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濱口竜介監督作品『何食わぬ顔(short version)』レビュー

「大いなる不安は、大いなる予感へと」などではなく

※『何食わぬ顔(short version)』はLOAD SHOWにて配信中。

見終えたあと、半年以上バッグに入れっぱなしになっている、もうとっくにヨレヨレで、折り目から破れつつある、渋谷でのレトロスペクティブ上映 [1]のチラシを見た。それを見る限り、『何食わぬ顔』は濱口竜介という映画監督の第一作のようだった。チラシは、この作品のロングバージョンを含め、あと10本、この監督のフィルモグラフィーには作品があることを僕に知らせた。歓喜した。大げさでなく、たしか何かしら、これは楽しみだねというたぐいの独り言をいっていた。そのとき、僕は顔に満面の笑みをたたえていた。部屋で、たった一人で。

正直なところ、この作品を見る前の僕は大いなる不安と緊張を覚えていた。 濱口竜介という未知の作家は、ある評論家から「日本映画の最前線」と称賛され、そして昨年の夏に開催されたレトロスペクティヴはかなり大きな評判を呼んだようだった。僕の友人も満席で入れなかったと言っていた。主にツイッター上で濱口関連の情報を見るにつけ、遠く岡山から、見たい思いはどんどんと募り、挙句、あろうことか、ただの一度も見たことがないのに一人のファンの気分だった。ファン的な気分から時にリツイートなどの行動をおこなった。期待は勝手に飽和していた。 そんな折、この作品を見る機会が与えられた。大いなる不安が、そして緊張があった。 この感じは多分、会ったこともないのにメールの文面だけで「はい、すでに大好きです」というような異性の人間の方と会う前に似た状態なんだろうと思う。面と向かって話したら全然うまく会話できないしそれは初対面でドギマギとか双方の緊張とかは関係なくてシンプルに合わない、みたいな感じになったらどうしようか、俺はこれまでのメールでこの方をすでに好きなので、会ってうまくいかなかったからと言って、もはや嫌いとは言いたくない。好きではないようですといえば、そんな自分を失望することになりそうです。というような感じだった。

そして見た。8ミリカメラで撮影された粗い画面に若者たちが映しだされる。彼らは話し、歩き、煙草を吸う。 濱口監督が三宅唱監督との対談[2]の中で「思うに、顔っていうのはさ、すごく雑駁に言うとそもそもいいもんなんですよ」と発言されていたが、見事なまでにどの役者の顔も本当に魅力的だ。はにかみや戸惑いの表情がことごとくに素晴らしい。特に、役者として出演もしている濱口の、少しもの哀しい道化的な振る舞いや表情の変化、声の調子がとてもよかった(「脚本書いてる段階から、割と明確に「聞く顔」「しゃべる顔」の区分はあってさ、俺の役だけが「しゃべる顔」で、後は皆「聞く顔」「見る顔」なのかな」)。それに、2人や3人や、あるいは4人の、様々なバリエーションでおこなわれる会話のすれ違いや、親密さや、あるいはそこで生じる緊張がとてもよかった。馬の姿もとてもよかった。 とてもよいね、そう思いながら、一方で、8ミリで撮られた自主制作映画だ。アフレコはうまくいっているようには見えないし、手持ちカメラの画面はよくぶれ、三半規管が弱いのか、しばらくのあいだ気分が悪くなったりもした。 そんなところから、この映画は僕にとっては結局、濱口竜介という作家の萌芽というような扱いで終わるのかもしれないな、この映画が僕に強い何かを与えることはきっとなくて、「2003年、25歳のときからすでに彼はとても立派に」みたいな、「うっすらと哀しいような、何か愛おしいような、若者たちの顔、そして関係を複雑かつ的確に画面に定着させることに」みたいな、確かさ、みたいなところに納まるのかもしれないな、とも思っていた。「大いなる不安は、大いなる予感へと」みたいなところに納まるのかなと。

しかし、それはあれです、早とちりだ。最後の10分の、エモーショナルなことこのうえない2つのシーン。そこに映し出される力強い映像を見ながら、そこに流される素晴らしい声を聞きながら、僕は「最高だ!最高だよ!あんたほんと最高だよ!」と壊れたレコードのように(胸中で)叫んでいた。 なんという…!なんてこった…!という感じでした。いま思い出しても目は潤んでくるし、いやおうなく顔はニヤけてくる。

だからこれは決して萌芽や大いなる予感といった、フィルモグラフィーというコンテキストの中で見られて終わりというような映画なんかではなく、自分の足でしっかりと立つ、ただの傑出した一つの映画だ。 その喜びと満足と充実感とともに、やっぱり、それにしてもあと10本もひとまずはあるのか、そしてそれはこれからも増えていくのか、と思うと、もう、極度に嬉しい。

[1] 2012年夏にオーディトリウム渋谷にて開催された、濱口竜介の回顧上映

[2] LOAD SHOWでの『何食わぬ顔(short version)』ダウンロード購入特典、濱口竜介×三宅唱「顔を巡る対話」

『何食わぬ顔 (short version)』
2003年/43分/8mm/カラー
ストーリー:浪人生の松井は、予備校の夏期講習の為に東京へ出て来た。同じ予備校に通う里恵もたまたま日程が一緒だ。松井にはほかに本当の目的があった。一足先に東京へ出てしまった同級生の育子に会うこと。育子に会う約束を取りつけるも、彼女には他の男たち(岡本、濱口)との先約があった。一方、里恵も松井をデートに誘うが…。どこまでもすれ違い続ける5人の心。彼らの日常的非日常。「みんなの顔がとても好きでした(自分除く)」(監督談)
『はじまりへの旅』
監督・脚本:マット・ロス

出演:ヴィゴ・モーテンセン、ジョージ・マッケイ、フランク・ランジェラ

原題:Captain Fantastic 119 分/シネスコ/英語/日本語字幕:中沢志乃 配給:松竹

© 2016 CAPTAIN FANTASTIC PRODUCTIONS, LLC ALL RIGHTS RESERVED.
ストーリー:ベン・キャッシュ(ヴィゴ・モーテンセン)と6 人の子供たちは、現代社会に触れることなくアメリカ北西部の森深くに暮らしていた。父仕込みの訓練と教育で子供たちの体力はアスリート並み。みな6 ヶ国語を操り、18 歳の長男は名立たる大学すべてに合格。しかしある日入院していた母・レスリーが亡くなり、一家は葬儀のため、そして母の最後のある“願い”を叶えるため旅に出る。葬儀の行われるニューメキシコまでは2400 キロ。チョムスキー※は知っていても、コーラもホットドッグも知らない世間知らずの彼らは果たして、母の願いを叶えることが出来るのか…?(※ノーム・チョムスキー=アメリカの哲学者、言語哲学者、言語学者、社会哲学者、論理学者。)