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アレクサンドル・コット監督作品『草原の実験』レビュー

9月26日(土)〜シアター・イメージフォーラムにてロードショー!ほか全国順次公開!!

言葉を排した美しき「ファンタジー」に、突如襲い掛かる破滅の「リアリティ」

「実験」。この響きから、何やら不穏な物語を予感してしまう。確かにその予感は間違ってはいなかった。しかし、背徳的なものを容赦なく突きつけられるのかと思いきや、映画が残したものは感嘆する程の美しい映像体験であった。それ故、衝撃の結末にはおぞましさを感じずにはいられなかった。
見渡す限りの大草原に、まるで難破船のごとく孤独に建つ小さな家。そこに住む少女ジーマと、彼女の父親。外部からやってきたプロペラ機を一時だけ借りて、父が嬉々として操縦するシーンがある。ジーマが柵の上に羊の毛を並べながらひっそりと見ている。羊の毛の奥で飛ぶプロペラ機は、あたかも絵本の中にいるように、優雅に雲(羊の毛)の上を飛んでいる。家の中には、ゴーグルを頭の上に付けた父の肖像画や、世界地図。二人は外の世界に憧れを抱いている事が分かる。朝、トラックで仕事へ向かう父に運転の仕方を教えてもらうジーマ。トラックを降りて家へ戻る途中、馬に乗った幼馴染の青年がジーマを後ろに乗せて家まで送り届ける。お礼に水を差し出すジーマ。その後、偶然にもジーマの住む家に訪れる金髪の青年。ジーマと金髪の青年は自然と惹かれ合う。その先では、ジーマを巡って幼馴染の青年と金髪の青年が争う事になる。
まるで純愛ラブストーリーのように物語が進む中、不吉な予感を外部の存在から感じ取れる。草原を走る軍用トラックや、一通の手紙、鉄条網。台詞が一切ない本作では、観ながら想像していく他ない。しかし、それが映像の美しさと相まって「ファンタジー」を見事に築きあげている。監督のアレクサンドル・コットは、影響を受けた作品の一つとして新藤兼人監督の『裸の島』(1960)を挙げている。『裸の島』も主人公たち家族は台詞を一切用いない。二つの作品のもう一つの共通点としては、何度となく水が映し出される。『裸の島』では農作業を行う夫婦が作物に水を注ぐカットが何度も挿入される。水はすぐに水分として吸収される。本作では、枯れ木に向かって延々と流れる水の表現に始まり、幼馴染の青年と金髪の青年はジーマを求めるのと同時に井戸の水も求める。ジーマと金髪の青年が恋に落ちる瞬間に至っては、井戸の水面に二人が映し出されるのだ。『草原の実験』では、井戸の水は癒しの象徴として機能しているように見える(しかし、雨は災いの予感をもたらしている)。『裸の島』では、日々繰り返される労働、生活の意味での水を注ぐ表現だと感じる。その様に見比べると、本作のファンタジー性の濃さがより一層浮き彫りになる。
窓から差し込む光の美しさ、少女の佇む姿と透き通る瞳、まるで絵画のような映像美。また、沈みゆく夕日を遠近法で父が食べてみせるシーンは秀逸だ。言葉のない中でのコミュニケーションがどれも微笑ましい。後半、外の世界に憧れを抱いているジーマは、やはり金髪の青年を選ぶ。二人が結ばれる様子を、翌朝並んで干されている衣服が物語る。風によって干された服の袖が隣の服を抱きしめるようになびく。惚れ惚れするような映像によって、気が付くと映画の中にのめり込んで体感しているのだ。この不思議な浮遊感、どこかで感じた事がある。言葉を発さない少女と老人の関係性や、孤立した船での生活、外部からやってくる青年との恋愛を描いた『弓』(監督:キム・ギドク/2006)に似ているのかもしれないと思った。要素を挙げてみると、近いものを感じる。しかし、後味に関してはまるで違う。住んでいた場所が崩壊していくという意味では同じだが、『弓』は一貫してファンタジーだったのに対して、本作は強烈な目醒め、「リアリティ」が押し寄せる。
『サクリファイス』(監督:アンドレイ・タルコフスキー/1987)では、テレビから突然、核戦争が勃発した事が告げられる。まさに本作でも、逃げ場の無い状況が巻き起こる。そこには、人間の質素な営みなど一瞬にして無にしてしまう脅威があるのだ。小学生の頃に図書室で取り憑かれたように読んでいた「はだしのゲン」のあたかも自分の身に起こっているような現実感を思い出す。作品における「リアリティ」というのは、ただ現実的であるという事ではない。自分と関わりがある、身を置いていると思えるまでの過程がそう感じさせる。『草原の実験』の凄みは、没入させるほどの「ファンタジー」を映像と音だけで表現していた事なのだ。映画を観終わった時に、これは監督による観客に向けた「実験」でもあったのではないかという考えが頭をよぎった。
ロシア映画といえば、アンドレイ・タルコフスキーの『惑星ソラリス』(1977)や『ストーカー』(1981)、アレクセイ・ゲルマンの『神々のたそがれ』(2015)など、ハリウッド大作にはない芸術性の高いSF映画を生み出している。今作もその系譜に当てはまるのかもしれない。SF映画というより、ロシア版ディザスタームービーとでも言ったら良いだろうか。勿論、エメリッヒ映画(『デイ・アフター・トゥモロー』『2012』など)のようなエンタメ性がある訳では無いが、驚愕さで言ったら全く引けを取らないであろう。むしろ勝っている。映像に魔力が宿ったと言っても過言ではない。大草原の中に身を置いて、「実験」とは何かを是非その目で確かめてみてほしい。
アレクサンドル・コット監督作品『草原の実験』

9月26日(土)〜シアター・イメージフォーラムにてロードショー!ほか全国順次公開!!

『草原の実験』

(2014年/ロシア/96分/カラー/シネスコ/原題:ISPYTANIE/©Igor Tolstunov’s Film Production Company)

監督/脚本:アレクサンドル・コット

製作:イーゴリ・トルスツノフ

出演:エレーナ・アン、ダニーラ・ラッソマーヒン、カリーム・パカチャコーフ、ナリンマン・ベクブラートフーアレシェフ
  • 『川邊崇広(かわべ・たかひろ)』
    1984年生まれ、映画美学校10期卒業。修了制作『見知らぬ恋人』(2010)を監督。『思惑』(2013)が、2013年の福岡インディペンデント映画祭で優秀賞を受賞。近年は、LOAD SHOWディレクターとしての活動とともに、CM制作、短編映画『フラフープ』(2014)を監督するなど幅広く活動中。
    https://www.youtube.com/watch?v=4Jl-NJ2j6jM