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『神々のたそがれ』アレクセイ・ゲルマンJr.(アレクセイ・ゲルマン監督ご子息)インタビュー

2015年3月21日(土)〜ユーロスペースにてロードショー!!

『神々のたそがれ』完成直前に亡くなられたアレクセイ・ゲルマン監督。ゲルマン監督の意志を継ぎ作品を完成させたゲルマン監督のご子息であり、映画監督でもあるアレクセイ・ゲルマンJr.。途方もない制作期間を経て、親から子へ最後にバトンを渡すかのように完成された今作は、凄まじいエネルギーと神秘さが画面に焼き付いている。この歴史的な偉業について、アレクセイ・ゲルマンJr.監督に、父親として映画監督としての印象や、作品の内部についてお聞きする事が出来た。

-世界的な水準で偉大な監督であった-

アレクセイ・ゲルマン監督が描かれる世界観に圧倒されました。画面の隅々に生き物たちが凝縮されていて、これまでに観た事のない映画体験でした。監督の独特な世界観というのをご子息のゲルマンJr.さんはどのように感じていらっしゃいますか?
ゲルマンJr.:ロシアの映画界では、偉大な人物が何人かいると思うのですが、私の父はやはりその一人です。世界的な水準で偉大な監督であったと言っても過言ではないと思うのですが、その事は残念ながらロシアではそんなに理解されていない気もします。フランスでは、ロシア以上に理解されていません。それから、アメリカでは全然理解されていないんですよ。
カメラワークの中に、人間の視点として存在しているカットがあるのが冒頭から感じ取れるんですが、ドキュメンタリーの様でもあり、まさに自分が異星にいるような感覚になります。こういった手法を採用した事に関して、監督は何か特別な意図はお持ちだったのでしょうか?
ゲルマンJr.:やはり、その世界の中に入っているかのように感じてもらうという事が父の意図としてあったと思います。それから父の作品では、一貫して誰かの人物の目から見た構図の作り方、人の動き方というのがあったという風に思います。父は非常にスーパーリアリストであって、「それが本当である」という事をどうやって観客に納得させるかという事をいつも考えていました。それ以外の映画というのは、父は信じていなかったのです。父は、キューブリックなんか全然だめで、タランティーノなんか馬鹿げているという風に考えていました。映画の歩みというのは80年代位までで止まってしまっていて、その後は馬鹿げていて、ポストモダニズムなんていうのはクソくらえという様な事を言っていました。
前作の『フルスタリョフ、車を!』(日本公開/2000年)が、カンヌ国際映画祭でそれほどうけなかった事を父は当然だと思っていたんです。審査員のための映画を作っているんじゃなくて世界的な芸術というものを作ろうとしていたんだと思っていて、そこで評価される事は重視していなかったです。だから、彼が作っていたものは「映画以上のもの」だったんですね。彼が作ろうとしていた映画というのは、「映画とはこういうものだ」というのとは別のものを目指していたんです。
確かに『神々のたそがれ』は他のどの映画にも似ていないと思います。
ゲルマンJr.:そうですね。父は、アメリカから映画制作で誘われないかなと思っていた節はあるのですが、それはむしろ商業映画に背くような映画を撮りたくてその様な事を考えていたみたいです。

-人生で最もやりたくなかった事-

レオルド・ヤルモニクさんが演じたドン・ルマータの存在感はもちろんなのですけども、他のどの役者も芝居とは思えないような素晴らしい演技でした。演出手法は、何か特徴的なものというのはあったのでしょうか?
ゲルマンJr.:基本的には、その場にいる人たちがその場で起こっている出来事にしっかり集中しているという事が必要で、よそ見をしていたりとかその場に無関心であるような人がいないようにという事に気を遣って演出をしていました。
ワンカットワンカット、途方もない労力を感じられたのですが、事前に画コンテなどを準備されていたんでしょうか?
ゲルマンJr.:画コンテのようなものは書かずにですね、大体一週間前位にどういう風に撮るかという構想はスタッフと話をしますけど、細かく画コンテでカット割りをするという様な事はしていませんでした。
プライベートではご家族で映画の話というのは、よくされていたんでしょうか?
ゲルマンJr.:家族の中でも映画の話はよくしていました。いつも映画の事を考え、映画の事を色々心配している感じでしたね。ともかく、公開になると、もう一度これをやり直さなきゃっていう事をいつも言ってましたね。
監督がミキシングの前で惜しくも亡くなられてしまいましたけど、どういった思いで作業自体を引き継がれたのでしょうか?
ゲルマンJr.:やっぱりやりたくない仕事でした。人生で最もやりたくなかった事でしたね。父が何を考えて撮ったかという事を、いちいち理解するというのはかなり大変な仕事でした。とにかく、この作品を観客のもとまで届けなければいけないという思いがあって、辛い仕事をやったんです。

-父は(映画を)商業的成功で考える事はまったく無かった-

息子さんであるゲルマンJr.さんから見て、親としてのお父様というのはどういう方だったのでしょうか?
ゲルマンJr.:父はいつも映画の事ばかり考えていました。目の前の仕事というものに集中してしまっていて、そういう意味では古典的な親子関係とは程遠いものがあったと思います。それでも、お互いに愛し合ってはいましたし、ただ父は遊んでほしいと思っても自分の仕事にかまけていてほとんど何もしてくれなかったです。
映画というのは、国境や言葉の壁を越えるというのを、この映画を観て改めて感じた事でした。それぞれが監督である中、親子で共通した映画への理念などがありましたらお教え頂けませんでしょうか?
ゲルマンJr.:それは、ちょっと分かりませんね。なかなか難しいです。父と私は、違う所があると思います。まず父は資本主義の中で育った訳ではないので、つまり映画というのはかくあるべしという考え方、商業的成功とかそういう所で考える事はまったく無かったんですよね。その点では、私はちょっと違うんです。私はどちらかというと政治的な映画を撮っていて、この間ベルリン国際映画祭へ参加したんですが、そこは私にとって居心地の良い場所ではなかったです。アメリカ風な映画というのはロシアでもうけているし、そういう映画を期待される雰囲気というのが居心地の悪さを感じさせる要因でもありました。
ゲルマン監督は、黒澤明監督の作品は観ていらっしゃっていたと文章でお読みしたのですが、特に気に入っていた日本映画の作品というのは何だったのでしょうか?
ゲルマンJr.:『七人の侍』(監督:黒澤明/1954年)です。あとは、『夢』(監督:黒澤明/1990年)という映画ですね。『夢』は非常に難しい映画ですが、『七人の侍』を観た後だとより深く理解出来る映画だと思いました。
この映画を観て、人間と動物と自然が一体となり、混沌とした様子というのを体感出来ました。日本ではこれから公開となるのですが、観客の方にどのように感じてほしいですか?
ゲルマンJr.:まあ、この映画の作者は父であって私ではないので、私が伝えたい事っていうのは語るべきではないと思っています。父が伝えたかったっていうのは、沢山あると思います。私は完成に至る部分を手伝っただけであって、何を感じるかは皆さんそれぞれであって良いのではないでしょうか。父は、共産党のもとでも資本主義のもとでも仕事をした訳ですけれども、常に居心地の悪さというものを感じていて、それを表現したいと思っていたと思いますね。
本日は貴重なお話、ありがとうございました。
【Story】
舞台は、とある惑星の都市アルカナル。この惑星は、地球から800年ほど遅れた発展を遂げていた。ドン・ルマータは、地球から派遣された調査団のひとり。未来から知識と力を持って現れた彼は神のごとき存在として惑星の人々から崇められるが、政治に介入することは許されず、ただただ権力者たちによって繰り広げられる蛮行を傍観するのみであった...。
アレクセイ・ゲルマン監督作品『神々のたそがれ』
2015年3月21日(土)〜ユーロスペースにてロードショー
■公式サイト
http://www.ivc-tokyo.co.jp/kamigami/
■公式Facebook
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https://twitter.com/kamigami_german
取材・採録・構成: 川邊崇広
『神々のたそがれ』

(2013 年/ロシア/DCP/モノクロ/177 分/原題:Трудно быть богом)

監督:アレクセイ・ゲルマン/原作:ストルガツキー兄弟/脚本アレクセイ・ゲルマン、スヴェトラーナ・カルマリータ

出演:レオニード・ヤルモルニク、アレクサンドル・チュトゥコ、ユーリー・アレクセーヴィチ・ツリーロほか

  • 『アレクセイ・ゲルマンJr.』
    映画監督アレクセイ・ゲルマンの息子、映画監督。『宇宙飛行士の医者』(日本公開:2011年)は、2008年ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞作。監督最新作『Under Electric Clouds』は、第65回ベルリン国際映画祭で上映される。父、アレクセイ・ゲルマン監督の遺作『神々のたそがれ』では、監督亡き後完成までの作業を受け継いだ。
  • 『アレクセイ・ユーリエヴィッチ・ゲルマン』
    1938年レニングラード(現在のサンクト・ペテルブルグ)生まれ。父は、高名な作家、脚本家、劇作家のユ−リー・ゲルマン。1960年、レニングラード演劇・音楽・映画大学を卒業。卒業後、舞台監督になるが、後に映画に転じ、レンフィルム撮影所に入る。ヴェンゲーロフの『労働者開拓地』(65)で助監督としてスタートを切り、1967年、グリゴーリー・アローノフとの共同監督で『七番目の道づれ』を手がける。1971年、『道中の点検』を監督。原作は、父のユーリー・ゲルマンの小説「"祝新年"作戦」。
    1976年、コンスタンチン・シーモノフの「ロパーチンの手記より」を原作とした『戦争のない20日間』を完成させる。翌77年に国内で公開。フランスではジョルジュ・サドゥール賞を受賞する。
    1984年、『わが友イワン・ラプシン』を監督。1988年にはレンフィルム内に実験スタジオを設け、若手映画作家に制作の機会を与えるなど、後進の指導にあたった。1998年、フランスのプロデューサーを得て『フルスタリョフ、車を!』を発表。カンヌ映画祭に正式出品された。2000年、ストルガツキー兄弟の小説「神様はつらい」にインスパイアされたSF映画『神々のたそがれ』に取り組み始め、13年間にわたって同作の製作に従事したが、完成を目前に控えた2013年2月21日にサンクトペテルブルクにて心不全により死去。享年74。