監督もやっていたんですけど、それを見て、学生映画も面白いのかもしれないと思いましたね。一応、映研で同じサークルの先輩だったので面識はあったんですけど、学生時代、前野さんの現場に入ることはほぼなかったです。どっちかっていうと最近の方が手伝っていますよ。

「藝大の最初、ブレッソンを見たことがなくてどん引きされました(笑)」

卒業後は大阪芸大の副手(助手)を2年間やっていました。はい、『神奈川芸術大学映像学科研究室』の元ネタになったところです。映画は撮り続けていましたが、たまに映画祭でひっかかったりするものの、大きな賞をもらえたことはなかったので、これで本当にこのままやっていけるのか決めかねる部分がありました。東京に行きたいけど何のあてもなく行くのは不安だなと思っているときに東京藝術大学大学院映像研究科を知りました。しかも藝大は作品を撮るのに予算が出るらしいと知って、今までみんな自腹でやっていたので、そんな学校があるのかと思いましたね。本当は3年働いてもうちょっとお金貯めてから入ろうと思っていたんですけど、どんなもんか試しに受けに行ったら受かっちゃったというわけです。
藝大に入って驚いたのは、まわりがシネフィルと呼ばれるような人たちだったことです。普通に蓮實重彦さんの話とか出るんですけど、大阪芸大ではそんなこと言う人はいなかったので都市伝説かと思っていました(笑)。最初の授業で、黒沢清さんが撮影中で塩田明彦さんがいらした日がありました。「ブレッソンで何が好き?」と聞かれて、みんな答えるんですよ。ちょうど僕が最後だったんですけど「1本も見たことがないです」って言ったときに本当にどん引きされた記憶があります(笑)。そこから一応見るべきものは見たと思います。でも僕はどちらかというとハリウッド映画が好きなので、最近映画を見るとしたらシネコンばっかりです。
『神奈川芸術大学映像学科研究室』の舞台はタイトルのとおり映像学科がある芸術大学です。簡単に言うと、映像学科の学生が機材を盗むという事件が発覚して、それを助手がもみ消すという話です。僕が大阪芸大で副手をやっていたときは、この映画で起きているようなことがしょっちゅう起きていたので、基本、学生が嫌いでしたね(笑)。この映画の企画は、自分が撮りたいものというより、まわりとは重ならないような題材にしようとしていました。なんとなく学生の自主映画って私生活の少人数の中で人間関係を描くようなイメージがありました。もちろんそれだけではないですけどね。それってなんでかなと思ったら、会社で働いている人が少ないからだろうと思ったんですよね。それで働いている場所のみで完結するような映画を企画しました。

「映画で笑わせることについては意識しているつもりです」

いわゆる娯楽映画みたいな、エンターテインメント性の高いものを撮りたいと思っています。それは最初からではなく、東京藝大に入ってから変わりました。最初は山下監督を5倍薄めたような、引きで一発撮っときゃいいんでしょみたいな感じだったんですけど(笑)、藝大に入ってから自分の方向性はこうだって決めない方がいいだろうと思っていろいろ試していたんです。『神奈川芸術大学映像学科研究室』を撮る前に学生たちで企画から公開まで制作するオムニバス作品を作りました。『らくごえいが』(2013)という映画で、僕は「猿後家はつらいよ」という短編を撮ったんですけど、そのときプロデューサーからコメディを撮ってくれと言われていたんですね。まずテンポのいい会話劇だったので、会話が出てきたらどんどん割ろうと決めました。それまでだったらワンカット引きで撮っていたところを、マスターで撮ってそれぞれのヨリも全部撮っておくようにしました。出来上がりの評判も良かったので、こういう方法もあるんだなと思って、その経験で今回もけっこう割って撮っていますね。
僕はもともと暗い映画よりも楽しく撮れて、見られる映画の方が好きなので、笑わせるということについては意識しているつもりです。『神奈川芸術大学映像学科研究室』は常に誰かしらしゃべっている映画にしようと思っていたので、会話のテンポはけっこう演出しました。撮影中は面白いシーンだと撮っていてもスタッフが笑ってくれたりして、反応がわかりやすいんですよ。ただ普通のシーンを撮っていると反応がわからないじゃないですか。結構僕はまわりを気にしながら撮るので、反応がわかりやすいとやりやすいですよね。
今後撮りたいものですか?実在の事件とか出来事を映画にしてみたいですね。リアルに再現するということではなくて、あくまでフィクションでやれたらいいなと思います。

あのときの1本

『GOGOまりこ』(2008/監督:前野朋哉)
この映画を見て、もしかしたら自分も何かやれるかもしれないと思いました。学生映画で初めて面白いと思った作品です。
聞き手・構成・写真:石川ひろみ
『神奈川芸術大学映像学科研究室』公式サイト→ http://kanagei.com/
『神奈川芸術大学映像学科研究室』
監督・脚本:坂下雄一郎/製作:佐々木裕/撮影:松井宏樹/録音:稲村健太郎/美術:相澤伶美/編集:田中直毅/音楽:今村左悶/出演:飯田芳、笠原千尋、前野朋哉、宮川不二夫、高須和彦、中村有、嶺豪一、中本章太、細井学、早乙女バッハ、生実慧、島野千尋、矢島康美、田口治/製作:東京藝術大学大学院映像研究科/配給:デジタルSKIPステーション/協力:コミュニティシネマセンター/2013/日本/70分/カラー/ビスタ
http://kanagei.com/
  • 『坂下雄一郎(さかした・ゆういちろう)』
    1986 年生まれ、広島県出身。大阪芸術大学卒業後、東京藝術大学大学院映像研究科に入学。大阪芸術大学では大森一樹監督、東京藝術大学では黒沢清監督に師事。在学中から学外の作品に助監督として参加。2011年に監督した『ビートルズ』はゆうばり国際ファンタスティック映画祭2012にて北海道知事賞を受賞。他に『猿後家はつらいよ』(オムニバス映画『らくごえいが』(13)の一編)がある。2013年、東京藝術大学大学院映像研究科7期終了制作として監督した『神奈川芸術大学映像学科研究室』がSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2013 長編部門(国際コンペティション)にノミネートされ、「審査員特別賞」を受賞。さらに、劇場公開へとつなぐプロジェクト「SKIPシティ Dシネマプロジェクト」の第4弾作品に選出され、公開が実現した。
  • 『定者如文(じょうしゃ・ゆきぶみ)』
    兵庫県神戸市出身。映画少年だった幼少期、バイクに溺れた10代、旅行に彷徨った20代前半を経て26歳で大阪芸術大学映像学科に入学、30歳で卒業・上京し東京藝術大学映像研究科第一期生として過ごし31歳で映像業界へと進む。その後映像業界で数々の現場をこなし東京で過ごした10年のキャリアの集大成として本年度の文化庁新進芸術家海外研修制度を利用してアメリカへと渡る予定。