LOAD SHOW

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映画『ローリング』公開記念企画 俳優・川瀬陽太インタビュー

6 月 13 日(土)より新宿 K's cinema ほか全国順次公開!

メジャーの大作からインディペンデントまで、身軽な横断を繰り返しながら、八面六臂の活躍を続ける、俳優・川瀬陽太。「LOAD SHOW」では、これまで対談企画などで幾度となくゲストにお招きをしてきたが、今回『ローリング』の公開を記念し、同氏の魅力に迫るべく、念願の単独インタビューを敢行した。

-何のてらいもなく-

『ローリング』は、冨永昌敬監督久しぶりのオリジナル脚本作品ですね。川瀬さんは、これまで冨永監督の作品はそれぞれリアルタイムでご覧になっていたのでしょうか?
川瀬:見てはいるんですよ。ただ、これはある種の偏見かもしれないけど、まあ僕がやる事はないだろうなと思っていたんです。ざっくり言うと洒落た男女が出てくるのではないかというね。非常に、そういった偏見を持たれがちな方だっていうのは、後に分かるんだけれども。富田克也、冨永昌敬、真利子哲也、3監督のオムニバス映画、『同じ星の下、それぞれの夜』(12)の時に、沖縄国際通りで痛飲したことがあって、そこで何となく冨永くんと話が盛り上がって、彼は自分の事をちょっと面白いと思ってくれたみたいです。
その時に出演されていた映画は、富田監督の作品ですよね?
川瀬:そう、「チェンライの娘」という作品です。そういった流れがあって、キノハウスにかつてあったカフェテオという喫茶店で、冨永くんから『ローリング』に出て欲しいという話があって、それは本当にびっくりして、やれるものなら是非といった感じで。その頃シネマパンチの平島悠三さんにもお会いして、どんなものになるのかは分からないけれど、形になるべく進み始めたんです。まあ、蓋を開けてみればダメな人の話で、あ〜それかって思って(笑)。
意外ですが、冨永監督と出会ったのは割と最近だったんですね。
川瀬:知り合ったという意味においては確かにそうですね。『乱暴と待機』の時点でも、会って話をした事はなかったと思うな。もちろん作品は、『パビリオン山椒魚』(06)も見てはいるけど。まあ、よくあることなんだけど、その周辺は知っている人だらけでも、何故か会った事がない人の一人という感じだったということです。
『ローリング』は、企画時点から川瀬さんでという事だったんですよね。
川瀬:そうなんです、ありがたい事にね。
脚本もアテ書きで書かれていたと。
川瀬:アテ書きでこれっていうのは、ちょっと小一時間くらい問い詰めたい気持ちにはなるよね(笑)。
成人映画に近い雰囲気もあるじゃないですか?川瀬さんは成人映画の出身ですから、そこに繋げていく流れもあったんでしょうか?
川瀬:それはね、かつてはそういった流れがあって、例えば、学校で映画を作ったり、ワークショップで映画を作ったりする中で、作中に色っぽいシーンがあると、誰が芝居をしてくれるだろうっていう事で、俺がかつて多くやっていた「国映」という会社に話がくる事はありました。割と映画美学校がそういう事を先んじてやっていたりして、まあ成人映画の時からお世話になっている瀨々さん(瀬々敬久/映画監督)が美学校で講師をされてた時期もあったから、そうした流れで出演が決まった事もあったと思います。そういった作品きっかけで、菊地健雄(映画美学校出身、多くの助監督経験を経て、『ディアーディアー』で初の長編監督デビュー)にも出会ったし。その時は正直、裸になる役者くらい探す根性持てよみたいな事も思ってたんだけど、気が付いたら映画の現場がどんどん安くなっていく中で、成人映画も一般映画も垣根は無いなと思った時に、こっちは何のてらいもなくやれるようになってきたんです。そういった意味で、『ローリング』は、成人映画に近いかどうかっていう事は特に気にしていなかったと思います。

-「センセイ」-

実際に脚本を読まれて如何でしたか?
川瀬:断る理由なんか無いですよね。ずっと継続して映画を撮られてる方じゃないですか。だから、当然艱難辛苦はあって、泥水もそれなりに飲んでらっしゃる訳で。それで、酒飲んで話をしていく訳ですよね。そうすると、自分らが思ってる不満であったり、疑問だったり、そういう事も含めての話が出来たんですよ。ある種、演技力とは関係なくオファーされているというか、自分っていう人間を見てオファーしてくれたのかなとは思いました。
『ローリング』では、三浦貴大さんをはじめとした生徒達の「先生」という役柄で、年齢を比較してみると先生という程の大きな差はないようにも感じますが、川瀬さんご自身に、どこか「先生」という雰囲気がありますね。
川瀬:冨永くんは、「川瀬さんは、若い人達にとっての先生っぽいんです」って言うんだけど、いや、それは違うんだって、それはダブった同級生みたいに舐められるてるだけなんだと話をしてるんだけど(笑)。
(笑)。日常的にも先生と呼ばれる事があるんじゃないかと思ってしまいます。
川瀬:撮影ロケ地だった水戸行くとさ、酷いんだよ。地元のクラブに連れて行ってもらうと、素敵なお姉様方がさ、片仮名だよね、「センセイ、センセイ」って言ってきて(笑)。完全にバカ扱いだよね(笑)。ともかく、みんな俺のことを「センセイ」って認識してて、こっちも実際に覗きか何かやったような気持ちになった(笑)。
それ、撮影しておいてもらって、いつか映像特典で見たいです(笑)。
川瀬:(笑)。でも、まあ地元の人たちと関われて良かったよね。どこに行ったって大人物も立派な人もいるだろうけど、俺は、そうじゃない人の方に興味があるんだよね。去年一年、そういう映画に関われる事が本当に多くて、時に西成(大阪)で撮ったり、岡山の真庭で撮ったりとか。
水戸は、『Playback』(監督:三宅唱/12)や『不気味なものの肌に触れる』(監督:濱口竜介/13)のロケ地にもなっていますが、どちらかと言えば郊外メインで、『ローリング』は、水戸の中心部でも撮影をおこなっていますね。
川瀬:確かに。『Playback』で言えば、震災の爪痕ということだったし、『不気味なものの肌に触れる』に関しては、巧妙な形で、ここでは無いどこかに見せている。そういう意味では、『ローリング』はもっと泥臭く、Vシネのようにやっているのかなと思いました。絶景とか名所とかではなくて、とにかく街の中や室内が多いしね。ソーラー(パネルのシーン)の場所も、別に行って心が躍るような場所ではないですから。

-佐藤慶を意識-

オープニングの格好良さには惚れぼれしました。
川瀬:ああいう所ですよ。オシャレな監督やの〜と思うのは。崩したフォントとか、テロップの出し方とか。あれは、冨永くんならではですよね。だけど、今回一緒にやってみて、冨永くんは天然な人なんだなっていうのは思ったよね。彼は俺に、「色んな音楽知っていてすごいですね」なんて言うんだけど、彼は素でジャズを選択してるというか。だから、俺の事をガチャガチャした面白い人間だと思ったのかもしれない。
作品にも良い化学反応があらわれていますよね。
川瀬:テーマや流れているリズムには、今までの冨永くんのテイストがありつつも、自分が関わっていて言うのはあれだけど、こういう下品なおじさんが入る事で冨永くんにとって新機軸な処もあったのではないかと。
ナレーションが独特で、リズムをとても大事にされているのが印象的でした。
川瀬:そうそう、あれは佐藤慶を意識したんだ(笑)。こんなこと言うと、誰かに殴られそうだけどね。昔、ATG(日本アート・シアター・ギルド)とかによくあったでしょ?ああいうのちょっといいなと思って。
出演キャラクターのナレーションがあんなふうに入ってくる映画って、邦画で近年あまり無かったですよね?
川瀬:作品通してナレーションを入れるのって、ある種、古の作法だからやらないよね。心理描写を語る事はいかがなものかっていう風潮を察して作られている事がほとんどだから、結構珍しいとは思います。でも『ローリング』のナレーションに関しては、ただ心理描写を語るだけのものではないわけでね、録りの日に、はたと思ったわけです、これはどこ視点で話せば良いんだろうか?って。その時に、昔は佐藤慶とかが、どこか何者でもない雰囲気というか、そういったニュアンスでやっていたなと。実際、口に出してみて、感情を乗せてもダメだったし、口語調に言い換えても違ったし。実は、今回ナレーションがあって逆に助かったというのがあって、要するに、撮影では馬鹿な人物を演じなきゃならないけど、ナレーションが芝居の補完になるというか、ある種、ヤスリ掛けみたいな事をさせてもらえた。そういった意味では、他の役者よりズルしてるかもなっていう感じはちょっとありますね。
視点が先生にいくようにはなってますよね。先生の感情の起伏が激しくあっても、こちらは一定のテンションを保ちながら見ることができるというか、不思議な感覚をナレーションが与えてくれていました。それと、冨永監督作品の『パンドラの匣』にあるような文芸作品の匂いというのも同時に感じました。
川瀬:うんうん、確かにそうだね。

-最高の暫定点を探す-

作品内で、川瀬さん演じる先生、権藤が人妻に手を出す所から「川瀬さんワールド」に入っていったなと強く感じました。
川瀬:一応は書いてある通りにやってるんだよ(笑)。でも、そこら辺が冨永くんの俺に対しての配慮なのかなとも思うんだけどね。もともと成人映画出身であるとか、自主映画も通過してっていうところで、俺にしてみるとちょっと下駄履かしてもらってる所はあるんですよ。勿論、若い人たちとやる時に、そんなの四の五の言わずにやったらいいじゃんって思う事があるのも事実だけど、でも自分もそこまでの事はしてこなかったよっていうのが同時にあって、毎回ヒーヒー言いながらやっていて、気が付いたら20年くらい経ってるって感じだからね。もっと言えば、一本ですごいものをやろうなんて思ってないんですよ、今回も含めて。お客さんが喜んでくれれば嬉しいし、ダメだって言われたら、すみませんって答えるくらいで、完成後はそこまでの熱量はないというか、基本的には自分にとっては終了した作品という認識にはなりますね。むしろ現場の中でどんなふうにやってきたか、その過ごし方が重要で、そうした中で例えば、監督と次も一緒にやれるのかどうかだとか、皮膚感覚で分かってきますね。
三浦貴大さん、柳英里紗さんとの密度の濃い芝居が多いですが、お二人との共演はいかがでしたか?
川瀬:今回俺も褒められたりするんだけど、何と言ってもそれまでに見せた事の無いような柳の艶っぽいところと、三浦くんの主役力だと思うんだよね。三浦くんは、非常にフラットに芝居をする人で、昔の映画の主役みたいな雰囲気があって、例えば加山雄三さんとかね。起きた事に対して、驚いたり怒ったりとかっていうのをそのまんまできる感じがあって、それって稀有な事で、役者ってどうしてもやりたがりだから、俺だったらこう解釈するみたいな洒落臭い事も入ってきちゃうんですけど。もし、三浦くんがそういうタイプだったら、『ローリング』はどこを向いていいか分からなくなっちゃったかもしれません。
なるほど。三浦さんや柳さん以外にも、脇で活躍する役者さんのほとんどが、素晴らしい受け身の芝居をされていました。
川瀬:うん。それって、タイトなスケジュールが却って良かったと思ってるんです。いまやれる場所で、いまやれる事をやろうっていう意味で。勿論潤沢な予算があれば素晴らしいとは思うけど、例えば立ち稽古やディスカッションを続けて良いものになるかっていうと、必ずしもそんな事はないんじゃないかとも思うし。これまでもほとんどがタイトな現場だったけど、俺は嫌じゃないんだよね。最高の暫定点を探す行為が良いというかね。大きな現場に行くと、そんなにそれに時間かけるの?って思うこともあって、良くも悪くもちょっと貧乏性なところがあるんですよね。結局、立ち稽古をいくらしても得られない要素が現場にはいっぱい転がっているし、それを上手く拾えるかどうかっていう事はあると思うんですよね。それに映画自体、決して豊かとは言えない国にも素晴らしい作品がたくさんある事を知っているし、むしろそういう状況の中でやれる事をやる方が俺は楽しいからね。

-動かない事で減じる事よりも、動いた事で得られる事を-

完成後の作品を見て、役者さんの立場で驚く事って良くも悪くもありますか?
川瀬:あるある。俺らにとって、例えば舞台と違う部分は編集な訳ですよ。場合によっては、監督と俳優の関係の中での背信行為にも成り得る訳じゃないですか?意味が変わってしまったりだとか。だけど、それも含めて楽しいんだよね。さっきも言ったけど、そうやってで自分のキャラクターに下駄を履かしてもらえる事が嬉しいというかね、芝居やってる喜びよりもそっちの方が面白くて。もちろん、上手く機能してるように見えたときに限っての話ではあるけどね。あと、もともとは助監督出身だというのもあってか、自分が俳優という感覚が他の人と比べると薄いんだと思います。
スタッフ側の視点で現場を見ている事が無意識にあるという事でしょうか?
川瀬:まあ、そういう所はあって。例えば現場にプロデューサーがいて深刻そうな顔をしてると、「あ、このロケセット時間で揉めてる?」みたいな(笑)。そんな事気にしちゃいけないんだけど、何かね、そういうところも含めてどこか面白がってる自分がいるのかもしれない。小さい現場でたまにあるのが、「あそこの見切れてる物をどかせよ」ってカメラマンとかが言うと、その連絡に行ったりで助監督が誰一人としていないっていう事があって、そういう状況なんかも面白く感じちゃうんです。まあ、そうは言っても、もちろん俺にだってナルシスティックな瞬間はあるんだけどね。それこそエモーショナルなシーンだったりとかは、それなりの気持ちにならないと無理ですからね。
『ローリング』の現場では、意識してやっていた事はありますか?
川瀬:とにかく、愚かであろうと。それを冨永くんは、ある種冷ややかに見ている訳ですよ。自分は、その冨永くんの目を信じて演じるわけです。この愚行をいかに切り取ってくれるか。この映画監督はそのことに長けているのだから、むしろ、やり過ぎだと思うくらいの事をやっても大丈夫かもしれないという信頼感がありました。それと、舞台を数少なくだけどやった時に思った事があって、こうだと動けないだとか言うのは、映画ではナンセンスなことじゃないかと。つまり、どう映っているか分からないわけですから。動かない事で減じる事よりも、動いた事で得られる事の方がきっと多いはずだと思います。そんなふうに思えるのは、本当、成人映画様様で、そこでは主役やった次の日に脇役やったりだとか、ただの絡み要因の時もあったりして、顔すらまともに映ってない事が日常茶飯事で起きるわけです。そういう場所にいられた事で、自分がなんぼのもんかが分かる。とは言え、これくらいの自負は持っても良いのかもしれないっていうのもあって、自分の立ち位置みたいなものは、そういった経験の中から作られてきたんだと思います。
取材・構成・写真 :川邊崇広
取材・構成・写真 :岡本英之
『ローリング』
監督・脚本:冨永昌敬

出演:三浦貴大 柳英里紗 川瀬陽太

松浦祐也 礒部泰宏 橋野純平 森レイ子 井端珠里 杉山ひこひこ 西桐玉樹 深谷由梨香 星野かよ 高川裕也

製作:ぽてんひっと スタイルジャム カラーバード マグネタイズ

製作プロダクション ぽてんひっと

制作協力:シネマパンチ 配給:マグネタイズ

配給協力:プロダクション花城 宣伝:カプリコンフィルム

(2015年/DCP/93分/カラー)

©2015 ROLLING
  • 『川瀬陽太(かわせ・ようた)』
    1969年生まれ、神奈川県川崎市出身。当初、自主制作映画の助監督の仕事を中心に活動していたが、たまたま参加していた福居ショウジン監督の自主映画『RUBBER'S LOVER』に主役として出演する事に。この後、福間健二監督の『急にたどりついてしまう』(1995年)に出演。この映画の制作に参加していたスタッフの多くがたまたまピンク映画出身であったため、そうした経緯で瀬々敬久監督をはじめとしたピンク映画の関係者と交流を深め多くの作品に参加、近年では『サウダーヂ』(11/富田克也監督)、『クローバー』(14/古澤健監督)、『超能力研究部の3人』(14/山下敦弘監督)、『みずち』(15/堀江実監督)、『ジョーカー・ゲーム』(15/入江悠監督)、『さよなら歌舞伎町』(15/廣木隆一監督)、『乃梨子の場合』(15/坂本礼監督)など一般映画やテレビ分野、舞台へも進出し、その個性的な演技で注目を集めている。公開待機作に『新しき民』(14/山崎樹一郎監督)、『息衝く』(木村文洋監督)、『蜃気楼の舟』(竹馬靖具監督)、『月夜釜合戦』(佐藤零郎監督)、冨永昌敬監督の新作『ローリング』など。瀬々敬久監督とのコンビが有名。