LOAD SHOW

A Rooted Soul. Vagabond Eyes.

映画の未来をいち早く
Be the first to witness the future of films

♯1「Struggler」定者如文(映画カメラマン)

Struggleしながら前進し続けてきた

勉強には興味を持てず、ひとりで映画館に通う少年時代。中学生になると背伸びをしてミニシアターへも通うようになった。「映画とは単純に物語を見聞かせるものとは違う。」そう感じながら漠然と映画の仕事をしたいと思い始めていた。高校生になるとバイクに夢中になった。バイトとバイクと映画。受験にはもちろん失敗した、成人式の次の日には阪神大震災に被災し、家計を立てる為に元手の要らない清掃事業を母と始めた。事業も落ち着いた頃、1ヶ月間の東南アジア一人旅へ出た。インターネット等無い時代で情報も豊富に無い上に英語もろくに喋れ無かったが、この旅で「人間どんな状況でもなんとかなる。」そんなふうに感じた。25歳になった時、事業を始めた頃に約束した事を母親と話し合った。いつかまた「大学を受験する」という約束。結果26歳で大阪芸術大学に入学、大学での4年間はあっという間に過ぎた。その時30歳の立派な大人になっていた。そしてどうすべきか悩んだ。卒業直前に東京藝術大学映像研究科の新設のニュースを見て受験をした。時間は流れ40歳になった。文化庁海外研修制度に応募をした。節目のたびに「年が行き過ぎている」と揶揄され続けてきた。でもその度にStruggleしながら前進し続けてきた。
「僕の生き方をまねして下さいなんてとても言えない。けれど、人生の岐路で夢への踏ん切りがつかない人の心の支えになれたらと思う。だから挑戦しつづけたい。」
定者如文です。カメラマンをしています。直近の長編作品に加藤直輝監督の『2045 carnival Folklore』があります。加藤監督とは東京藝術大学大学院映像研究科時代の同級生なんですが、自主で映画を撮るからということで声をかけてもらい参加をしました。これまでに国内での劇場公開はされていないんですが、シアトル国際映画祭でライブ上映(※)が行われたり、イタリアの映画祭で上映されたりと、世界中で展開が続いているところです。
※ライブ上映
通常の上映にプラスしてミュージシャンによるライブ演奏が同時に行われる上映形式。無声映画におけるオーケストラ演奏等と異なるのは、再生されるセリフや効果音と同時に演奏が重なる点である。複製芸術である映画の普遍性とライブ演奏による即興性との融合は新しい上映形式としてアメリカ、欧州にて話題を呼んでいる。
シアトルには縁があって、『2045』の映画祭での上映が決まった後に、現地の知り合いの方からシアトル交響楽団のイベントを映像記録に残したいということで撮影のお仕事をいただいたり、それ以降もロサンゼルスに留学中の友人がいるんですが、彼から撮影の仕事を手伝って欲しいと頼まれて参加をしたり、それらの期間がまとまっていたこともあって、合計3ヶ月ほどシアトル、ロサンゼルスに滞在することになったんです。やはりアメリカ映画を見て育ちましたし、エンターテインメントとは?という問いが出てきたときに、そこは自分の中では外せない場所というか、根底のところでいつかアメリカでチャレンジしてみたいという気持ちがありましたから、僕にとってはとてもよい機会になりました。
実際のところ、このまま日本で仕事を続けていくのかなと思っていた時期もあったんですが、これは『2045』がクランクインする直前の話なのですが、日本での仕事のやり方を考え直すきっかけというか、そういった出来事が起こりまして、実は『2045』は本来スケジュール的に受けられないと考えていたんですが、そのことによって結果受けられることになったんです。ただ、撮影が終わった後は時間がぽっかりと空いてしまって、何かやらなければと考えました。それで、半年間フィリピンに英語の語学留学をすることにしたんです。円高だったこともあって、料金は本当に安かったです。寮があって、ご馳走じゃないけど、食事もちゃんと付いていて。食事は韓国料理でしたね。結果日常会話には困らない程度の語学力を身につけることができたんですが、この留学をきっかけにして海外の撮影仕事ですとか、そういった仕事の声がかかるようになってきました。海外で仕事をすることへの憧れがより強くなっていきましたね。
シアトル、ロサンゼルスでの3ヶ月で思ったことなんですが、アメリカという国はやはり、特にロサンゼルスなんかは本当に様々な国から人間が集まってきていて、その分ネットワークが広がりやすいんですね。ですから、将来的に世界を対象とした仕事を目指していくための勉強の場として、こんなベストな場所はない。そんな思いもあって、文化庁の新進芸術家海外研修制度を利用して、ハリウッドでの研修に出させてもらうことになったんです。具体的にはカラリストの方の元での研修です。カラリストは撮影素材の色の方向性などに対して提案をおこなっていく存在ですから、カメラマンと非常に密接な関係にあるんですね。DIT(デジタル・イメージング・テクニシャン)という存在が、素材の管理も含めてデイリーのグレーディングもまとめて担当することが多いのですが、映画において見た目の問題、ルックの部分は非常に重要なことですから、カラリストという、そこの部分を突き詰めていく存在のもとで研修を積みたいと考えたんです。僕の研修先の方はオンセットグレーディングと言って現場でカラーグレーディングする仕事を主にやってらっしゃる方で、より撮影に近い部分でルックを考えられるという利点もあり、彼を選んだ理由の一つでした。撮影はフィルムからデジタルに移行が進んでいるわけですが、フィルムは調整できる幅が結構あって、撮影後に色や明るさ再考することも多少できるんです。けれど、デジタルだとある程度落としどころを決めて臨まないと難しい部分があります。ですからカラリストという存在はどんどん重要になってきています。
何故ハリウッドなのかという理由としては、先にお話したようなことに加えて、やはりハリウッドのデジタル技術は圧倒的に進歩しているということがあります。日本の技術が駄目だということではなくて、とても優秀なDITさんやカラリストさんがたくさんいるわけですし、実際もっと世界で勝負できる気がしています。つまり、研修を通じてそのことを確かめに行くんだという気持ちも持っています。ただ、いくら技術が高くても、語学に対して興味がなかったり、国内での仕事が充実していれば、わざわざ外国に出ていくなんて発想は起こらないと思いますし、実際僕も40歳を超えたわけですけど、そこからよく行くねと言われたりもしました(笑)。家賃も食事代も日本と比べると高いですし、実際大変そうです(笑)。言葉の不安だってもちろんあります。けれど、撮影技術に関する言葉というのは視覚的で直接的なものですしね。
繰り返し、自分はもうそれなりの年齢になっているわけですけど、そうやって学んで世界を相手として成功できれば、後々若い子をハリウッドに限らず外国に呼んで仕事をすることができるかも知れないですし、それで経験を持ち帰ってもらうことで日本の技術力の向上に貢献できるかもしれない。先駆者は少ないですから、日本人のコミュニティも小さいのですが、それも大きくしていきたいですね。
取材・構成・写真: 岡本英之
  • 『定者如文(じょうしゃ・ゆきぶみ)』
    兵庫県神戸市出身。映画少年だった幼少期、バイクに溺れた10代、旅行に彷徨った20代前半を経て26歳で大阪芸術大学映像学科に入学、30歳で卒業・上京し東京藝術大学映像研究科第一期生として過ごし31歳で映像業界へと進む。その後映像業界で数々の現場をこなし東京で過ごした10年のキャリアの集大成として本年度の文化庁新進芸術家海外研修制度を利用してアメリカへと渡る予定。