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『わたしたちに許された特別な時間の終わり』太田信吾監督インタビュー

チェルフィッチュの岡田利規さんの同名小説からタイトルを貰ったという本作。三人の若者の青春群像ドキュメンタリーでありながら、様々な試みをしている本作が長編第一作目となる太田信吾監督にお話を伺った。

チェルフィッチュで「演じる」ことから

2011年末に再演された『三月の5日間』を観ているんですよ。その時に太田さんが映画を撮っている人だっていうのを、ツイッターで見たのかな、知っていて。デモやってた青年役ですよね。
太田:はい。
私自身、演劇を本格的に観始めたのって、3.11後で、『三月の5日間』はその時が初見です。それからあまり間が開かないで映画を観れて――特に私は昨年の山形ドキュメンタリー映画祭で観たので――やっぱり、話は違うけど、通じるところがあるな、と思いました。
一つはね、チェルフィッチュがずっと描いていたフリーター文化みたいなもの。岡田さんも太田さんも、自分がフリーターだったわけじゃないですか。その行き詰まりとか嫌な面を描くのって、すごく身を削るような作業だと思うんですが。
太田:まぁ、フリーターといえばフリーターですけど…でも、制作会社に一年くらいいた時もあるし…舞台ばっかりやっていた一年、みたいな時もありました。2010年からはチェルフィッチュの公演が不定期で、春と秋は入るようになったし。
じゃあむしろ俳優さんがバイトしながら、みたいな感じなんですか。
太田:はい。で、空いた時間に映画を撮ったり。
そうすると、フリーターで貧乏で、先が見えなくてつらいというような、この映画で描かれていることは、誇張されている面もあるんですか。
太田:そうですね。僕が住んでいるという設定のボロアパートは、撮影のためにロケをして、わざわざ借りたものです。一人暮らしをしているという設定になっていますが、僕は当時一人暮らししていなかったので。
ええっ。じゃあ増田さんが包丁で詰めよって、「一人暮らしなんで、このまま映画作りをしていくのは経済的につらい」と言って、太田監督が泣くシーン、あれはフィクションなんですか。
太田:はい。
そう言われると、岡田さんの描くフリーター文化のようなものとは、太田監督が描く世界は違うような気がしてきますね。
太田:岡田さんの場合は、本当に毎日地道に働いていて、そのルーティーンの苦しさをどう乗り越えていくかということですよね。『フリータイム』がそうですけど。
でもそういう違いはあるとはいえ、自分や自分の世代に正面から向き合うという意味で、身を削るような作業だということは同じかしら。岡田さんの影響はあると思いますか?
太田:無意識的かもしれませんが、自分が作るものが当事者性から逃れないというか、自分を取り巻く環境がまざまざと反映されているという意味では、近いところがあるかもしれません。岡田さんもずっと自分でフリーターをやりながら演劇をやっていたので、シンパシーを感じる部分もありますし。作られた物自体というよりは、環境とか、それに向き合う姿勢というところですかね。
そうすると、わざわざ自分が実際置かれている状況よりもつらいものに、映画の設定を作り変えたというのは、やはり増田さんの死が太田監督をそうさせたということなんですよね。
太田 そうです。

ドキュメンタリーとフィクションのあわい

この映画はドキュメンタリーとフィクションが、とても面白い形で融合しています。ただそれも、私はチェルフィッチュのことを思い浮かべてしまいました。岡田さんは、「現実と虚構」という問題に関して、とても面白いことをやられていますよね。
まずさきほども話に出た、代表作でもある『三月の5日間』が、登場人物が「今から〇〇の話をします」って最初に断ってから話をする。「現実」の人間が「虚構」の人間を演じるという「演劇」なんだ、ということを、むしろ観客に意識させる。
他にも、岡田さんは「これは演劇だ」と強調するような、俳優の人称と登場人物の人称を一致させなかったり、ほとんど関係のない身振りをさせる、つまり言葉と身体をズレさせる、というようなことをずっとやられています。


太田監督がこの映画でやっていることも、それと同じではないけど、普通の映画の文法を攪乱させるようなことだと思いました。まず、この映画はドキュメンタリーということですが、実は今も話に出たように、「演技」も入っているんですよね? もちろんフィクションパートもあるんだけど、それとは別に、増田さんが太田さんに包丁を突きつけるところは、一見ドキュメンタリーに見えるけど、実はフィクションだと。
太田:そうなんですけど、蔵人君のところに増田君が「今から太田を包丁で刺す」というメールを送ったのが発端なんですよ。だから、増田君が撮られることにストレスをため込んでいて、そうなってしまったという感情の部分というのは本当で。蔵人君から聞いて、「それヤバいんじゃないの」ということになったんだけど、「だったらそれ演技で今からやりましょうよ」と僕が提案して、やってもらった。つまり、設定はフィクションだけど、感情の部分では本当なんです。その意味で、僕はドキュメンタリーとしてOKかな、と思っているんです。


純粋な、記録としてのドキュメンタリーだと、生身の関係性で気を使ってしまったり。あと、逆に単に取材に行ってカメラを回すという方が、嘘っぽく見えてしまう時が結構あるな、と思っていて。カメラを意識してしまったり、マスコミだってことで、アピールしたいところだけアピールしたり。
それが一体真実なのかということですか。
太田:そうですね。表現したかったのはあくまで感情なので。感情が本物ならいいと思います。
でもシチュエーションだけ作って、というのはまぁ、悪く言えば「やらせ」ということですよね。感情だけであれ「本物」が撮れると思えるのは、やっぱり俳優としての経験が大きいんじゃないんでしょうか。
太田:そうかもしれません。俳優をやっていると、本当に細かい動きの一つが違って、やり直しさせられたりするので。一つの感情を、演技の出方、喋り方や身振りで作れるものだということが分かっているということなのかもしれない。増田君も蔵人君も、作り込むことに対して抵抗感がなかったので、できたことだと思いますが。
じゃああのシーンはかなり何回もやっているんですか。
太田:三回くらいやってますね。
演技指導もかなり入って。
太田:はい。ただ、俳優としての経験もあるんでしょうが、もともとそういう価値観というのもあります。テレビのドキュメンタリーを見ていて、取材に行っていいところだけ映すという、生身の人間を映す嘘くささみたいなことを、視聴者としてずっと感じてきました。
でも、ドキュメンタリーと謳ってしまうと、「やらせ」と批判されてしまう恐れもあるじゃないですか。フィクションにしてしまえば、そういう恐れもなくなりますが。
太田:フィクションではないと思うんです。増田君の人間性や、音楽に惹かれて映画を撮っているわけだから。それに「やらせ」の何が悪いの、と僕は思うんです。「やらせ」だと言われることへの不安は僕は全くなかったです。
私自身は、「やらせ」とか「再現ドラマ」とか、いくつかそういうもので気分が悪くなったことがあるんです。でも、不思議とこの映画はならないんです。それはどうしてかなって考えたんですけど、この映画でのそういった演出は、ドラマを単線にドラマチックにするために行われているわけではないからじゃないかな、と思いました。「事実を撮っているのか」「再現しているのか」分からないのもポイントですね。混ざっているから、分からない。分からないわけだから、そのことを問題にすることができない。それはあえて?
太田:僕にはしっくりする感じはしますけどね。やらせという嘘くささもないし、とはいえ彼らをそのまま撮ったわけでもない。
じゃあむしろ太田監督の中に根本的に「真実って何」っていう問いがある、ということかな?
太田:ある一人の人間にはいろんな側面があって、いずれにせよその一つの面を切り取っているに過ぎないわけですよね。真実を映すというよりも、僕は、彼らが抱いている感情を映したかったんです。その感情を映すために、撮り方として、カメラ回して、密着して、みたいなことにはならなかったということです。僕らはもっと深い関係性の中で映画作りをしていたので。考えてそうしたわけでもなくて、自然とそういうことになりました。僕らが言いたいことを映せているかどうかというところで。

観客との対話を目指す映画

時系列が単線でないのも、嫌だと思わなかった理由の一つかもしれないです。この映画では、時系列が単線ではないので、観客は翻弄されて、小さなドラマにその都度は入り込めるんだけど、大きなドラマツルギーにそれが繋がっていくということでもない。そのへんも狙ってのことなんでしょうか。
太田:時系列に大きなドラマにしてしまうと、やはり最後が増田君の自殺なので。彼の一生を追うような撮り方もあるとは思うんですけど。過去と現在で、同じ人物であっても、価値観が変わっているのを見せることで、例えば自殺を考えている人でも、もうちょっと生きていれば何か価値観も変わるんじゃないかと思ってくれるんじゃないか。そういう可能性を見せたかった。価値観とは一過性のものであり、同じ人物でも時間が経てば変化するということを見せたかったんです。
最後自殺になると悲劇で終わっちゃうから。
太田:あとは、対話の物語にしたかった。蔵人君が村に移住する時に、「自立したくて行った」と言ってたけど、後から振り返って当時を思い出す場面の時には、「そんなこと言ってない」と言って。そうやってどんどんズレていく。過去と現在の時間をすぐ繋ぎ合わせることによって、変化の様が浮き上がってくると思ったんです。
ネガティブな変化に収束させないで、ポジティブな変化を浮き立たせたかったというのもあるのかな?
太田:それもありますし、あとは時間と時間の対話。
ある価値観と、時間が経ってしまって変わってしまった価値観の対話。
太田:そうすることによって、観客とも対話ができるんじゃないかと思ったんです。単線的な描き方だと、「ああこういう人だったんだ」で終わってしまうかもしれないけど、時間と時間が対話する様を見せることで、自分はどうなんだって考えてくれるんじゃないかと思った。
観客との対話というのは、やっぱり演劇をやっていた方ならではの発想で、面白いと思います。演劇は、あからさまではないにせよ、やはりそこに劇場という「場」があって、観客の反応が分かるんで、観客と対話していると言えなくもない。実際、初日の反応で二日目以降変えたりしますしね。ただ、映画でそういう対話というのはなかなか難しい。ただ、後で考えさせることはもちろんできますけどね。だから大きなドラマツルギーを作り上げることに走るのかもしれないですね。
でもこの映画がそういった手法をとても面白いな、と思う反面、映画としては分かりにくくなっていることも事実ではあると思いますが。
太田:あらすじなら、みんな読んでから観に来るんじゃないかと思って。増田君という人がもう亡くなっちゃったということくらいは、知っていて観るという想定で、編集はしてますね。
編集はかなり凝っている印象ですよね。
太田:半年かけました。全部文字に起こしてから構成して、足りないところは撮り足したり。風景とか、増田君が亡くなってからの場面とかを。

映画とは、新作『解放区』のこと

演じることと撮ることは、太田監督の中で、どういう位置づけ、どういう関係性なんでしょうか。
太田:演技は舞台の上だとどこまでも追及できるというか。スポーツのような感じ。ボウリングで、ハイスコアを出すような。ダメな回もあればいい回もあって。できるだけ平均値をあげていこう、とか。
映画は、自分が構築していくものとはまた別の、予測不可能なもの、自分の価値観を揺さぶられるような出来事と向き合えるチャンスかな。
予測不可能なもの、自分の価値観を揺さぶられるような経験というのは、この映画では例えばどういうもの?
太田:増田君のように自ら命を絶たれた人のご遺族は、悲しみに打ちひしがれて表に出たくない、という方がほとんどだろうな、と思っていて遠慮していた部分があったんです。でも実際はそんなことはなくて、堂々と、息子に対してもうちょっとこうしていれば、みたいなことをきちんと言葉にしてくださっていて。
長野の山村に蔵人君に移住した時も、コンビニもない過疎の村なんですけど、五千円で、畑付きの一軒家が借りることができる、とか。東京にいるとお金を使って当たり前の価値観になっちゃいますけど、その山村では物々交換だったり、畑の作物で食べていけたり。
映画がなければそういう出会いもなかったと。
太田:山村のことももともと知ってはいたし、増田君のご両親ともお付き合いしたかもしれない。でも、そういうことに出会うことができた驚きを伝えるために映画を撮っているんじゃないかと思います。山村でも生きることができるということを、増田君にも伝えたかったし、都会で閉塞的になっていってしまう若者にも伝えたかった。
新作「解放区」が、助成されていた大阪市側から作品を検閲のうえ内容変更を求められ、3月に同市で開かれた「第9回大阪アジアン映画祭」への出品を辞退したということです。あいりん地区へ来た主人公が覚醒剤に手を染める内容が問題になったということ。やはり新作も非常にエッジのきいた題材で、実際にこういった問題も起きてしまったわけなんですが、今後も映画で現実に揺さぶりをかけていきたいということなんでしょうか。
太田:揺さぶるつもりは全然なくて、僕はただ問題とされているものとも、当たり前に接したいなと。統合失調症の人が映画に出てくれたり、シャブで捕まって出所したばかりの人も密売人の役で出てくれたり。そういった人たちを映画から排除してしまうのではなくて、共存していきたい。
むしろ出てもらうことで、偏見や問題を共有していけるのではないか。当事者がやはり出るべきだと思うので。そこが問題にされたことはすごく残念でした。


この作品もやっと問題が解決したんです。プロデューサーが見つかったので、助成金を全て返還して、CO2助成作品を辞退したので、自由に公開できることになりました。年明けに公開したいと思っています。
楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。
【Story】

2010年12月、かけ出しの映画監督の太田は、ひとりの友人を自殺で亡くした。彼の名は増田壮太。かねてより壮太とバンド仲間の冨永蔵人を撮影していた太田にとって、そのショックは大きかった。10代のバンドコンテストで優勝するほど音楽の才能に恵まれ「ミュージシャンになる」という強い夢を持っていた壮太がなぜー。一方、壮太に誘われバンドを組んでいたものの、何がやりたいのか自分でも分かっていなかった蔵人は、徐々に壮太と袂を分かち、就職することで自分の居場所を見つけはじめる…。
太田信吾監督作品『わたしたちに許された特別な時間の終わり』
ポレポレ東中野にて上映中ほか全国順次公開
※ポレポレ東中野での上映時間が9/6より変更になります。
9月6日(土)~19日(金) 12:30~/18:30~
9月20日(土)~終映日未定 19:00~
■公式サイト
http://watayuru.com/
■関連記事
http://culture.loadshow.jp/topics/wata-yuru/
聞き手・構成: 夏目深雪
『わたしたちに許された特別な時間の終わり』
製作・監督・脚本・撮影・編集:太田信吾
出演:増田壮太、冨永蔵人、太田信吾、増田博文、増田三枝子、坂田秋葉、平泉佑真、有田易弘、井出上誠、坂東邦明、吾妻ひでお、安彦講平、他
フィクションパート撮影:岸建太朗/録音:落合諒磨/音楽:青葉市子/制作:曲淵亮、本山大/ラインプロデューサー:川津彰信/共同プロデューサー:土屋豊/製作:MIDNIGHT CALL PRODUCTION/宣伝:Playtime/配給:ノンデライコ
2013/日本/HD/121分
  • 『太田信吾(おおた・しんご)』
    1985年生まれ。長野県出身、横浜在住。早稲田大学の卒業制作として引きこもりをテーマに製作したドキュメンタリー『卒業』がイメージフォーラムフェスティバル2010優秀賞•観客賞を受賞。友人の自殺と真正面から向かい合い、7年間の制作期間を経て完成した『わたしたちに許された特別な時間の終わり』が山形国際ドキュメンタリー映画祭2013アジア千波万波部門に選出。同作はニッポンコネクション(ドイツ)をはじめ、海外映画祭からも招聘が続いている。また、俳優として「チェルフィッチュ」や「劇団、本谷有希子」に出演するなど、舞台•映像を横断して活動している。本作が初の長編ドキュメンタリー映画となる。