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五反田団 主宰・前田司郎さんインタビュー(前編)

劇作家、演出家、小説家、脚本家、映画監督、俳優と多方面で活躍する『五反田団』主宰・前田司郎(まえだ・しろう)さんに演劇や映画の制作方法から集団制作におけるコミュニケーションについてなど様々な話を聞いた。五反田団代表作品『びんぼう君』販売記念 特集インタビュー ----

「今回のは感覚としてはお父さん側の気持ちに感情移入して作ってた」

前田司郎さんは1997年に『くりいり』という作品で五反田団を旗揚げしてから現在までで17年経ちますが、前田さん自身の心境の変化など実感として感じることはありますか?
前田:あるんだろうけど、ちょっとずつ変化してるからわかんないなー。小説とかと違って演劇は基本的に残らないから、まあ戯曲は残るけど、最初に作った作品も印象しか残ってなくて、なんかすごい不確かで。だから変化が分かり辛くて、あんまり実感ないですね。まあ別に何かが変わったって感じはないな・・・絶対変わってんだろうけど。
五反田団の軌跡を調べたところ「そことここ」で配信させて頂く『びんぼう君』は五反田団で一番再演している演目のようなのですが、再演する度に脚本の書き直しなどはあるのですか?
前田:そうなのかー。あっでもね、びんぼう君はいっぱいバージョンがあるから、他の演目はバージョン違いで上演するってこともなかったし、それで何度もやってる印象があるのかもしれないです。書き直しに関してはほとんどないかな。
若干演出に差異があったりは?
前田:それも印象でしかないからわかんないんだけど、今回のは感覚としてはお父さん側の気持ちに感情移入して作ってたかな。お父さんの気持ちよくわかる、みたいな。大学生のころは子供の方に気持ちが近かったんだけど、2012年に再演した時は自分たちが35~36才くらいでお父さんの年齢に近かったから、感覚はだいぶ違うなって話を黒田大輔さん(びんぼう君ではお父さん役)とかとしました。
前田さんはそんなビンボウじゃないですよね?
前田:まあ僕は金持です。でも、年齢的に感情移入しやすいから。びんぼうかどうかってことはあんまり関係なくて、これは親子の話だから、子供はいないけど、人間関係は・・・わかる。
前田さんにとって『びんぼう君』の見所はどこにあたりますか?
前田:それはわかんないんだよな〜。よく見所はどこですかって聞かれるんですけどそれは知らない・・・(笑)人によって違うと思うし、ここが見所だって作ってないから。映画と違うのはそこじゃない? 映画だったらお金かけたところとか、撮るのが大変だったとこ、みたいな見所があるのかもしれないけど、演劇…特に僕らがやってるような演劇とかは・・・
ここです!みたいなところは?
前田:ないですね。流れの中でやってることだから。
『びんぼう君』では特定の登場人物に感情移入しやすいように作ったりはしていますか?
前田:観る人によってだいぶ違うと思います。大人の方に感情移入したり、子供の方に感情移入したり。まあ3人の芝居だから、もっと大勢出る芝居だったらある程度意識したりはするけど、3人の内の2人はほぼ出ずっぱりだから。そういう時はあんまり意識してないかもしれないです。
初期の『びんぼう君』はお父さんと息子しか出ない話だったと聞いていますが・・・
前田:2人芝居の時もありました。なんか色々あって、誕生日で祝ってやろうみたいなとかだった気がします。後はどんなのだっけなーわすれちゃったな、いじめられててなんかそれをなんとかしようとするんだけど上手くいかないみたいな感じだったかな(笑)
2人芝居ではお父さんと息子の濃密な感じなんですね。
前田:そうですね。たしか2人芝居だけで4種類くらいの話があるんじゃないかな? 結構細かい話がいっぱいあったと思う。

「やっぱ、自然な演技って一番難しくて、日常と全く同じことをやっても、客さんに伝えようと普段はしてないから情報が伝わんなかったりする」

前田さんが「びんぼう君」を気に入っているから、同じ設定で違う話を書けたのでしょうか?
前田:そういう訳じゃないけど、単純に学生時代は大学の教室で放課後とか昼休みに発表してて、忙しい人が観に来るからまあ集中できるのは20分くらいだろうっていうのがあって。20分の制限内で設定が複雑な話だと説明だけで時間が過ぎちゃうから、パッと観でわかる設定で、しかも何度もやればお客さんにわかりやすいと思って。
五反田団は舞台美術をあまり作らない印象があります。びんぼう君だったらあの窓のフレームだけだったり。舞台美術を使用しない理由を教えてください。
前田:まあ、チケット代を押さえたいっていうのと舞台美術を作るのが大変っていうのと、本当に「こうしたい」という舞台美術を作るとなるとすごいお金がかかっちゃうから結局妥協しなくちゃいけない。で、妥協した物ってやっぱ、どっかで荒が見えるから、だったらない方がいいんじゃないかって。

あんまり好きじゃないんです、俳優が作る舞台美術って。作ったんだね、すごいねー頑張ったね!みたいな舞台美術があんま好きじゃないから…学生の時から舞台美術はなかったですね。例えばベッドを使いたかったら本物のベッドを使うか、もう使わないか、見立てでやるか。
五反田団の演技のスタイルも「作りこんだ」という感じではなく、日常的でナチュラルな芝居に一さじ劇的な要素をいれたものという印象があります。
前田:やっぱ、自然な演技って一番難しくて、日常と全く同じことをやっても、お客さんに伝えようと普段はしてないから、情報が伝わんなかったりする。となると、やっぱある程度芝居はしなくちゃいけないんだけど、どのくらいのラインで芝居をするのかは考えなくちゃいけないなくて。いつも演出する上では丁度よいポイントを探してます。
前田さんは演劇以外にも映画や小説と物語がある媒体で横断的に作品発表されていますが物語として「成立している」、「成立していない」など前田さんに何か「物語」の規準はあるのでしょうか?
前田:物語がなんだか分からなくて、物語って結構ロジカルで因果関係がある。そういうのって面白いけど、それやるんだったら10人くらいの脚本家が集まって、ハリウッドとか黒澤明みたいにやったほうが面白いと思う。1人の人間が考えたことには限界があるし。

芝居の場合は時間がないから、これ以上伸ばせないなというタイミングで切るんだけど…基本的に、シナリオとか戯曲は登場人物が魅力的であればそれだけでいいと考えています。極端な話、物語が超つまらなくてもみんなから好かれる人気者が出てればみんなそれで満足する。
登場人物の魅力を大事にして書いていらっしゃるのですか?
前田:まあ、結局そこなのかなー。その人を好きになってもらったり嫌いになってもらったりできるのか、そういうことが大事なのかなって考えてます。
作品を作る上でテーマを決めることはあんまりないんですか?
前田:あんまりないです。その人と会いたいかとか、その人を見ていたいかっていうことを考えてます。

「映画と演劇を比べた時どうしても演劇の方がダサく感じちゃうのは、演劇はごまかしがきかないから」

演劇と映画のシナリオの書き方で違いはありますか?
前田:演劇の場合は「隠せない」ってことがあるかな。まあ、暗転して場転すればいいんだけど。でもあんまり暗転したくないし、その間「素」に戻っちゃいますから。

映画の場合カットが変われば、喫茶店から宇宙に行くことが出来るけど演劇はその喫茶店と宇宙の間の部分をどうにか処理しなくちゃいけなくて、それがやっぱ大分違う。だから、演劇の脚本をずっと書いてて、映画のシナリオ書いた時はすっげー楽なだって思いました。例えば、「あなたはガンです」って言われるシーンがあったとしたら、その宣告された人のアップがあって、切り替わって車が走ってるっていうシーンがあって、みたいなことできますよね、映像の場合。

でも演劇の場合は「あなたはガンです」と言われたその後、その人がどうしたかってのは突然バンって暗転して次のシーンにいくことはできるけど、それは映像的な発想で、演劇では僕はあんまり好きじゃない。「あなたはガンです」って言われたその後の処理が凄い難しいし、面白いと思うんです。
芝居でも映画的な場の切り替えをしたくなりませんか?
前田:だからなるべく、映画的な発想で考えないようにしてます。芝居のそういう瞬間が難しいんだよね。ガンって言われた後にもお腹もへるんだろうかとか、どういうこと考えるんだろうとか、って「その後」を考えるけど映画の場合はカットを変えて想像にまかせられる。演劇も隠して想像に任せることは出来るけど・・・演劇の方が隠し辛いですよね。

まあこれは極端な例だけど、もっといえば演劇の場合は、人が目の前でやるからすっごいかっこいいシーンとかやろうとした時に劇場の外を街宣車が通ったり、物干竿を売ってる音が入っちゃたりすることとかもあるし、上演中に音楽流しても、あー音楽流してんなって思っちゃうよね。でも映画の場合は台詞が出てる場所から音楽も鳴るからアリなんだけど。

映画の方がそういう意味でごまかしやすい。だから映画はちょっとかっこわるい映画でも、かっこよく仕上げることができるんじゃないかな。けど、芝居の場合はかっこいい芝居作ろうとしてもなかなか出来ない。基本かっこ悪いから。

五反田団の場合は照明の切り替えがあんまりなかったり、音楽をかけることもほとんどないじゃないですか?そういうのもダサさに繋がるからですか?
前田:ダサいよね・・・それをやっちゃうと。演劇はださいから。映画と演劇を比べた時どうしても演劇の方がダサく感じちゃうのは、演劇はごまかしがきかないからで、シナリオ書く場合もそれと同じことが言えて、ごまかしやすいのは断然、映像だと思います。
前田さんは演劇がださくならないよう制作していっらしゃるんですか?
前田:いや、ダサいのを前提に作ってます。
なんで演劇がださいかっていうと作ってる本人がダサいって思ってないからダサいわけで(笑)。本人もこれはすごいダサいものです、そこを楽しむものですよっていうパッケージングをすれば、分かる人は分かる気がする。
今の演劇を観てると、「演劇をダサくないようする」か「演劇をダサいものとしてやる」のどちらかという印象があります。
前田:あともう一つ、無自覚な人たちがいる。それはもう超真面目に役作りとかやって超真剣にテーマを客席に語りかける芝居とか(笑) 演劇ってものが本質的にダサいって思ってない人たちがいて、そういう人が凄いものを作っちゃうこともあるかも知れないけど、僕には出来ない。
作品を作ることそのものがダサイってことはないですか?
前田:うん、ダサイって言葉をどう捉えるかってことによるよね。まあでも、演劇は生の人間が目の前にいるから、問題が起きやすいよね。映画がダサくないかっていったら、ダサい映画ばっかなんだけど、でもなんか誤摩化されちゃってる気がする。かっこいい顔の人とキレイな女の人が出てると、それだけでなんか誤魔ける。
—明日に続く—
前田司郎さんインタビュー後編はこちら 
   http://culture.loadshow.jp/interview/maedashirou-interview-2/
舞台芸術特集「そことここ」にて『びんぼう君』ストリーミング配信中
   http://loadshow.jp/feature/sokotokoko
聞き手:島村和秀
写真・構成:島村和秀
  • 『前田司郎(五反田団主宰)』
    1977年生まれ。作家、劇作家、演出家、映画監督。五反田団主宰。2004年「家が遠い」で京都芸術センター舞台芸術賞を受賞。「生きてるものはいないのか」で第52回岸田國士戯曲賞を受賞。2009年には「すてるたび」でベルギーのKUNSTENFESTIVALDESARTS に招聘。2011年、フランス人演出家 Jean de Pange との共同作品「Understandable?」がフランスで上演される。
    また、小説家としては2007年に「グレート生活アドベンチャー」で第137回芥川賞候補。2009年「夏の水の半魚人」で第22回三島由紀夫賞を受賞。シナリオライターとしてはNHKドラマ「お買い物」の脚本で、第46回ギャラクシー賞優秀賞を始め、数々の賞を受賞した。著書に「愛でもない青春でもない旅立たない」「誰かが手を、握っている気がしてならない」(講談社)「グレート生活アドベンチャー」「逆に14歳」(新潮社)などがある。
    自作の小説「大木家の楽しい旅行 新婚地獄篇」(幻冬舎)が11年に、『生きてるものはいないのか』(石井岳龍監督、原作・脚本/前田司郎)が12年に映画化。シナリオライターとしては、『横道世之介』(沖田修一監督、脚本:沖田修一・前田司郎)、NHKドラマ「お買い物」を担当。2013年には井浦新、窪塚洋介と強力なキャストを迎えて「ジ、エキストリーム、スキヤキ」で初監督デビュー。
    五反田団立ち上げ以来、これまで40作品以上を発表しているほか、高校生から他劇団まで作品の提供や演出を務め、海外での公演も積極的に行う。