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「前夜映画祭2014」監督インタビュー

若手映像作家が開催する「前夜映画祭2014」。立ち上げメンバーである川本直人さんと矢川健吾さんに映画祭について話を聞いた——。

何かの「前夜」が最高にドキドキする時

今日は前夜映画祭について色々聞きたいんだけど、インタビュアーを務める自分(島村和秀)も「前夜映画祭」の立ち上げメンバーで、そもそもの言い出しっぺなので、まず僕の方から簡単に「前夜映画祭」について説明します。

「前夜映画祭」は商業ベースに乗っていない若手映画監督、映像作家が集まって、主体的に開催する映画祭です。純粋に映画を発表する場を作りたいという思いから始まりました。というのも、映画監督もしくは映像作家が社会的に認知されるためには、映画祭のコンペティションで賞を取るというスタンダートな流れが一つあると思うんだけど、なんとなくコンペで評価される為に作品を制作しているような気がしていて、それって違うなっていう思いから「前夜映画祭」を企画しました。

“前夜”という言葉をつけたのは、何かの“前夜”が最高にドキドキする時だからです。僕にとって「前夜映画祭」はその一言につきるかも……。そして、前夜映画祭に来る人たちを勝手に“前夜”という意義を持った通過点に置いてしまい、観客と作家を含めて“今”という時間を共有したいという思い名付けました。

「前夜映画祭」はみんなと何度も話しながら始めたことだから意見が似ているかもしれないけど、川本さんは「前夜映画祭」にどんな意図を持っているのか、自己紹介も含めて教えてください。
川本:映像作家の川本直人です。多摩美術大学映像演劇学科卒業生で、それはここにいる矢川くんも島村くんも一緒ですけど。今はその映像演劇学科の助手として働いています。学生時代からアニメーションや劇映画、セルフドキュメンタリーなど色々なジャンルの映画を制作していて、今は、その他に自分の生まれ故郷である瀬戸内海の島「瀬戸田」で映画祭をプロデュースしたり、パフォーマンスをしたりしています。活動の場は東京ですがいつも瀬戸田をモチーフに作品を制作しています。

「前夜映画祭」の意図については、島村くんがコンペについて触れてたけど、僕はそういう流れも80年代がピークだったと思う。今はPFF(ぴあフィルムフェスティバル)で受賞すれば監督になれるのかといえばそうじゃないし。若手はそればっかりを目指して制作しているわけじゃなくて、新しい活動の場や目標を探している最中だと思うんですよ。そういう中で映画祭(上映会)を開催するっていう方法は、スタンダードなことだと思っていて、だから後から見るとその一連に「前夜映画祭」も組み込まれてしまうかもしれない。

それで、「前夜映画祭」は何かっていうと、僕は学生時代から作品を作っていて、それは結構面白いはずだっていう自負があったんだけど、それを外に発信する機会がなかった。PFFにも通らないし、日本国内の映画祭にもかなり出したけど、それも通らなかった。ことごとく蹴られてる。映画祭やコンペ自体は現在進行形で増えてるのに、でもやっぱり僕は今でもそれに通る気がしないんだよね。僕は仕事上、学生の作品に触れることも多いんだけど、良い作品はいっぱいある。でもこれがコンペ通るかっていわれたら、うーんってなっちゃう。まずはそういう状況があると思うんだよ。自主で開催される上映会もいっぱいあるけど、だったら自分たちで作った方が手っ取り早いと思って「前夜映画祭」という場を作ったわけです。

「前夜映画祭で観せ方の新しい型を模索しているのだと思う」

矢川さんはどうですか?自己紹介も含めて教えてください。
矢川:映画作家の矢川健吾です。僕は仕事とか、色々なコミュニティに入っても一年くらいで辞めてしまう癖があって(笑)。正確にいうと9ヶ月とか10ヶ月経つと今いる自分の場所から離れてしまいたくなる衝動にかられる。だから僕はその周期で住む場所を変えて、映画を撮って帰ってくる。そういう方法論で制作をしている映画作家です。映画自体は極私的なものもであったり、ドラマのある映画であったりその都度違ったりします。

僕が「前夜映画祭」を主宰するにあたっていろいろ考えてたことなんだけど、まず自分たちが作った映画がコンペってものに縛られてるっていう感覚があった。映画祭が上下関係として作品より上にあって、その下に映画があるような気がしていて、こういう構造の中に入り込まないと“映画”として評価されないというシステムが出来上がっているように感じてた。自分は「前夜映画祭」のメンバーとか同級生の映画を面白いと思ってるけど、そいつらの映画も評価されてなかったりして。なんだろう、俺たち全員つまんない奴らなのかなって(笑)。

それで考えたことは、作品とコンペの間にあるシステムがもう古いものだし、もうちょっと観せる段階や作る段階で、自分の型を作っていっていいんじゃないかってこと。作品を作る上でも、観せる上でも、前提として従来の型を持ち出すのは考えることを一つ放棄しているようなものだし。だから作り手は別の方法を模索していっていいし、「前夜映画祭」っていうのは観せる段階の方向で新しい型を模索しているんだと思う。

この映画祭に参加している作家たちが何で括られているのかを言語化できていないのだけど、そういう理由があるんじゃないかなって思う。「前夜映画祭」ってどんな映画祭ですか?と聞かれたとき、尺が決まってるとか、同じジャンルの映画が集まっているとか、そういう括りがないからいつも答えづらいんだけど、新しい型を模索している人が集まる映画祭という括りではあると思うんだよね。

「自分が今直面している問題にどう向っているのかというのが前夜だと解釈している」

2012年に開催した第1回目の「前夜映画祭」と“前夜”って言葉の意義が変わってきていると思うんだけど、矢川さんや川本さんの中で“前夜”という言葉がどう変化しているのか教えてください。
矢川:2012年に初めて開催した「前夜映画祭」は多摩美術大学映像演劇学科の作家で集まって発信した映画祭で、あれは卒業してから一年経った時で、大学っていう守られたところから離れて作家として活動していこうっていう決意表明として“前夜”っていう言葉を使って始めたんだよね。だからある種みんな同じ“前夜”を抱いてたと思う。
川本:そうだね。でも今回の“前夜”って言葉は、もうニュアンスだけになっていて、映画祭に来る人もそういうニュアンスだけの認識だと思う。“文化祭前夜”みたいな。そこにどんな意味付けをするかは作家自体だし、観客次第だし。でもそれでいいんだろうね。
川本さんは自体は“前夜”に対してどんな意義をもっているんですか?
川本:僕は“今日”を“前夜”って言ってしまうことが好きで、今日より明日って常に考えてる。もう言っちゃえば人生は過程であって、今日を前夜と呼べるようにしようって毎日思ってる。だから僕にとっての“前夜”の意義はスタイルとかスタンスですね。
当夜を迎える日はない?
川本:ない。さっき矢川くんが言った通り、「前夜映画祭」はカテゴライズできないっていう問題があると思うんだけど、カテゴリーを探してるのか、作ってるのかはわかんないけど、とにかくそういうものを模索している過程なので、それが完成するかはわかんないし、それは人生と一緒でずっと過程でいいと思うんだよね。
矢川:僕は“前夜”っていうのは“問題”だって捉えてる。それは作品であっても、何かしらの問題であっても、乗り越えなくちゃいけないものだと思ってる。今ここにいる自分たちが、社会と対峙したときに何に立ち向かっていて、自分がどこにいて、何を言おうとしていて、何を越えようとしているのかっていうことが浮き彫りになるのが“前夜”だと思う。
乗り越える「前夜≒対象」は矢川さんにもある?
矢川:それは作品に反映されてることなんじゃないかな?問題とか目的はあくまで個人的に発信してるけど、「前夜映画祭」ではそういうそれぞれの問題意識が集まった時に何が見えてくるかは興味深いし楽しみ。それが僕らを取り巻く問題だったりするのかもしれない。

「自分たちが作品を作る必然性を見つけなきゃいけない」

川本:“前夜”って乗り越えるべき壁だとしたら、壁が見えづらいっていうことがあって、まあ何の“前夜”って定義づけるかってことなんだけど。僕にとって表現っていうのは、乗り越えるというより戦いって言葉の方がしっくりきて、「何の為に戦ってるんですか」って言われたら「戦うために戦ってるんです」って。そして、そういう職業はあっていいし、必要な役割だと思う。
川本さんが言った通り、アーティストの役割は戦うことなら、そこに対して、役割としての対価が支払われるべきだと思うのですが、前夜映画祭によってお金が生まれるようにすることは可能だと思いますか?
川本:……やっぱり「前夜映画祭」は滅びなくちゃダメだね!
(一同笑)
矢川:え、なんで?
川本:お金って、目的があってプレゼンして生まれるものであって、「前夜映画祭」って目的がないわけよ。でも目的がないとお金は生まれない。だからどんどん映画祭を細分化していって、映画業界に食い込むようにやんないとお金は発生しないと思うんだよね。自分たちが映画業界に食い込みたくてやるなら、「前夜映画祭」をどんどん細分化しなくちゃいけない。でも細分化させていくと、みんな「前夜映画祭」に参加しなくなると思う。例えば僕が主宰する「瀬戸田映画祭」でいうと、瀬戸田の活発化っていう目標があるからちゃんと説明できるし必然性もあるの。でも「前夜映画祭」はその必然性がないんだよね。前夜映画祭メンバーの問題はそこだと思う。自分たちはシネフィルっていうわけでもないし、じゃあそういう必然性がなければ作品は作っちゃいけないのかって問題がある。

「前夜映画祭」に限っては、お金は自分たちで出すべきだよ!ここだけをインタビューで使ってくれればいいから!お金は自分たちで出す!そうやって、自分たちが作品を作る必然性を見つけなきゃいけない。作品を作りたいっていう衝動をどうやって必然にするか。それがこの映画祭の問題であり、乗り越えるものだよ。
矢川:まあ、もしくは資本主義じゃなくなるかだね(笑)。資本が主義だから。資本主義じゃなくなって、別の社会になれば俺らにも何かお金にかわるものは流れてくるかもしれない。まあ、それは冗談で。でもさっき言ってた、その映画祭がどこに向ってるのかっていうことなんだけど、おれは交差点みたいな場所だと思ってる。交差点自体がどこかに向ってくことはなくて。色んな方向に向かう人が交差する場所、それが前夜映画祭なんじゃないかって。だから交差点自体はどこかに向かって歩いて行かないって感覚なんだよね。
だから、まだ前夜映画祭は自分たちの周りにいる作家でやってるけど、段々と、交差する必然をセッティングするキュレーターの存在が必要になってくると思うんだよね。少しずつ、色々な人と交差できる場所にしていくことが前夜映画祭の目標だよ。
川本:もう一個ある!交差する必然性を生むための方法、それはおれらが早く売れることだよ!そうすれば必然性は生まれるよ。
でも売れたら前夜映画祭やらなくなるかもね(笑)。とまあ、前夜映画祭の目標も見つかったところで、このインタビューを終わりにしようと思います。ありがとうございました。
■前夜映画祭 開催日時
2014/6/7(土)・6/8(日)
両日 16:00(開場/受付は20分前)〜22:50まで
■会場
渋谷UPLINK Factory 【住所】東京都渋谷区宇田川町37-18 トツネビル1階
■ラインナップ
Aプログラム
池亜佐美監督作品『ぞうぞ ぞうぞ』(アニメーション)/渡辺大知監督作品『モーターズ』(劇映画)
Bプログラム
川本直人監督作品「街をみる」(劇映画)/矢川健吾監督作品「人に非ず」(劇映画)
Cプログラム
神藤洋佑監督作品「新港(SHINKO)」(ドキュメンタリー)/島村和秀監督作品「あおいちゃんの星座」(劇映画))
Dプログラム
タケヒロ雄太監督作品「祈りの情景」(エクスペリメンタル)/磯龍介監督作品『入居』(ドキュメンタリー)/嶺豪一監督作品「どろん」(劇映画))
■チケット
プログラム券 ¥1,000- (ドリンク付き/当日のみ販売)
1日通し券 ¥1,500-(ドリンク付き/前売りあり)
■予約受付メールアドレス
zenya.aprilfool@gmail.com
(件名に「チケット予約」と明記の上、本文に「名前」「連絡先」「予約日」「チケット枚数」を記入して下記宛先にメール)
■前夜映画祭公式ホームページ
http://zenyaeigasai.tumblr.com/
■前夜映画祭公式Facebookページ
https://www.facebook.com/zenyafilmfestival
■前夜映画祭公式Twitter
https://twitter.com/zenyaeigasai
聞き手:島村和秀
写真・構成:島村和秀
『街をみる』
監督:川本直人
出演:川本直人/佐々木望円/松嵜翔平
街から故郷に帰る前日。坂の上にあるアパートからは街が見下ろせる。街は遠くまで広が っているが、坂を下って平地をいくと、思いがけず坂にぶつかる。行ったことのないその 先に、街をみる。
2014/日本/カラー/HD/31min :
監督プロフィール:『川本直人』
川本直人:映画作家。1988.9.26生まれ。瀬戸内にある瀬戸田(生口島)で育つ。高校卒業後 上京。多摩美術大学入学。 海を撮影したフィルムにシネカリグラフィーを施し、時間の拒 絶を試みた『渦潮』(8mm)が第62回ベルリン国際映画祭短編部門に入選。翌年、続編である 『渦汐』(16mm)も第63回ベルリン国際映画祭短編部門に入選。その後「小津国際短編映画 祭」(イタリア)、「Festival Imago」(キューバ)、「等々力国際映画祭」(東京)等各地で 招待上映される。 日記映画からはじまり、ドキュメンタリー、アニメーション、キネカリ グラフィーと横断的な手法で作品をつくる。また海辺で野外上映を行う『瀬戸田映画祭』 を故郷で主催するなど、瀬戸内をテーマにした表現活動を多くおこなっている。
『人に非ず』
監督:矢川健吾
出演:佐藤 考太郎/椎橋 綾那/大瀬 誠/よこえ とも子/藤枝 真樹/高橋 有香
2013年製作/日本/カラー/HD/65min.
東京都小笠原諸島父島にて全編ロケを行ったドラマ作品。 島のホテルを舞台に繰り広げられるサスペンス。 小さな島には秩序があった。 暗黙の了解があり、お互いがお互いを見張っていた。 ある日、忽如として島にやってきた「人でない者」がいた。
監督プロフィール:『矢川健吾』
矢川健吾 1987年神奈川県川崎生まれ、26歳。映画作家。
多摩美術大学卒業後、東京藝術大学入学するが中退。
個人映画と劇映画を横断的に制作。個人映画では私的なテーマをより私的化することを目指し、自身の空間論を形成する。郵便的映像書簡『アーナーパーナサティ』や、3日間1分に1回必ず1コマシャッターを切る日記映画『三日間』など。また、遠くへ出掛け、帰ってくる行為のなかで、ひとつの点を打つ行為を映画にする。自らの現在点の表現化・具現化。強度ある、生きている痕跡を作ることを目指し、点と点を繋げることで自分自身を映画にしていく。