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『なにもこわいことはない』脚本・加瀬仁美インタビュー

好評につき新宿K’s cinemaでの上映が2013年1月31日(金)まで延長決定。今後全国展開していく本作は、作品と同じく静かに確実に波及している。恩師である監督・斎藤久志と組み、その毅然とした本を書き上げた若き脚本家・加瀬仁美に迫る。

「斎藤さんとは2本目の作品で、今回はほとんど自由に書せてもらいました」

加瀬さんは『なにもこわいことはない』が脚本家デビューになるのでしょうか?
加瀬:何本か書いてはいるんですけどちゃんと公開という形になった作品はこれが初めてです。斎藤さんとは2本目になります。1本目は日本映画学校の俳優科の学生をキャストに使って斎藤さんが撮った『スーパーローテーション』という作品の本を書きました。
日本映画学校では脚本の勉強をされていたんですか?
加瀬:脚本・演出コースというところで、脚本を書くだけでなく自分たちで撮るという実習が主でした。日本映画学校は3年間あるんですが、2年生のときに斎藤さんのゼミに行きました。卒業後に撮った『つまさき』という自主映画や、何本か書いた脚本を斎藤さんが見てくれていたこともあって「次書いてみるか」という感じになったんです。
この映画はもともと何か企画があったんですか?
加瀬:ある企画ものだったのですが、製作の過程でキャストもスタッフもスケジュールも決まっている段階で、急に制作会社が降りてしまったんです。そこで斎藤さんが、「ここまで決まっているんだからもうこのまま撮る」と。自主映画で撮るってことになりました。

「やまだないと『西荻夫婦』、侯孝賢『珈琲時光』」

『なにもこわいことはない』のストーリーはどのようにして生まれたんですか?
加瀬:最初に斎藤さんがやまだないとさんの『西荻夫婦』というマンガを挙げたんですね。「昔からこういう夫婦の話がやりたいと思っていた」と言われて、じゃあそれをやりましょうということになりました。私も『西荻夫婦』を読んですごく感動したんですけど、これだけではちょっと映画にならないなと思って、今度は侯孝賢の『珈琲時光』を斎藤さんに見てもらいました。そういうやりとりで共通認識を持てたというか、イメージを共有できたのですごくやりやすかったです。おおまかに夫婦の日常の話で、子供を持たないと決めている夫婦ということが決まりました。あとは全部任せてくださいました。
“圧倒的日常” とか “芝居場がない” とか “大きな事件が起こらないと” いわれている作品ですが、加瀬さんはなぜそういうものを描きたいと思ったんですか?
加瀬:事件が起きる起きないということではなくて、普遍的な人間の孤独感とか不確かさみたいなものをちゃんと見せてくれる作品が好きです。どんなに昔の作品でもそういうものって全然古びないし、そういう映画を自分も撮りたいと思っています。今回に関して言えば、どんなに恵まれた生活でも、愛情があって気遣い合っていても、救われないものがあると。そこに悪意や事件性が無いほうが、そのことがはっきりするんじゃないかと思いました。
映画の内容についてお聞きしたいのですが、劇中で恵理が朗読している宮沢賢治の『ひかりの素足』の印象が強く残っています。あのモチーフは加瀬さんが用意されたんですか?
加瀬:そうですね。私は結婚していないので夫婦っていうと両親のイメージがまず浮かぶんですね。うちの母が音読する人だったんですよ。新聞でも本でも何でも、子供の頃からずっとリビングで音読している姿を見ていて、何なんだろうって思っていたんですけど、多分本を読むっていう行為は一人で完結してしまうものだけど、父とか子供達とか、他人と共有したかったんじゃないですかね。母が音読を始めると兄や私は自然と母の隣に座って聞いていました。家の中だけじゃなく、歯医者の待合室なんかでも、置いてある絵本なんかを読むんです。そうすると母の周りに小さな子がみんな集まって来て。自分の母が他の子に取られちゃうような、自分だけに読んで欲しいのになんて思って、嫉妬したりしていたんですけど。音読するっていいなと思って、じゃあ何の本がいいかなと。それで宮沢賢治のあの絵本があったなと思い出したんです。
子供の頃に読んでいたんですか?
加瀬:萩尾望都さんの『なのはな』という3.11以降に書かれた漫画の中に、『ひかりの素足』の一節が出てくるんです。直近でそれを見ていて、ああなんか覚えがあるなと頭に残っていて。たぶん小さい頃に読んだことがあるんじゃないかと思うんですけど、内容をまったく覚えていなくて。でも、音読させようと決めたとき、絶対あれだという直感がなぜかあって、それで絵本を買って読んでみたらすごくリンクしていたので使わせてもらったんです。計算して使ったと言いたいところですけど、たまたまでもあの本を思い出せて良かったなと思います。

「大きくは、人間の持つエゴイズムの話だと思っています」

『ひかりの素足』といい、途中のエピソードといい、死生観のようなものを感じたんですけど、それは書いていて意識されていたんですか?
加瀬:大きくは、人間の持つエゴイズムの話だと思っています。その中で生きていくことの無常観というのは、宮沢賢治の作品の持つテーマとも通じる部分があると思います。途中で加藤くんという友人が死んでしまうじゃないですか。この話で何が1番書きたかったかというとあの部分だったと思うんですね。
加藤くんの死は唐突に短く描かれていました。その後そのことを大げさに取り上げることもなく、でも残された人たちの目線の先に加藤くんがいたことが残っている。どうしてそのような描き方をされたのですか?
加瀬:実際に人って急に死んでしまって、他人には理由なんてわからないときってあるじゃないですか。自分も身近な誰かも、明日急に死んでしまうかもしれないという感覚が自分の中に実感としてあって。生と隣合わせにある死というものと、残された痛みを共有する人たちの話を書きたいと思っていました。私の知り合いが急に自殺してしまったんです。その痛みを仲のいい女友達とずっと抱えていて、多分死んでしまった人のことよりもその女友達に向けて書いていると思います。それでも私たちは生きていかなければならないってことを書きたかったです。
食べ物のシーンが印象的でした。あの夫婦はいつもおいしそうなものを食べていて、何かこだわりを感じました。
加瀬:食べるものでキャラクターって見えてくる部分もあるかなと思っていて、学生時代に荒井晴彦さんの授業で聞いたんだと思うんですけど、全てのメニューを脚本に書けって仰ってたんです。その人がみそ汁に何を入れるのかとか、洋食なのか和食なのかでキャラクターが変わってくるんだみたいなことを言われて、なるほどと思ったのでそれ以来自分の本には必ずメニューを書いています。この夫婦は沖縄好きで毎年旅行しているので、沖縄料理がたくさん出てくるんですけど。
西瓜を切るシーンが特に好きです。
加瀬:西瓜を男の人が切ってくれるっていうシーンをずっと書きたかったんです。女の腕力で西瓜を切るのって結構大変なことじゃないですか。たしか溝口健二の『残菊物語』で若旦那が好きな女中のために小玉西瓜を切ってあげるシーンがあって、その甘やかさを含んだ優しさが、なんかいいなと思ったんですよ。それを何かの映画に絶対使いたいと思っていて、今回夏の映画だったので夢が叶いました(笑)。
ラストにあのシーンをもってきたのはなぜなんですか?
加瀬:史也という夫が何を考えているのか、妻の恵理はずっと見つめていて、でもそれは自分の目に映る彼でしかなくて、彼の見ているもの、彼の目に映る景色を見たことはなかったんです。その妻が初めて、自分から見た夫ではなく、夫が見ている視線の先を見て見ようと思った瞬間をラストにしたかったんです。それはエゴの中で生きてきた彼女にとっての歩み寄りの瞬間でもあるんじゃないかと。こんな曖昧なことを映像にできるのかと思いながらも、斎藤さんならなんとかしてくれるんじゃないだろうかと思って(笑)。漠然としたシーンなので自分が監督だったらあんなにうまく撮れないと思うんですね。やっぱり演出の力だし、現場のスタッフの力だし、高尾さんと吉岡さんという唯一無二の俳優さんの力だと思います。

「奇跡みたいな映画だなって」

「月刊シナリオ」で脚本を読ませてもらったんですけど、本にはない動きがいくつかあったので、そこは斎藤さんの演出なんだなとわかりました。脚本と監督がやりとりして、さらにいいシーンになっていると思いました。
加瀬:私、観客としてこの映画が本当に大好きなんです。何度観ても、新しい気持ちで観られます。特にポトフのシーンは、ぐっときました。脚本で描ききれていないというか、うまくいっていないと思っているところだったんです。あそこが唯一ぶつかり合うシーンなので、このシーンでどれくらいぶつかっていいのかとか、この夫婦ってそんなに激しい喧嘩しないんじゃないかとか、悩んだ末に書いたものなんですけど、現場の演出でまた変わったのでそれがすごくよかったなと思います。
斎藤監督が脚本を尊重して信頼を寄せているんだなと思いました。斎藤監督とのやりとりは書いていくうえで頻繁にあったんですか?
加瀬:基本的にはいつも電話とメールで進めていきます。以前、一本目の本のときにすごく苦労して最終的に十稿くらいいったんですよ。そのときにお互いやり方を学んだので今回はわりとスムーズにいきました。
撮影中は加瀬さんも現場に行っていたんですか?演出について何か言うことはありましたか?
加瀬:撮影中はかなり現場に行ってじーっと見ていました(笑)。演出については、聞かれたときにいうくらいです。どうしてもここは、というところは言うこともありましたけど、それを斎藤さんが取り入れるかどうかは別の問題ですし。斎藤さんはそういう余地を与えてくれます。初めて現場に来たようなスタッフにも「どう思うんだ」っていちいち聞いて、どんなに若い人でもいいことを言ったらそれを取り入れるっていうスタンスの人なので、すごく一緒に作っている感覚になれます。
また斎藤監督とのタッグで映画を作ってほしいと思いました。そういう可能性はありますか?
加瀬:今回キャストやスタッフを含めいろんなことがうまくいって、こんなに恵まれた映画はないと思いました。奇跡みたいな映画だなって。今後そういう機会があるかはわからないですけど、あればぜひやりたいですね。
『なにもこわいことはない』公式サイト→ http://kowaikotohanai.com/
■新宿K’s cinemaトークショースケジュール
◆2013年1月12日(日)≪17:20≫上映後トークショー  やまだないとさん(漫画家)
◆2013年1月13日(月・祝)≪17:20≫上映後トークショー  七里圭さん(映画監督)
◆2013年1月17日(金)≪17:20≫上映後  長谷川和彦さん(映画監督)
※すべての回に斎藤久志監督も登壇します。 ゲストは変更になる場合があります。
聞き手・構成・写真: 石川ひろみ
『なにもこわいことはない』
製作/監督:斎藤久志/脚本:加瀬仁美/撮影:石井 勲/照明:大坂章夫/録音:小川 武/編集:鹿子木直美/音楽:小川 洋/キャスト:高尾祥子、吉岡睦雄、岡部 尚、山田キヌヲ、谷川昭一朗、柏原寛司、角替和枝、森岡 龍
公式サイト:http://kowaikotohanai.com/
  • 『加瀬仁美(かせ・ひとみ)』
    1981年東京都出身、栃木県育ち。大学卒業後、日本映画学校映像科脚本演出コース入学。在学時より内田英治監督、宮田宗吉監督、岩永洋監督らの現場に就き、2011年、斎藤久志監督『スーパーローテーション』で脚本を書く。近年の主な作品に『つまさき』(脚本・監督)、『光る道』(脚本・監督)がある。