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映画『ドライブイン蒲生』トークショー!たむらまさき×大石三知子×山根貞男【前編】

2014年7月17日、たむらまさき監督作品『ドライブイン蒲生』のスチール写真展が開催された西荻tokiにて、監督のたむらまさき、脚本の大石三知子、そして「たむらまさきの大ファン」と公言する映画評論家の山根貞男の3氏により開催されたトークショーを採録。たむら監督のキャメラマンとしてのルーツから映画論、『ドライブイン蒲生』制作秘話まで―

「監督やろうなんて自分で思ったことはないんです(たむら)」

山根貞男(以下、山根):僕は“たむらまさき”というキャメラマンの大ファンで、多分、全作品見ているんですけど、今回、そのたむらさんが監督業に乗り出したと聞いて、何ごとだ?と(笑)。そこで今回は「一体何が起こっていたのか?」という話を直接ご本人から聞かせていただこうと思います。まず何でたむらさんは監督をやろうと思ったんですか?
たむらまさき(以下、たむら):監督やろうなんて自分で思ったことはないんです。これはね、プロデューサーの越川道夫が以前から、わたしに監督させようと企んでたんです。それが本当になって、決まってしまったんです。そうなればそうなったで、愉しいかなと思いまして、やる気を起こした、そんなところです。
山根:前から、いつかは自分で監督しようと考えていたわけじゃないんですね。
たむら:ええ、今いったようにないんです。
山根:キャメラマンがいつか監督をするということは外国でもよくある事例ですし、日本でもあることですよね。たむらさんも多くの監督と一緒にお仕事をされて、いつかは自分も監督をしてみたいという想いがどこかにあったから、越川さんが動いたという訳ではなかったんですか。
たむら:いや、そうかも知れません。今、思ってみれば逆から無意識を突かれたのかなと…。
山根:越川道夫さんは鈴木卓爾監督作品『ゲゲゲの女房』(09)、『私は猫ストーカー』(10)など近年たむらさんがキャメラマンとして参加した作品のプロデューサーでもあったわけですから、そういうやりとりがあったのかなと勝手に推測していたのですが……。たむらさんが監督をやると決定した段階では原作はもう決まっていたんですか?
たむら:いわゆるやりとりはなしでした。ある日、唐突っぽく言われたのにすぐその気になってるし…。それで、もうシナリオの大石さんも決まっていましたし、キャスティングもスタッフィングもです。「これで行くからお前撮れ」という印象でした。

「(企画の発端は)たむら監督と染谷将太さんをくっつけたいと聞いていました(大石)」

山根:大石さんはどんな経緯でこの映画に参加することになったんですか?
大石三知子(以下、大石):私もたむらさんと同じくらいのタイミングにお話をいただいてたんですが、その時はたむら監督と染谷将太さんをくっつけたいんだと聞いていました。そこで、まず原作を読んでみたのですが、たむらさんが監督したらこうなるのかなというイメージがすぐに湧いたので、じゃあ書きましょうというふうに決まっていきました。
山根:シナリオを書くのに時間がかかりました?
大石:いえ、今回はすぐに書けました。
山根:たむらまさきさんが監督で脚本は大石三知子さんで主演に染谷将太さんを、ということは全部同時進行で決まっていったというわけですか?
たむら:そうでした。だからシナリオの初稿を横目に、準備を進めていくという状態でした。
山根:準備というのは?
たむら:ロケハンであったり、衣装合わせであったりです。それで、ほとんどクランクイン間際に、改稿された脚本を読んで「あ、これなら撮れるかもしれない」ってそう思ったんですね。
山根:たむらさんがそう思ったんですよね?
たむら:監督ですから(笑)。でも、その段階としてはキャメラマンとしてですね。
山根:準備の段階でだんだんと“監督”になっていったということですか?
たむら:そうかもしれませんね(笑)。周りがいやおうなく“監督”にしてくれるもんで…。

「たむらさんは別に監督をやらなくてもいつも監督やっている(山根)」

山根:たむらさんはたくさんの映画の現場に参加してきたわけですけど、今回は現場の入り方が違いました?
たむら:それが自分ではわからないんです。クランクインまでは「この本はまだ撮れない、もうちょっと何かが変わってきてくれたら、撮れるなぁって」思っていたんですよ。
山根:それは監督としての判断なのか、キャメラマンとしての判断なのか、それともごちゃごちゃでしたか?
たむら:たぶん、キャメラマンとしてですね。ストーリーは越川プロデューサーに任せていましたから。というのは越川からいわれた時にある条件をだしたんですよ。「あなたが監督でいてくれ、じゃないとわたしはできない」と。だから(監督業の)半分は越川にまかせてるんです。つまりシナリオに関してもそうですね。
山根:実際に撮影が始まったあとも越川プロデューサーは監督をやっていたのですか?
たむら:そうです。
山根:どんなことをされてたんです?
たむら:ところがよくわからないんですよ。
一同:(笑)
たむら:と、言ってしまいましたが、わたしの見過ごしてる部分を演出してくれたといえます。わたしは監督として俳優達を、その場の空間に解き放ちますが、同時にキャメラマンとして、それも撮影しているわけで…。
山根:普通の撮影現場には、監督とキャメラマンがいて、2人は別の役割をもっていますよね。たむらさんがキャメラマンとしてファインダーを覗いていて、それとは別に監督が違う目で見るというふうに、その2つの視点がある。しかし今回は兼任するということで、たむらさん自身が現場を監督として“全体を見る目”を持っていたのですか?
たむら:いつもわたしはキャメラマンとして現場全体を見てきました。だから、実際に監督という立場になってみても何が変わったのかよくわからなくて…。
山根:僕は今の一言をたむらさんの口から聞けるんじゃないかと思っていました。正直に言いますと、たむらまさきというキャメラマンの仕事を好きで僕はずっと見てきたのですが、今回の企画を聞いて「たむらさんは別に監督をやらなくてもいつも監督やっているじゃない」と考えていたんです。

鈴木卓爾監督の『私は猫ストーカー』という作品を僕は何回見たかわからないないんですけど、いつ見てもですね、この作品は「鈴木卓爾監督」が監督した映画なのか「たむらまさきキャメラマン」が監督した映画なのかわからなくなるんですね。わかんないから鈴木卓爾監督が凡庸な監督だといっているわけではないんですよ。この映画はたむらまさきのキャメラなんだっていうのが強くあって、それが演出の部分にまで食い込んでいるんじゃないかって思うんです。

池田千尋監督作品『東南角部屋二階の女』(08)を見た時も、ある意味でたむらまさきキャメラマンも監督をしていると感じたんです。池田千尋という監督がダメなんじゃなくて。だから池田監督の凄いところは、よくたむらキャメラマンと組んだなあということです。そういう良さが映画にばっちりとでている。

「演ずるひとをわたしも演じながら撮ってきた(たむら)」

山根:今回『ドライブイン蒲生』にはそうした“良さ”が、たむらさんひとりで現れているわけですが、今言ったような理由から、たむらさんは監督をやらなくてもいいじゃないかと思っていたんです。それは間違いではないと思うんですが。諏訪敦彦監督『2/デュオ』(97)を見ていても、凄いことやっているわけですけど、どう考えてもこれはたむらさんのキャメラだと判ってしまうんですね。そういうのを撮れる希有なキャメラマンですから。
たむら:うん(笑)。逆に言えばそういうことを承諾してくれる監督とやってこれたから……。わたしはそういう撮影を演出だと思わずに育ってきたのですね。
山根:キャメラマンは映画の絵を担当、俳優の演技は監督が担当、ということがありますね。だけど今回は監督も兼任しているので、俳優への演出もしなくてはいけないじゃないですか?それでスナップ写真を見ると、たむらさんが役者の前に座って話し込んでいるショットがあるので、「あ、たむらさん“監督”になっているよ」って失礼ながら思ったんです(笑)。キャメラマンなら、あれはやらなくていいわけですから。
たむら:たしかに業界ではそうです。ただわたしは監督の言う通りには撮らないんです。「わたしはこう撮るんだよ」と、むしろ役者の方にキャメラマンの時から話しているので、スチールも演出していたのか、ただ確認してたのか雑談かも…失礼。演ずるひとをわたしも演じながら撮ってるんです。つまり演技に対応してキャメラも反応するよ、ということです。逆もありますから演者が反応することもあるし。いわば両者の掛け合いごっこですね。
山根:簡単に言うと、たむらさんは役者を動かすということを今までもしてきたということですか?
たむら:えーと、「動かす」というより、なにかを「促す」。それ込みで撮影だとわたしは思ってます。演ずるということは“映される”ということですからね。映すのはわたしです。「どう映す気だろうか、そうは映さないかもしれない」とか。役者たちは敏感ですからそういうこちらの演出みたいな気に逐一対応してくるんですね。それが演出なのかどうかは判りませんが、少なくとも“ああしろ、こうしろ”系ではないんですよ。

「俳優が相手でもドキュメンタリーの要領で撮影している(山根)」

山根:『ドライブイン蒲生』のチラシには「大ベテランキャメラマンが何歳にして始めて監督をした」とか書いてあるんだけど、そんなことわざわざ書く必要はないということですね。
たむら:ええ、ほんとに「75歳にして始めて」なんてねぇ。さらに余計なことまで強調されて、知らない人は艱難辛苦の末かと思うかも。もう迷惑ですよ(笑)!
山根:たむらさんみたいな考え方のキャメラマンは他にいないんじゃないでしょうか。大石さん、いますかね?
大石:いや、あまりいないですね(笑)。
山根:それは、たむらさんのキャリアが小川紳介監督の「三里塚」シリーズなどドキュメンタリーから始まっていることと関連があると推測できるんです。ドキュメンタリーは劇映画のように現場で監督が「ここをこう撮って」と指示をする訳ではない。三里塚の農民と機動隊が衝突するところに監督である小川さんはいないんですよ。全部たむらさんが撮ってくる。もちろん後で編集をするのは小川さんですけど。だから、全部撮影は自分がやるんだみたいな考え方がたむらさんの身に付いちゃってるんだと思うんです。

前にたむらさんはこういうことを言ったことがあるんですよ。「ドキュメンタリーの被写体は役者さんじゃない。それでも、わたしがキャメラで迫っていくと絶対、被写体は演じる。人間ですから、キャメラを無視することはない。“その時”にその人の本当の姿がでてくる。わたしはその“本当の姿”をキャメラで撮るんだ。何もその被写体が良い表情をしたからとか、絵になりそうなことをしたから撮影するわけじゃなくて、なにかその人らしさがでた時を撮るんだ」と。

先程の話を聞いてると、たむらさんは俳優が相手でもドキュメンタリーの要領で撮影している、そんな感じがします。監督とキャメラマンの区別がつかないと言っていましたけど、もともとたむらさんにはそんな線引きはなかったんですね。
たむら:そうですね。“わたしは監督の欲しい映像を撮ってるんだ”といい換えてもいいんですが…。だけど、何でしょうか。線引きされてれば安心なんでしょうか。

10月18日(土)より第七芸術劇場、10月25日(日)より京都みなみ会館、ほか全国順次公開!!

■『ドライブイン蒲生』全国劇場情報
札幌
シアターキノにて11月29日より
宮城
桜井薬局セントラルホールにて11月15日より
新潟
シネ・ウインド にて1月10日より
静岡
シネマe_raにて11月8日より
愛知
キノシタホールにて11月1日より
富山
フォルツァ総曲輪にて11月15日より
大阪
第七藝術劇場にて10月18日より
京都
京都みなみ会館にて10月25日より
兵庫
元町映画館にて11月1日より
広島
シネツイン本通りにて10月25日より
愛媛
シネマ・ルナティックにて10月18日より
宮崎
宮崎キネマ館にて11月15日より
※詳しくはこちら
http://drive-in-gamo.com/theater.html
取材・写真・構成:岡本英之
採録・構成:島村和秀
『ドライブイン蒲生』

出演:染谷将太、黒川芽以、永瀬正敏、小林ユウキチ、猫田直、平澤宏々路

吉岡睦雄、黒田大輔、鈴木晋介、足立智充、田村愛

監督・撮影:たむらまさき/原作:伊藤たかみ

プロデューサー:石井稔久(キングレコード株式会社)/製作:キングレコード(株)

企画・プロデュース:越川道夫/企画協力:(株)河出書房新社

音楽プロデューサー:平田和彦/脚本:大石三知子

撮影補:戸田義久/照明:山本浩資/美術:平井敦郎/音響:菊池信之/編集:菊井貴繁/音楽:ヤマジカズヒデ

制作:スローラーナー/配給:コピアポア・フィルム/製作年:2014年/89分/ビスタ/カラー

© 2014 伊藤たかみ/キングレコード株式会社

《Story》

街道沿いのさびれたドライブインに生まれ育った姉サキ(黒川芽以)と弟トシ(染谷将太)。ろくでなしの父(永瀬正敏)のせいで、物心ついた時から「バカの家の子ども」と蔑まれたふたりの人生にはろくなことがない。周囲への反発からヤンキーになったサキは、あげくの果てに妊娠して家を飛び出してしまう。それから数年後、夫にDVを受けたサキが出戻ってきた。ヨリを 戻すのか別れるのか?

決断すべく、幼い娘・亜希子とトシを引き連れ夫の元へと向かうサキ。道中、サキとトシに去来するのは意外にも、あの父のことだった…。ふたりは父から受け継いでいたなにかを胸に抱き、いま決戦の場におもむく。

■公式サイト

http://drive-in-gamo.com/
  • 『たむらまさき』
    1939年生まれ、青森県出身。1970年、小川紳介監督『日本解放戦線 三里塚』でキャメラマンデビュー。1973年、東陽一監督『日本妖怪伝 サトリ』で初めて劇映画の撮影を担当。以降、小川紳介監督の『1000年刻みの日時計 牧野村物語』が完成する1987年頃まで、小川プロのドキュメンタリー作品と劇映画を並行して手がける。1982年、柳町光男監督『さらば愛しき大地』で毎日映画コンクール撮影賞を受賞。1990年代半ばより、青山真治監督をはじめとする新進監督と組み、日本のインディペンデント映画の支柱的存在となる。1997年、河瀬直美監督『萌の朱雀』と諏訪敦彦監督『2/デュオ』で毎日映画コンクール撮影賞受賞。2002年、名前を『田村正毅』から『たむらまさき』に変更。2008年、文化庁芸術選奨映画部門文部科学大臣賞受賞。2014年公開、染谷将太主演『ドライブイン蒲生』で75才にして映画監督デビュー。
  • 『大石三知子(おおいし・みちこ)』
    1965年生まれ、東京都出身。東京藝術大学美術学部卒業後、会社勤務を経て、2005年に東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻脚本領域入学、田中陽造氏に師事。2007年、同校卒業。2008年、映画『東南角部屋二階の女』(池田千尋監督)で脚本家デビュー。主な作品に、『ゲゲゲの女房』(10)、『楽隊のうさぎ』(13/以上、鈴木卓爾監督)がある。アッバス・キアロスタミ監督『ライク・サムワン・イン・ラブ』(12)では日本語台詞監修をつとめた。『ドライブイン蒲生』(14)には脚本として参加。
  • 『山根貞男(やまね・さだお)』
    1939年生まれ、大阪府出身。映画評論家。映画批評誌『シネマ』の編集・発行に携わり、映画関係者へのインタビュー、聞き書き、対談の仕事も多数。主な著書に『映画の貌』(みすず書房)、『日本映画時評集成2000-2010』(国書刊行会)など。同じく映画評論家の蓮實重彦や山田宏一との共著もある。