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映画『ルンタ』池谷薫監督インタビュー

7月18日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラム他全国順次公開!

海外からも作品が発表される度に注目を集め、独自の視点でもって「人間」の魅力溢れる作品を作り続ける池谷薫監督。最新作『ルンタ』では、現在も続くチベット人達の「非暴力」の闘いを目の当たりにする。そして彼らが込めた誇り高いメッセージは、雄大なチベットの映像とともに心に響き渡る。チベット人達との出会いから生まれた今作への池谷監督の強い思いや、映画作りにおける対象者との向き合い方など多くの事をお聞きする事が出来た。

信念を持って生きている「個」に惹かれる

池谷監督の過去作である、『延安の娘』(02)と『蟻の兵隊』(05)でも国家の政策によって人生が左右されてしまう人々を描いてこられていますが、今作『ルンタ』ではチベット問題に焦点を当てたドキュメンタリー作品となっています。チベット問題を映画で捉えようとお思いになったのはいつ頃からなのでしょうか?
池谷:まず、チベット人との出会いというのは30年以上も前なんですよ。ラダックという所を旅した時に高山病になっちゃってね、その時にチベット人たちに助けてもらったんです。まるで家族のように温かく迎えてくれてね。そこからすごく気になる存在になって。僕は、その頃テレビをやっていた訳ですけど、ダライ・ラマ法王がノーベル平和賞を受賞した時にTBS報道特集で撮影しに行きまして、1989年にその番組を作ったのが最後だとすると、26年間チベットについて自分はさぼってしまっていた感覚があるんです。『蟻の兵隊』を発表した後、次はチベットを撮るって宣言していてね、そこから3年位連続してチベットに通ったんだけど、中々実現出来なくてね。そういう意味では、ようやく宿願を果たしたみたいな感じはありますね。
映画としてのきっかけは、水先案内人である中原一博さんとの出会いというのも大きかったのですか?
池谷:そうですね。ただね、面白いのは、89年の報道特集のときに既に中原さんに少しだけ出演してもらっているんですね。だから、色々と堂々巡りをして、もう一回「中原一博」に辿り着いていったって事だと思うんです。そもそも、僕は人間というのがすごく好きなのね。人間に興味があるんですよ。特に、信念を持って生きている「個」に惹かれる所があって、それが今まで映画を作ってきた大きなモチベーションになっていると思うのね。
だから、当然出会いっていうのは物凄く大事なんですよ。それぞれの映画に対して、もちろん入口の所で、あるテーマ設定っていうのはしている訳だけど、実はそこから入って本当にそのテーマでいいのかっていう事を常に考えながら、真のテーマを探していくっていうのが僕のやり方なんですけどね。
そういう意味で言うと、『蟻の兵隊』というのは中国に残留した日本兵の問題を扱った訳だけど、出会った奥村和一さんという人に惹かれて、その先に行ったら実は戦争はまだ終わっていないんだっていうテーマが導き出されてきて。その次の『先祖になる』という作品もそうで、震災というものに向き合っていくんだけど、出会った木こりのおじいちゃんはやたらと元気で家を建て直しちゃうと、そこから見えてくるものっていうのは、戦争とか震災とか乗り越えてきた日本人の底力っていうかね。ある種、日本人論みたいなものが真のテーマとして浮かび上がってきたんですよ。
『ルンタ』では、中原さんとの出会いによって「焼身抗議」という事態に向き合っていくんだけども、最後に僕が辿り着いたのは「非暴力」というチベットの心だったんです。いつも、この映画の本当のテーマは何かっていうのを探しながら、映画を作っているっていう事なんだと思うんです。

全て原因があって、結果がある

どの作品もニュースでは語られないような出来事という部分でかなりショッキングな映画であると思うのですけど、やはりそこから掘り下げられた人物像を知っていくと決して他人事ではないという感覚になりました。ニュースで知る距離感とはまったく違うものでした。
池谷:例えばね、中原さんはいつもこう言うんだよ。「焼身者は数じゃない」って。140名を超えたっていう事に物凄く僕らは驚きを覚えるんだけど、そうじゃない、数じゃないって。やはり、焼身者一人一人の人生に思いを馳せないと、焼身抗議は理解出来ないだろうという事なんですね。僕もまったくその通りだと思うね。
それと、映画を撮っていると、ふと自分の思っていた事と違うものの中に、強く惹かれるものを見いだす事があってね。『ルンタ』という映画の中では、前半ダラムサラで出てくる三人の証言者がいまして。一人は拷問に耐え抜いた元尼僧、もう一人は外国のメディアの前に飛び出していって決死の抗議活動を行った青年僧で、もう一人は24年間も監獄に入れられたっていう老人。
彼らに強く惹かれたのは、例えば元尼僧は、電気ショックの拷問を受けながらも彼らと互角に闘ったって微笑んだりするでしょ?あの青年僧もそうだよね。本当に殺されたかもしれない恐怖を素直に「怖かった」と言う訳だよね。その時に僕は、すごく同じ人間として分かる気がしたんです。もう一人のおじいさんは、「なぜ耐えられるか?」って聞かれた時に、自分が中国に酷い目にあっているとは思わない、それは自分の業、カルマのせいなんだって言うんだよね。そういう一つ一つに僕は、すごく心を動かされるんです。それと同時に、この人達はなんて魅力的なんだろうって思うんだよね。
初めて「焼身抗議」という事を知られた時に、どういう思いがありましたか?
池谷:例えばベトナム戦争の時に仏教の僧侶がそういった行動をとるという事があったわけです。そういう事を僕はもちろん記憶にはあるんですね。ただチベットというのは、平和的なデモをやっただけでも長期間拘束されて拷問を受けたりするっていう現実がある訳ですよね。そういう中で、焼身者が出てきたと。それと驚いたのはね、その多くが10代、20代の若者達だったって事なのね。その事にはやっぱり衝撃を受けましたね。
なぜ若者が多いのでしょうか?
池谷:若者特有の非常に激しく感情が燃え上がるという事もあると思うけども、例えば映画の中で19才の女子中学生の焼身の話が出てくるんですが、彼女の場合は学校教育の問題っていうのが根底にあったんです。教科書なんかが全部中国語になってしまう、チベット語を学びたくても学べない。文化の危機ですよ。だから、そういったものに対して彼女は「焼身」という手段を選んだ訳です。そういう風に考えていくと、全て原因があって、結果があるっていう事なんですね。若気の至りとか、そういう事ではなくて、本当に一人一人が考え抜いた末にとった行動ではないかと僕は思ってるんですよ。
「焼身抗議」という事自体が中国人達にも知れ渡っていく中で中国政府はどういった反応を見せたのでしょうか?
池谷:何段階かに分かれていくんですね。最初の頃は、政治的な抗議と認めたくなかったようですね。個人的な理由だとか家族関係のせいにしようとしてきた。だけど、これだけの数になって、遺書の存在なんかも明らかになってくると、政治的な手段、抗議の形なんだって事を認めざるを得なくなってきた。焼身者の多くは遺体すら返してもらえないという事実があるんですけど、そういう意味では、焼身という事に対して中国政府は犯罪者みたいな扱いをしている所もなきにしもあらずですよね。

共犯関係を結ぶ

中原さんの表情や言葉によって異国の事とは思えない位に身近な事に感じたのですが、中原さん自身今回映画を撮る事に関してはどういう風に思われていたのですか?
池谷:僕が中原さんを口説いた訳ですよね。「あなたと一緒に映画を作りたい」と言った時に、ちょうど中原さんは『先祖になる』を観た直後だったんですよ。たまたま日本に来ている時に『先祖になる』に出ている佐藤直志さんという木こりのおじいちゃんを見た後だったから、「おれは、あんなおじいちゃんにはなれないよ」って最初は言ってたのね(笑)。
だけども、僕は「焼身」から逃げないよって、中原さんに伝えたんですよ。その時に中原さんは、そう言われたら断る理由がないって言ってくれた。それじゃあ、やりましょうと。僕はよくね、「共犯関係を結ぶ」っていうんですよ。そもそもドキュメンタリーっていうのは、撮らせてもらっている間は撮れないものなんですよ。そう言う意味では、中原さんとは撮影に入る前から共犯関係みたいなものがあったかもしれないですね。
『ルンタ』の作品内で、中原さんの広島のご実家で一緒に食事をする場面がありますが、そこでの垣間見える中原さんの複雑な感情が印象に残っています。
池谷:中原さんってね、ごつい顔してるけど(笑)、やっぱり愛が大きい人だと思うんですよ。だから、ふとした瞬間にあらわれる表情があるのね。あんなの狙って撮れるものじゃない訳ですよ。広島に来たから牡蠣鍋やろうっていう話になって、僕なんかも結構酔っ払ってね。あんな風に楽しく話していて、ちょっとチベットの話が出た時にチベット人を思いやって涙が出てくるんですね。そういうシーンはね、実は撮影中何度もあったんですよ。
びっくりしたのは、これからチベットに入るという時に、中国のあるホテルで待ち合わせをしたんです。そしたら、雀の雛を手に持ってるんだよ。どうしたのって言ったら、「巣から落っこちたんだ」って言う訳。これから僕らは大変な旅に出て行こうっていう時なんだけどさ(笑)。でも彼は、雀の子の命を一生懸命守ってるんですよ。そういう所に僕は、惚れていったんですね。
それと、中原さんってね建築家であって、NGOの代表なんだけど、加えて仏教をちゃんと勉強した人でもあるのね。仏教から、他者を思いやる精神を中原さんはすごく学んでらっしゃるから、それがふとした時に他人の痛みを自分の痛みとして感じる事が出来る優しさに繋がっているんだと思うんですよ。
作品の中では、中原さんの経歴などを細かく説明はしてないんですが、その事によって経歴などを抜きにして中原さんという人柄を知っていける様に感じました。
池谷:今回の映画はやっぱり真の主役はチベット人だと思っているんです。中原さんはその語り部であって、それを見事に務めてくれた。中原一博そのものを描く映画では無いっていう風に僕らは思ってる訳です。ただし、中原さんという視点が無い限り、僕らはチベットのことも焼身抗議のこともわからないよね。そこは、長年に渡ってチベットを支援してきた中原さんがいるからこそ、初めて僕らが理解できる事がたくさんあるって思ってるんですよ。僕が感じた中原さんの魅力がね、ちゃんとスクリーンに映し出されるかって事は色々と考えて作ったつもりです。

「ルンタ」にこの映画が導かれていく

編集の部分で見ると、タルチョという祈りの旗がはためく画や音と、馬の走る画と音が重なっていく所が印象的で重要な場面だと感じました。編集に関しては、どういう所に気を使っていましたか?
池谷:僕はね、場面の展開に強いこだわりがあるんですよ。例えば、冒頭の方で言うと、焼身者の追悼集会でスピーカーが「我々は屈しない。非暴力の力と慈悲の力を信じているから」と言った時、チベット人の女性がスッと目を上げる瞬間っていうのがあって、それに対しての次のカットは中原さんが焼身者の写真を見つめている目にいくのね。目から目への編集。そういった力のある編集をこころがけているんです。
でも、それはすごく細かい話で、それよりも今回はやはりタイトルの「ルンタ」なんですよ。つまり、「風の馬」っていうのが重要なモチーフとしてあって。「ルンタ」っていうのは、天を駈けて人々の願いを仏神のもとへ届けるっていうものだよね。それが、後半いざチベットへ行く直前にダラムサラの「ルンタ」の祈りの旗がはためく所から、馬の音となって、一転チベットの高原を馬が走るんですよね。そこで終わるだけじゃなくて、後半はその人々の祈りっていうものが随所に出てくるでしょ?「ルンタ」というタイトルに決めた時から、「ルンタ」にこの映画が導かれていくような、構成、編集にしていったという事がありますね。
音響に関しても強いこだわりを感じました。
池谷:音響構成は、『先祖になる』を手がけた渡辺丈彦に仕事をしてもらいました。僕らは、実は現場音声を連れていく事が出来ないんですよ。それはもちろん予算の問題もあるけど、それよりもチベットで撮る時に、目立つようにマイクを向ける訳にはいかないって事もあってね。普段は僕とカメラマン(福居正治)と中原さんの三人だけで動いているんです。
だからこそ、風に吹かれて雑音が入ってしまっている現場の音を、映画の音にしてくれる音響構成の渡辺が大事な仕事を担っているんです。今回は、最後にダラムサラに音だけを録りに行っているんですよ。チベットの大地にチベット人たちが命がけで守ろうとする生活や文化や祈りが込められている。そんな音の作りにすごくこだわりました。
ドキュメンタリーで描く上での、メリットとデメリットがもしあればお教え頂けますか?
池谷:僕の中では、ドキュメンタリーと言っても「人間のドラマを撮っている」という感覚なんです。それと、僕が追っている人というのは、スーパーマンじゃなく普通の人な訳ですよ。でも、その人達が、大変な状況に追い込まれた時に見せるある種の底力は、シナリオを越えると思っているんですよ。それがまずドキュメンタリーの醍醐味なのね。だから、想定しているものが撮れているっていう感覚はまったく無い訳ですよ。だけど、愚直なまでに真剣に対象と取り組んで撮影を進めていけばね、ちゃんと映画の神様が見てくれているもので。素晴らしいシーンが撮れていくんですよね。
撮影スタンスとして『延安の娘』の場合は、池谷監督の存在はまったく感じない訳ですよね。『蟻の兵隊』からは、監督ご自身が対象にインタビューされている様子が見てとれます。その変化というのは、どういった形で生まれたのでしょうか?
池谷:ひとつは、対象が日本人になっていったって事だよね。もちろん『ルンタ』では、チベット人を描くんだけども、視点としては中原一博の視点を用いる訳だから、その時に僕の存在を消しようがなくなるんですね。僕の存在自体が、映画の重要な要素の一つにもなっているんだと思うんです。
さっきも言ったけど僕は人間が大好きで、興味があって、特に信念をもっている個に惹かれる。その時にそこに寄り添う存在として僕がいる。それが、ある種の僕の作家性みたいなものだと思うんですよ。それは最初から決まっていた訳じゃなくて、色々と重ねていった内に段々と確立されてきたものだと思ってますけどね。

作るっていう事は自由なんだ

対象にカメラを意識させない工夫などはあったりするのでしょうか?
池谷:逆なんだよね。僕はね、徹底的にカメラを意識してもらうの。よく言うじゃないですか、まるでカメラが存在しないように撮るって。そんなの無理ですって。普通の人からしたら、カメラが入るって異常な事な訳で。だとしたら、逆にカメラの存在を意識してもらう。そうやって一年とか一年半撮っていくじゃないですか。そうすると、前半はおどおどしていた人達が、ある時期からキリッとカメラを見つめ返すような視点になっていくのね。実は、その変化がドキュメンタリーなんですよ。
カメラの視点をはね返すような力強さを持っていった時に、これは映画ができたなっていう感覚を持つんです。『蟻の兵隊』の時に、奥村さんが最後の方で「私の映画を撮ってます」って言うんだけど、その時に僕はこれでロケを終われるって思ったもん。ようやく、自分の映画って意識を持ってくれたんだなって。
『延安の娘』でも、元紅衛兵でもある案内人がカメラに向かって語りますよね。あれは、すごい力強さを感じましたね。
池谷:「誰か俺の人生を語ってくれ」って言うよね。ああいう瞬間に辿り着くために僕らは撮影をずっと続けているようなものだと思いますよ。
普段、ご覧になられる映画は、どういった作品が多いのでしょうか?
池谷:色々と観るけどね。一番好きな映画は、『存在の耐えられない軽さ』(監督:フィリップ・カウフマン/88)ですね。あれは、チェコの「プラハの春」を生きた一人の男性と二人の女性の微妙な三角関係を描いた映画なんだけど、それが官能的な愛のかたちで、しっかりと「個」が描かれているのね。やはり、人間がちゃんと描かれているものが好きなんです。普段は、あんまりドキュメンタリーは観ないかもしれないね(笑)。
立教大学で教えていらした時は、どういった授業をなさっていたんですか?
池谷:卒業制作を受け持っていたんです。まずはドキュメンタリー映画史っていう授業を行って、これはまずドキュメンタリーを見るっていう所から始まっていって、その後、二年生、三年生対象でワークショップをやってね、その中から何人かが僕の所で卒業制作を作る人が出てくるんですね。やっぱり、今でも強く残っているのは卒業制作かな。人生相談みたいなものだったよ。僕の所に来る子は特に、これを学生時代に撮っておかないとその先に進めない位の強い思いで僕にぶつかってくる訳です。
劇場公開した『ちづる』(監督:赤崎正和/11)という作品も、今まで誰にも言えなかった妹の障害というものをカメラでもって告白する訳ですよ。相当強い思いでぶつかってくるから、こっちも相当の覚悟を決めて取り組まないといけなかったんです。そういう意味では、いつもスリリングに映画を作るという作業を一緒にやっていましたね。
生徒さん達は撮りながら成長なさっていたんですね。
池谷:それが一番面白かったの。卒業制作を作る一年とか一年半の間に作者自身の成長がちゃんとフィルムに刻み込まれていくの。セルフドキュメンタリーってそれが出来ないと面白くないと思うんです。それと、僕は学生にすごく感謝していて、実は僕の方が教えてもらった事っていっぱいあったんです。作るっていう事は自由なんだって事にもう一回立ち返らせてくれたのが学生でしたね。
今回『ルンタ』の編集の助手という形で、教え子とやったんですよ。すごく面白かったですね。そりゃあ、かつての先生とだから向こうはやりにくかったかもしれないけどね(笑)。僕にない若者の感覚を持っていて、そういうものを期待して彼とやろうと思ったんですよね。

チベットに行きたいと思ってほしい

『ルンタ』は中国で上映される可能性はありますか?
池谷:ないでしょう。残念ながらね。ただ、中国もいつか変わっていく時がくるだろうと僕は思っているんです。そういう時にいつか『ルンタ』が、中国であるいはチベットで上映される日が来たら本当に嬉しいなって思いますよ。「こんな風に頑張ってきたチベット人たちがいるんだ」って、あるいは「こんな風に自由への闘いを続けていたんだ」って事が映像として記録されている映画だからね、その時にまた映画として意味を持つんじゃないですかね。
その日が訪れる事を願っています。最後に日本での公開に向けて監督の願いをお聞き出来ますでしょうか?
池谷:『ルンタ』を観て、チベットに行きたいと思う人が出てきてくれたらうれしいですね。僕らが出会った、チャーミングで輝くようなチベット人たちの笑顔に触れてほしい。僕がチベットに惹かれたっていうのは、そういう所なんですよ。高山病で助けてもらった時に、身も知らぬ他人の俺にどうしてこんなに優しくしてくれるんだろうって思って、その温かさがこの映画の原点だったわけだから。
いま、世界中に暴力が溢れていて、日本でもそうですよね。戦争だけが暴力じゃない訳で、いまは10代の殺人事件があったり、子が親を殺してしまうような悲しい事って日本でも起きてる訳ですよね、そういう時にチベット人たちがいま貫こうとしている「非暴力」の姿勢っていうのは、何かこれからの世の中を良くしていくヒントがあるように僕は思えてならないから、そこを感じてほしいと思いますね。
本日は貴重なお話、ありがとうございました。

池谷薫監督作品『ルンタ』

7月18日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラム他全国順次公開

【概要】
チベットでは中国の圧政に対して自らに火を放ち抵抗を示す“焼身抗議”が後を絶ちません。その数141名(2015年3月3日現在)。今も多くの命が失われています。インド北部の町ダラムサラ。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が暮らすこの町に、30年間住み続け、建築家、NGO代表として故郷を失ったチベット人を支援し続ける日本人がいます。中原一博(62歳)。“ダライ・ラマの建築士”と呼ばれる彼は、日本ではあまり報道されないこの“焼身抗議”をダラムサラからブログで発信し続けています。
本作は、彼を水先案内人として、「慈悲」や「利他」といったチベット人の心を探る旅に……。決死の抗議活動を外国メディアの前でおこなった青年僧、長期間監獄に入れられても仏教の教えを頑なに守る老人、厳しい拷問を耐え抜いた元尼僧など、不屈の精神を持つチベット人の声を拾いながら、彼らの熱き思いを映像に刻み込んでいきます。暴力によるテロが世界を席巻する今、非暴力の闘いに込められたチベット人たちの、誇り高いメッセージ。あなたもぜひ耳を傾けてください。
取材・構成・写真: 川邊崇広
『ルンタ』
監督:池谷 薫

製作:権 洋子|撮影:福居正治|音響構成:渡辺丈彦|編集:新津伊織|HD編集:椿学|製作・配給:蓮ユニバース|宣伝プロデューサー:市川 篤|宣伝:VALERIA

|2015年|日本|カラー|DCP|111分|16:9|5.1ch|日本語・チベット語|

©Ren Universe 2015

  • 『池谷薫(いけや・かおる)』
    1958年、東京生まれ。同志社大学卒業後、数多くのテレビ・ドキュメンタリーを演出する。初の劇場公開作品となった『延安の娘』(2002年)は、文化大革命に翻弄された父娘の再会を描き、ベルリン国際映画祭など世界30数カ国で絶賛され、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭最優秀ドキュメンタリー映画賞、ワン・ワールド国際人権映画祭ヴァーツラフ・ハベル特別賞ほか多数受賞。2作目の『蟻の兵隊』(2005年)は中国残留日本兵の悲劇を描き、記録的なロングランヒットとなる。3作目の『先祖になる』(2012年)は、東日本大震災で息子を失った木こりの老人が家を再建するまでを追い、ベルリン国際映画祭エキュメニカル賞特別賞、香港国際映画祭ファイアーバード賞(グランプリ)、文化庁映画賞大賞、日本カトリック映画賞を受賞。2008年から2013年まで立教大学現代心理学部映像身体学科の特任教授を務め、卒業制作としてプロデュースした『ちづる』(2011年・赤崎正和監督)は全国規模の劇場公開を果たす。著書に『蟻の兵隊 日本兵2600人 山西省残留の真相』(2007年・新潮社)、『人間を撮る ドキュメンタリーがうまれる瞬間』(2008年・平凡社・日本エッセイスト・クラブ賞受賞)など。