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♯24「映画と私」磯龍介(ドキュメンタリー作家)

—1日1回自分に向けて日記のように撮影している—

僕はセルフドキュメンタリー作品の制作をしたりする磯龍介です。
毎日最低1回はカメラを回す事を絶対のルールとして日々を過ごしています。いつでもビデオカメラを持ち歩かなくちゃいけないのはちょっとシンドイですが。男は鞄を持たない方がカッコいいと思うので…
でも始めた事を途中で辞めちゃうのもカッコ悪いので頑張ります。とりあえず50年は続けようと思っていて、その50年分の素材を1日あたり5秒弱でつなげた24時間の作品を作ろうかなと企んでいます。まぁ50年も待てないので、取り貯めた素材からちょくちょく形にしては発表していますが。ただ、発表するとなると結構気合い入っちゃって、テーマのある毎日になっちゃうんですけどね(笑)。
最近は新作『入居』の制作に追われていました。監督作品として発表したのは3年振りになります。過去に作った3作も全部同じ要領で自分に向けてカメラを回したドキュメンタリーです。基本的に自分を監督として発表する時はセルフドキュメンタリーの方法をとっています。
それ以外に、仲間とか仕事の撮影現場にスタッフで入ることもあります。最近だと渡辺大知監督作品「モーターズ」を脚本の段階から一緒に制作していました。

—俺にバスケは向いてなかった—

一番古い映画体験は…なんだろう。そんなの覚えてないけど、初めて家族抜きで映画館に行ったのは、小学校3年生くらいに観た「もののけ姫」かな、たぶん。当時どういう感想をもったかは全く覚えてないんですけど、物まねとかはしましたね。ちっちゃい白いおばけみたいなやつの。あと、「お前にサンが救えるか!」ってね。
映画に対して意識が変わったのは中学生の時です。自分はバスケットボール部に入ってたんですけど、そのバスケ部は弱いくせに部員ばっかりいて、俺はその弱いバスケ部の中でも特に下手な部類で、いわいるベンチウォーマー的な存在でした。ベンチウォーマーは舐められる。先輩や同級生のみならず、後輩にだって。弱肉強食ですからね、部活は。ただどうしても舐められたくはない。じゃあどうするよ、と。バスケ必死に練習すりゃいいじゃんって話になんだけど、バスケは早々に諦めてたから練習はしたくない。そのくせ部活を辞めるっていう選択肢も持ってなかった(笑)。
それで、舐められない対策として最善の策は「文化だな…」ってことで、一気に文化的な生活に突入していきました(笑)。ベンチウォーマー集団は部活が終わった後が本番で、部室にたまって遊んだり、コンビニの前にしゃがんだりするのが楽しみだったんだけど、そういう時間でおのおのが見つけた文化的な物を発表しあっていました。あるベンチウォーマーは「ガロ」系だったり「月刊IKKIコミックス」辺りの誰も読んだこと無い漫画を手に入れてきては披露する。またあるベンチウォーマーはTUTAYAのインディーコーナーのCDを全部制覇して披露するみたいなことをやって舐められない対策に奔走しました。

そん時に随分映画も観たかな。まあ中学生くらいだから「浅野忠信が出演している映画なら全部観たよ」みたいな感じでした。洋画だと「ゴダールって深いよな」みたいなことを言ってましたね。本当は意味なんか何にも分かってないのに。ただ分かんないなりに「カッケー」みたいなことは思っていました。

—高校時代はちょっとした暗黒時代でした—

そうやって中学校は割と楽しい毎日を過ごせたんですけど、高校は超進学校を選んでしまったものだから校則もかなり厳しくてあんまり好きな場所ではなかった。それだから結局中学校の友達と地元で遊んで、バンドを組んでっていう生活をしていましたね。

あの時はちょっとした暗黒時代だったかもしれません。俺はどちらかというとすぐ友達ができるタイプだったから「暗黒」って感じはオーバかもしれないけど、なんかずっと違和感があった。その後の進路については高校3年生の途中までは普通の大学に通うものだと思ってました。俺もバカなりに学校残って勉強するみたいなことはやってましたし。

こんなこと言ったら失礼かもしれないですけど、進学に対して特に意思のない人ってとりあえず「経済学部」を選んだりするじゃないですか?俺も案の定適当な大学の経済学部を志望していて(笑)。でも、志望してる大学のオープンキャンパスに行ってみたらこれっぽちも心が動かなくて。

それでいよいよ進路どうしようかなーって考えてたら、異端児的なクラスメイトが「美大に行く」って言い出して。俺も美術やなんかは好きで、良く色んなところに観に行ったりはしてたんだけど、僕の高校でそのアイデアはなかなか出るもんじゃない。それが結構目から鱗で、彼から美術予備校のこととかも聞いて、美術系の学校に行こうって決めました。

大学はというと、当時通っていた美術予備校で講師をしていた映画監督の大内伸悟さんの母校であり、自分の好きな現代美術家の石田尚志さんがいる多摩美術大学を志望して無事合格できました。

—オンボロおばけハウスでの日々—

自分が入った学科は映像演劇学科という「映像」「写真」「演劇」「現代美術」とオールジャンル受け入れる学科でした。高校が半分男子校みたいな場所だったというのもあるけど、ほんとにカワイイ娘がいっぱいいて、とにかくテンションがあがったな(笑)。

まぁそれはおいといて、みんなの知識量には驚かされましたね。俺は地元では色々知っている方だったんですけど、大学にいる人は俺なんかよりもっと色々、とにかくなんでも詳しくて「ヤバイ」って。

中でも特に「ヤバイ」と衝撃を受けた先輩に、市川力夫というビックリ人間がいますね。彼は元映画秘宝の編集部で今はフリーで活動しているのですが、当時は自由が丘の高級住宅地の中にぽつんとあるオンボロおばけハウスに住んでいました。そこには写真家で先輩の白井晴幸さんも住んでいて、白井さんが抜けた後は映画監督で俳優の森岡龍くんが住み始めました。そこは大学の仲間のたまり場になっていて、とにかく「ヤバイ」人たちが集まるへんてこな場所でした。良く言えば「トキワ荘」なんだけど、もっとふざけた場所でしたね。僕はその魅力に取り付かれて、家賃は払ってなかったけど転がり込んで生活していました。色々な映画や本や写真や音楽やおもしろ動画なんかを観たり、朝までどんちゃん騒ぎをしたり、時には真面目に制作の話をしたり、そんな日々が自分の作品を作る上での糧になっていると思います。まぁチョットおセンチな言い方したけど、今でもしょっちゅう遊んでます、彼等とは。映画を始めたのも、彼等との制作が始まりでした。

—行動する為に映画を作り、形にする—

大学3年生の時に現代美術作家の石田尚志さんのコースに入って初ドキュメンタリー作品の『入院』を撮ることになりました。この映画は俺の扁桃腺手術の過程をセルフドキュメントした内容です。ただ当初はドキュメンタリーにする気なんかなくて、入院しているところをライブカメラで配信して観客に強制的にお見舞いしてもらおうっていうパフォーマンス要素の強い企画を考えていました。

そしたら石田尚志さんに「残るものにした方がいいよ」ってアドバイスを受けて、それならってことで自分にカメラ回して撮ってみるかっていう軽い感じでドキュメンタリーに方向転換しました。そしたら思いのほか周りから好評価で、自分でもしっくりくるところがあって、続けてこのスタイルで制作するようになりました。大学時代は『入所』、『入魂』と全部で3作品のセルフドキュメンタリー作品を制作しました。

学校を卒業してからは「THE GIFTSHOP」というバンドの活動を結構頑張っていました。最近解散してしまったんですけどね。むずかしい。他にも仲間の撮影現場や仕事の撮影、編集をして過ごしていました。

自分の制作はというと、毎日カメラは回していましたが、新作を発表できないまま、3年という月日があっという間に流れてしまって…

これは卒業後あるあるだと思うんですけど、実際僕の周りの友達にも何人かいて、そんなやつらが集まって強制的に新作を発表する〆切を作ろうとのことで企画されたイベント「前夜映画祭」を機に、今回の「入居」の制作がスタートしました。

そもそも僕が何でセルフドキュメンタリーをやっているかっていうと、結局は自分の生活を豊にしたいからだと思います。「映画」って例えば劇映画だったら脚本や俳優、美術って「映画」のために色々用意して撮影すると思うんですよ。俺はそういった映画も全然嫌いじゃない、むしろ大好きなんだけど、自分が監督するって考えるとちょっと違っていて。

僕が映画を作るときは、そのいわゆるところの劇映画のような、「映画のために行動し、形にする」のではなく「行動する為に映画を作り、形にする」というマインドをもってやっています。

僕は、1人旅をしたり、ちょっとおいしい刺身やなんかを出してくれそうなカウンターの飲み屋とかに1人で入っていける人に憧れています。小心者なのかめんどくさがり屋なのか、未知の刺激に自らあと一歩踏み込んでいく力が不足しているんです。愉快な友達はいっぱいいるし、そいつらと遊んでいればそれなりに楽しいので。

でも、カメラを持って映画を作るとなると、あと一歩踏み込まないと面白いものは撮れない。恥ずかしい事もやっていかないと客は笑ってくれない。発表するなら絶対褒められたいしモテたい。そのためにはちょっと頑張らなきゃいけないんですよね。そんでしかたなしに一歩踏み込んで行けば、そこには意外と知らないことや刺激的なものがある。

とはいいつつ、本当にいざって時にカメラをまわせてなかったりするんですけど(笑)。一番難しいのは編集かもしれません。膨大な素材の中から一時間なりなんなりのオハナシにするのは途方もない作業です。まぁ自分が面白いと思ったり「ここは」と思うポイントは、誰にも理解されないことではないと思うので。

また逆に、それを発表することで自分の想定したポイントと全く違うところでお客さんが反応してくれたりするのは本当に面白いです。そういう考え方だから日常的にカメラを持って、セルフドキュメンタリーを撮っています。浅はかだけどシンプルな話です。

—『入居』—

今回作った新作ドキュメンタリー『入居』のテーマは「引っ越し」です。なんで今更引っ越しをテーマにしたかっていうと「離郷」への憧れがあったからです。僕の実家は横浜にあって渋谷まで30分だし、あんまり一人暮らしをするメリットを感じてなく引っ越すことがなかった。飲み屋でかわいこちゃんとかと仲良くなって「磯くんの家行こうよ」みたいな話になった時に「いや〜俺の家、実家だからなー」って断らなくちゃいけないストレスはあったけど、実家のデメリットっていったらそれぐらいでした。

でも周りには、故郷を離れて覚悟を決めて東京で一人暮らしをするっていう人もいて…自分はそういう人に少し憧れの気持ちを持っていました。でも横浜に住んでる俺が東京に引っ越したところで、近すぎてあんまり「覚悟」感は出ない。

まあニューヨークに引っ越せば俺もそれなりに「覚悟」を決めると思うんだけど、友達は日本にいるから絶対に日本からは離れたくない。だから、カメラを使ってそういう「覚悟」を持った人たちの気持ちを少しでも知られたら良いなって思ってたんですね。そしたらたまたま友達の借りていた部屋を引き継いで住まないかっていう話しがあって。それで、まあ初めての引っ越しだからこれを機にドキュメンタリーにしようと決めました。

それなので撮影に入って序盤は「覚悟」を持って離郷した人と仲良くなって、家とか招待してもらう内容を考えていました。被写体には原宿とかにいるおっきめの服を押し売りしてくる外人を想定していました。なんで彼等がわざわざ日本なんて辺鄙な国に来て、バッタもんの服売って生きてんだろうっていう疑問は小さい時からあったので…

で、怖いじゃないですかあの人達。でも話せばそんなに悪い人って世の中いないとおもうんですよね。あわよくば彼等の地元に遊びにいったりできないかななんて。そんな構想をしながら撮影していたら「彼女」ができてしまった(笑)。

僕は4年以上もの間、前の失恋を引きずっていて、しくしくブルースきどっていたものだから、これはかなりのビッグイベントでした。それでかわいい彼女との新生活が始まり、まあ順風満帆にいくかと思いきや、「彼女」には色々な問題があって、外人と仲良くなるよりそっちを解決することの方が重要になった。ここから先は映画を観に来てほしいからあんまり言えないんだけど、結果俺の『入居』は原宿にいる外人の生態を知るよりも遥かにスキャンダラスな内容になってしまった。

これから先の活動展開は、ひとまず『入居』も完成しましたので上映することを考えつつも、ここで一息ついているとまた作らなくなってしまうから次の制作のことも考えながら酒を飲んでいます。なんか腹へってきたな。
磯龍介監督最新作品『入居』上映決定!!
■開催日時

7月5日(土)・7月6日(日)

15:00~16:05 / 19:00~20:05 (両日、1日2回上映)

※入場無料

■上映会場

float + f(gallery) (住所:)墨田区文花2-6-3 1F

■公式サイト
http://f-l-o-a-t.info/?p=644
聞き手:島村和秀
写真・構成:島村和秀
『入居』
【内容】25歳にして初めての一人暮らしを始める事にした。4年近くもの間、前の女を引きずり続けて腐っていたけど、これから俺は変わるのさ。 の、矢先、彼女ができた。突然空から舞い降りたエンジェル様だ。ところがどっこい大問題。タダじゃおかねぇからな。

監督:磯龍介

(2014/日本・ハワイ/カラー/HD)
  • 『磯龍介(いそ・りゅうすけ)』
    1988年生まれ。神奈川県横浜市出身。2011年多摩美術大学卒業。
    在学中から『入』シリーズとしてセルフドキュメンタリー作品を制作。他、録音部としても外部の作品制作に参加。主な作品に「入院」(イメージフォーラムフェスティバル`10入選/たまたま9,03出品/映画太郎出品/他)「入所」(映画太郎出品/前夜映画祭出品/他)「入魂」(JCF学生映画祭入選/映画太郎出品/前夜映画祭出品/他)がある。