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俳優・兵藤公美インタビュー 1/3

LOAD SHOW舞台芸術特集「そことここ」の関連企画としてこれから俳優・兵藤公美さんによる俳優ワークショップ「不動の兵藤教室」のレポートを不定期連載いたします。今回は連載記念として「不動の兵藤教室について」、「兵藤さんと演技のルーツ」などについて聞いたインタビューを3日に分けて掲載します—

「演技することに対して曖昧なイメージのまま、人前に出て何か表現をすることはとても心もとない」

これから「そことここ」の特集企画として俳優ワークショップ『不動の兵藤教室』のレポート掲載が始まります。まず簡単に自己紹介を含めて、このワークショップの概要を教えてください。
兵藤:俳優の兵藤公美です。私は青年団という劇団に所属しながら、外部の劇団や映画に出演しています。それと、大学や専門学校で演技の講師をしています。『不動の兵藤教室』では私がこれまで講師という立場で経験したことを凝縮した少人数形式のワークショップです。

少人数でやる理由は、演技の表現方法が人それぞれ違うので、マニュアル化しないで、その人にあったことばやアプローチを見つけたいと考えたからです。

演技のメソッドや技術は世の中に多くあるんですけど、それって大人数を対象に想定して作られていることが多い。だから私も大学の現場で取り入れてます。でも俳優それぞれ役へのアプローチが違ったり、どんな演劇経験を経ているかでスタイルも違うので、演技のやり方は様々だと感じていて…

私は演技というのは台本から読み取れる情報を「イメージ」して、そのイメージを五感で反応して、行動することだと考えています。でも、考え方や癖など、人はそれぞれ違いますよね?俳優は自分だけで表現しなくてはいけないので、演技術は細かく見ると人の数だけあるんじゃないかなと思っていて、そのため少数で対話の時間を長く取れるワークショップを行うことにしました。
「演技術」という言葉はあまり聞き慣れませんが、それはどんなものですか?
兵藤:演技術という言葉をあまり聞かないのは、「演技」という言葉のイメージが凄く曖昧で、正解がないもののような印象があるから「技術」という言葉と結びつかないからじゃないかなあ。ダンスなら、ピルエットが2回まわれるようになった、とか歌ならこの音域が出せるようになったとか、技術が目に見えやすいけれども、演技ってよくわからないですよね。でも本当は俳優が演技を創造して表現するまでの過程にあるもの全てに「技術」があって、演技術とはそういった技術を総称することばです。

とは言っても、「演技」を曖昧なイメージで捉えている方は俳優にも多くいるように感じます。特にわりと若い俳優の方に多くいる気がする。

演技することに対して曖昧なイメージのまま、人前に出て何か表現をすることは、心もとないことですよね。それでなくても俳優というのは心を扱う仕事なので、色々なストレスにさらされていて、時にはぶれるものです。

それだから考え方の目印をみつけられれば、俳優はシンプルに演技に集中できるようになるし、きっと演技がもっと楽しくなる。自分の演技のやり方を見つけることで役者は自立していけると思うんです。

演技の基本的仕組みというのはあります。「不動の兵藤教室」では、その仕組みに基づいて、人それぞれの演技の組み立て方とそれを表現すること、この部分に重点を置いた「演技術」のワークショップになっていくと思います。
俳優の「自立」とはどういうことですか?
兵藤:俳優の自立とは自分で演技を創造して存在できることです。俳優が自立することで、演出家や監督の希望に応えるだけの存在じゃなくて自分で演技の創造ができるようになっていくと思います。そうやって俳優と演出家がクリエイティブな関係になることで、演劇や映画の現場が豊になっていくし、それが私はステキなことだなと思うんですよね。
なぜ「不動の兵藤教室」というタイトルをつけたんですか?
兵藤:…語感ですね。
不動の「動」と兵藤の「藤」。この2つの「DOU」が意味する関係と語感が好きで…?

―嘘なのに本当―

それでは話は変わって兵藤公美さんの「演技」のルーツを教えてください。
兵藤:幼少の頃からの話になるんですけど、私は5才くらいのときに『星の王子さま』という演劇を観たんです。それは演劇なんですけど人間が人形をかぶってる形式の演劇でした。人間が大きなかぶり物をしていて、手だけ出てるみたいな(笑)。台詞は人形の裏で発していて、言ってしまえば人形浄瑠璃みたいなものなのかな・・・すごく有名な劇団なんですけど。

その演劇を観て「嘘なのに本当」みたいな感覚に衝撃を受けました。すごく不思議だった。それから私は演劇を観るのが好きになりました。小学生のときは演劇部の演劇を観るのが好きでした。でも自分が出る側でいたいとは思わなかったです。スポーツ少女だったので。(笑)
スポーツは何をやっていたのですか?
兵藤:朝はバスケットやって、放課後にバレーやって、バトミントンやって、〆にゴム弾やってみたいな、スポーツ詰めの毎日でした。だから演劇は観る専門でした。でも、小学校6年の時にお楽しみ会で、友達と劇やろうって企画して、その時なぜかシェイクスピア作『リア王』を上演しました。

小学生で『リア王』は早熟ですね。
兵藤:そうですよね。シェイクスピア作品は児童書版の読みやすいものが図書館に置いてあったりするじゃないですか?それを読んで、「リア王は娘3人の物語だし王様を適当にやればできるんじゃない?」って。それで友達と「死ぬとこやろうよ」って興奮して。多分、毒飲んで、殺されるシーンにスペクタクルを感じてたのだと思います。

それで『リア王』の児童書から台詞を文字起こしして、セットは適当に組んで、発表会で死ぬシーンを全力でやりました(笑)。クラスの評判はよく覚えていませんが、うけは悪かった気がします。シェイクスピアだから笑える箇所も少ないし、人は死ぬ。「なんかすごい怖い劇だった」みたいな感想ばっかりで、なんだかなーといった感じでした。
中学校では演劇部に所属していたのですか?
兵藤:私が通っていた中学校には演劇部がなかったのでソフトボール部に入りました。そのソフト部がもうスパルタで、ガンガン脳みそまで筋肉に改造されて、外見的には、「兵藤は細くて真っ黒」みたいになっちゃって・・・

それでは中学校では演劇に触れることはあまりなかった?
兵藤:いえ、そんなガチガチのスポーツ少女だった私にも演劇をする瞬間が訪れます!それは中学の文化祭、クラスの出し物で演劇をすることに決まって...多分これが私の俳優を志すキッカケになったと言っても過言じゃありません。脚本はクラスでイケてる佐々木さんっていう子が推理ものの脚本を書いてきてくれたんですけど...それがわりとつまらなくて(笑)やっぱ『リア王』の方が面白かったなって。推理ってクイズじゃん...みたいなことを当時思ってました。でも、私はキャスティングされなかったので、音響やってました。
キャスティングされなかったんですか?

兵藤:そうですね…キャスティングされませんでした(笑)。当時は当然オーディションも無かったし、キャスティングは佐々木さんの独断だったような。私は出たかったんですけどね、リア王の屈辱もありますので。とはいっても私は音響ですから、家のテレビにラジカセ近づけて「銃声」を録音したりして、演技とは一見関係ない役回りにいたんですけど…音響って稽古にも付き合って音楽を再生させたりするじゃないですか。

それで音響として稽古を観ていて思ったんですね。「なんか違う、、」って。もうちょっとこうやったらいいのにな、私だったらこうするな、みたいなことを 1 人で思っていて…それで高校に進学して演劇部に入りました。本当はその前に陸上部に入部したんですけど、私は体育教官というものにいよいよ嫌気がさしていて、陸上が個人競技だったというのもあって、すぐに辞めて演劇にシフトしました。

「桐朋落ちたら演劇しない!」

演劇部ではどのようなことをしていたのですか?
兵藤:演劇部では喜怒哀楽を表現する訓練をしたり、腹筋とか背筋とか筋トレして、ミュージカルコーラスラインの『ONE』を完コピしたり、高校演劇の大会に出たりしていました。練習自体は楽しかったのですが、自分の演技に違和感を覚えはじめました。

例えば喜怒哀楽という感情表現の練習で、哀しい表現を無表情でやった時、面白いけどわからないとコメントされ、感情表現というものに疑問を覚えたり、自分のイメージ通りに発話できなかったり。でも時々は「嘘なのに本当」の瞬間は感じる。それだからこそ「イメージ」と「現実」のギャップが悔しくて、演劇大学に行ってみたいな、と思うようになりました。

当時、演劇大学は、桐朋学園芸術短期大学や日本大学芸術学部玉川大学がポピュラーな学校だったんですけど、俳優養成では圧倒的に桐朋学園が熱かったんですね。それだから桐朋学園を志望したのですが、親がすごく反対して。仕方なく「桐朋落ちたら演劇しない!」と親と約束して...だからガッツガツで受験しました(笑)。

当時の受験は2次試験まであって、ベビーブームというのもあって倍率も高くそれなりに難関でしたから、演技教室に通って何とか滑り込みで合格しました。合格したものだから親もあきらめて、4年間桐朋学園に通いました。
桐朋学園はどちらかというと新劇系の俳優養成学校というイメージがありますが、どうやって青年団にまで至ったのでしょうか?
兵藤:当時の桐朋学園のカリキュラムは思いのほか新劇的なスタイルの講義、上演が中心で、扱う作品が口語体ではなかったので随分苦戦しました。ことばは時代によって変化していくものですよね。当時の18才の感覚では新劇のことば使いは難しくて台詞をうまく発話できなくて。今思えば台本の文体に寄せて演技を組み立てればよかったと思うのですが、演出家からは「兵藤さんはいつも、『兵藤さん』だよね」などと言われていて、悩んでいました。今のことばで演劇を創作できないのか模索していました。

そんな時に出会ったのが平田オリザさんの「阿房列車」という台本でした。青年団の芝居は観たことがなく、私は戯曲から入ったんですけど初めて読んだ時は...「ヤバイ!」って(笑)。青年団の現代的な口語で書かれた台本を読んで、「これおもしろい!」って気持ちがパーってはじけたのを覚えています。

それで、当時の桐朋学園には自主企画を立ち上げ発表するというカリキュラムがあって、同期で現在は劇団「地点」を主宰している三浦基くんと平田オリザ作品『阿房列車』と『思い出せない夢のいくつか』を上演しました。——(次に続く)
俳優・兵藤公美インタビュー
7月初旬より俳優ワークショップ「不動の兵藤教室」レポート掲載予定!!!
LOAD SHOW舞台芸術特集「そことここ」
http://loadshow.jp/feature/sokotokoko
   
「俳優・兵藤公美インタビュー」2/3          http://culture.loadshow.jp/interview/hyoudoukumi-interview-2/
「俳優・兵藤公美インタビュー」3/3          http://culture.loadshow.jp/interview/hyoudoukumi-interview-3/
聞き手:島村和秀・坊薗初菜
写真・構成:島村和秀
『不動の兵藤教室』
俳優・兵藤公美(青年団)が主催する少人数制の俳優ワークショップ。それぞれ参加した俳優の形に合わせた「演技術」の養成を行う。演技上の悩み解決から、台本を使った演技指導、新たな演技方法の模索など、様々なアプローチで俳優の自立をサポートする。『不動の兵藤教室』の内容は「そことここ」の特別企画として、不定期に連載。
講師:兵藤公美
サポート・解説:坊薗初菜
問い合わせ先:hudou.hyoudou@gmail.com
  • 『兵藤公美(ひょうどう・くみ)』
    俳優。桐朋学園大学短期大学部専攻科演劇専攻卒業。1996年平田オリザ主宰の劇団青年団に入団。主な青年団の出演作品に『ソウル市民』ソウル市民恋愛二重奏』『東京ノート』『カガクするココロ』がある。客演としては「五反田団」、「サンプル」などに出演。近年では青年団国際交流プロジェクトでフランス劇文学賞大賞を受賞したパスカル・ランベール脚本・演出「愛のおわり」に出演。映画では深田晃司監督作品『歓待』、篠崎誠監督作品『SHARING』に出演。洗足学園音楽大学ミュージカルコース講師、映画美学校アクターズコース講師など演技講師としても活動している。