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【連載】アジア映画の森の歩き方vol.1 韓国 歴史篇(石坂健治×夏目深雪)

2000年まで--80年代のアヴァンギャルドと90年代のプライベート

夏目 『アジア映画の森――新世紀の映画地図』(作品社)という本をアジア映画専門家やアジア映画好きのみなさんと作ってからもう二年経ってしまいました。この連載「アジア映画の森の歩き方」は、国によって違う歴史を持ちながら、個々の流れによって日々泡のように生まれては消えているアジア各国の映画の新しい動きを追いつつ、歴史的なことも新しい観点から捉え直してみようという企画です。Vol.1は今、一時期のブームからちょっと落ち着いてしまってはいましたが、今また再度の盛り上がりを見せている韓国を扱いたいと思います。


今回は「歴史篇」ですが、まぁ基本的な歴史は『アジア映画の森』で門間貴志さんが書かれている総論を読んで頂くとして、石坂さんがされた韓国絡みのお仕事というとなんといってもキム・ギヨンの紹介が一番有名ですね。石坂さんがどのように韓国映画をご覧になってきたか、ということを中心にお話をお伺いしながらざっと今までの流れをおさらいして、「現代篇」に繋げたいと思います。


石坂さんは韓国映画を観始めたのはいつからなんですか?
石坂 1980年代、大学生の時ですね。ちょうど東アジア映画のニューウェイブ――香港がちょっと早いんだけど、台湾に飛び火して、そして中国と韓国、という4つの地域の新しい映画――が一気に押し寄せてきたんです。それぞれ繋がっているのかと思ったら案外そうでもなくて、バラバラに盛り上がっていた。それは後から分かるんだけど。


実感としては、漢字の名前の映画人がワーッと出てきたっていう感じかな。まぁその頃の東京は今みたいに上映環境はよくなかったけど、韓国のイ・ジャンホとペ・チャンホをPFF(ぴあフィルムフェスティバル)が熱心に紹介していたり、大島渚監督が海外の映画祭でイ・ジャンホの『風吹く良き日』(80)を観て感動したといって、応援をしていたり。それで名前を知って、観るようになりました。当時はセゾン系の文化施設がいろいろあって、字幕もないような上映だったけど、そこで観て、あとは韓国大使館の付属の韓国文化院の月例上映会に通いました。
夏目 今でこそ市民権も獲得しつつあるアジア映画ですが、その頃はほとんど一般の方には受け入れられてなかったんですよね。
石坂 そうですね。大島監督や佐藤忠男さんがどこか海外の映画祭で観たという情報が入ってくるくらいですよ。韓国文化院の上映だって、在日コリアンの常連さんたちが楽しみに通ってくる感じだったし。
夏目 具体的にはどういうところが魅力だったんですか。
石坂 後づけで背景も色々と分かってくるんだけれど、80年に光州事件(※1)が起きていて、韓国のイメージは暗い軍事体制だったんだけど、彼らの映画にはアバンギャルドな表現が満載だったんです。特にイ・ジャンホの『風吹く良き日』とか『馬鹿宣言』(83)。基本はリアリズムです。当時のソウルの下町を描いているなかに、時々すごくシュールで破天荒な映像が入ってきて、パワーを感じたんです。それはたぶん、軍事政権の中での精一杯の芸術的抵抗だったということだと思うんですけど。


ただイ・ジャンホとペ・チャンホの2人は、80年代を疾走して失速しちゃった。90年代以降、韓国社会が民主化に向かっていくと、ちょっともうテーマがなくなっていく感じでした。
夏目 石坂さんが東京国際映画祭(以下TIFF)で特集されているのはもうちょっと前の作家ですよね。『下女』(60)のキム・ギヨン、『誤発弾』(61)のユ・ヒョンモク…。
石坂 60年代初頭に、一瞬だけど軍事政権の間に学生革命が成立した時期があって、その前後に『誤発弾』や『下女』、シン・サンオクの『離れの客とお母さん』(61)のような傑作が出た時代があったんです。ただ、韓国では長い間、反共映画もたくさん作られました。反共映画なんて、今となっては観る機会がないからピンとこないかもしれないけど。だから『シュリ』(99/カン・ジェギュ)とか『JSA』(00/パク・チャヌク)が出た時はびっくりしました。韓国映画の場合、南北分断がずっと一番のテーマだけど、北朝鮮の描き方がそこでガラッと変わったという印象でした。
夏目 イ・ジャンホ、ペ・チャンホは北朝鮮は描いていなかったんですか?
石坂 ペ・チャンホには朝鮮戦争の銃後の女性たちに焦点を当てた『その年の冬は暖かかった』(84)があるし、イ・ジャンホの『旅人(ナグネ)は休まない』(87)は国境線をさまよう話だけど、いまみたいに朝鮮戦争や南北分断の話を商品化する、みたいな意識は彼らにはなかったと思います。むしろ分断国家の矛盾をアバンギャルド的に爆発させるということが80年代的な彼らの表現だった。
夏目 90年代になると、そういうアバンギャルドなところは落ち着いてしまうんですよね。ホ・ジノとかホン・サンスですね。
石坂 ホ・ジノやホン・サンスがデビューするのが90年代後半で、もうちょっと個人的なテーマ、冷静でプライベートな感じですね。

2000年代--残虐路線と脱北者もの

夏目 イ・チャンドンの『ペパーミント・キャンディー』が99年です。
石坂 いわゆるブロックバスター大作が量産され、国家が映画をプロモートしはじめる直前に、そういった個性的な映画作家が何人かデビューしています。そして99年の『シュリ』を境にブロックバスター映画のブームが始まります。
『シュリ』は自分の恋人が北朝鮮のスパイだったという話ですが、善悪の対立ではなく、朝鮮半島=民族全体の悲劇という立場に立ち、しかも派手な大作に仕上げるという方向を打ち出したのが画期的だった。
夏目 それまでの北朝鮮の人々の描き方とは全く違うわけですか?
石坂 それまでは北朝鮮兵は鬼のようなキャラクターにカリカチュアライズされていたり、あまりリアリティーがなかった。韓国では段階的に検閲が撤廃されていくのがやはり90年代後半です。
夏目 ああ、検閲があったからアバンギャルドな描き方にならざるを得なかったということですか。
石坂 作家の側に立てば、シークレットなメッセ―ジ、という戦略になる。まともに「北朝鮮の人々も人間だ」みたいな描き方をすると、「容共映画」と呼ばれて、60年代には監督が投獄されたりしたんですよ。
夏目 じゃあやっぱり99年に検閲が撤廃されて、今までの膿を出すように、なだれうつように、韓国映画の時代が始まったということですね。2000年代は、まぁ一言でいえば残虐路線ですね。
石坂 それまで検閲があった国が、検閲がなくなってレイティングだけになった時、たがが外れるとどうなるか、という代表例ではないですか。古くはハリウッドでも、検閲制度であるヘイズ・コード(倫理綱領)が1968年に廃止される前後から、アメリカン・ニュー・シネマの全盛期がやってきた。
夏目 『俺たちに明日はない』(67/アーサー・ペン)ですね。とりあえず銃を撃ちまくり、人間の身体に穴を開けまくると。
石坂 検閲が廃止されたとたんに、今までできなかったことに関してエスカレートしていくというのは、歴史的に比較できると思います。
夏目 あと、復讐ものが多いのが2000年代の特徴ですよね。パク・チャヌクの『復讐者に憐れみを』(02)は私はとても好きでしたが…。『殺人の追憶』(03/ポン・ジュノ)にしても、観たあと何の救いも残らない。ああいうのが、2000年代的な突き詰め方であったような気がします。
石坂 『オールド・ボーイ』(03/パク・チャヌク)とかね。確かに救いのない映画が多い。
夏目 陰惨なまま終わるカタルシスに嵌っているような印象を受けましたよね。
石坂 特に脱北者ものは救いのない話が多いね。
夏目 まぁただ逆に言えば、サスペンスやアクションを作ろうという時に、日本だと絵空事でしかないという難しさもあるわけです。韓国の場合は、国家分断の問題があるので、まったく絵空事ではない。
石坂 映画が現実と切り結ぶリアリアティを持っているとも言えるし、言い方を変えると、南北分断問題を商品化しているとも言える。
2000年代前半、南北は政治的には蜜月なんです。2000年に金大中大統領が平壌へ行って金正日総書記と首脳会談をやっている。次はソウルで話し合いましょう、というところまでいったけど、結局そうはならなかった。でも2000年代前半は、正日くん人形がソウルで流行ったり、統一コリアのチームで国際スポーツ大会に出るとか、統一に向けての希望が語られるような時期だった。


映画にそくしてみると、2005年あたりがひとつのピークです。それは『トンマッコルへようこそ』(05/パク・クァンヒョン)という映画によく表れています。朝鮮戦争中、全く戦争と無縁の村に南と北の兵士が迷い込んで、徐々に仲良くなっていく、というおとぎ話みたいな映画。朝鮮戦争を体験している世代からは「こんな話ありえない」と批判されましたが、大ヒットして、日本でも公開されました。若い世代の希望的な表現のピークでしたね。


統一コリアの希望が再び遠のいていった時、2000年代後半に、今度は脱北者ものが目立つようになった。例えば『クロッシング』(08/キム・テギュン)という映画がありますね。あれなんか、北朝鮮の社会をまるで見てきたように描写している。ペットにしていた犬が、子どもが帰ってきたらいなくなっていて、あれ、と思ったら夕飯になっていた、なんて。北朝鮮の人から見たら大きなお世話だと言いたくなるんじゃないかと思うけど、ある意味、韓国が「代行」して北朝鮮を表象するような傾向が出てきた。


その後も、香港映画『男たちの挽歌』のリメイクの、『男たちの挽歌 A BETTER TOMORROW』(10/ソン・へソン)。チョウ・ユンファ主演のオリジナル版のシリーズの背景にあるのは、冷戦時代、とくにベトナム戦争の時期の香港とベトナムの関係です。他方、韓国版は脱北者が韓国に流れ込んでヤクザになっていく、という話で、ああ、こういう風に見事に変換するんだと思いました。
『ムサン日記 白い犬』(10/パク・ジョンボム)も安易な救いは見せていません。
夏目 『プンサンケ』(11/チョン・ジェホン)も確かにトーンは暗いですね。

2000年以後--韓国映画の美しい夢と国家の現実

夏目 まぁ、ただ一方で、韓国映画って、すごく美しい夢を見せてくれるものもありますよね。
石坂 『八月のクリスマス』(98/ホ・ジノ)みたいな映画のこと?
夏目 私の中ではちょっと違いますね。狂気のように美しい夢。確かにそんなに数はないと思いますが、大ヒットした『冬のソナタ』とか、石坂さんがTIFFで上映した『妖術』(10/ク・へソン)とか。まぁ悪く言えば少女マンガなんですけど、ああいう映画って他の国からはなかなか出てこない気がします。
石坂 確かにね。ロマンチックで、毒もあって。
夏目 そんな夢よく見れるなっていうくらい美しい夢。最近の作品だと、『怪しい彼女』(14ファン・ドンヒョク)がそんな感じでしたね。ああ、韓国映画が帰ってきた、っていう感じがしました。
石坂 大学の同窓会的な映画はよくあるよね。『サニー 永遠の仲間たち』(11/カン・ヒョンチョル)とか『建築学概論』(12/イ・ヨンジュ)とか。
夏目 『サニー 永遠の仲間たち』もよかったですね。
石坂 スポーツ映画もいいのがありますね。TIFFでやった『重量ガールズ キングコングを持ち上げろ!』(09/パク・ゴニョン)とか『国家代表!?』(09/キム・ヨンファ)とか。いずれも弱小チームが驚異的に頑張る話だけれども、グッときます。
夏目 映画の夢としての装置の、一番純粋で綺麗なところを、ガッと掴むのは、韓国映画が一番上手い気がします。
石坂 確かにわし掴みにされますね。
メロドラマってことで言えば、80年代くらいまでは「女子転落もの」が多かった。女性が転落して娼婦になっていく話。
夏目 今はキム・ギドクくらいしかやりませんけどね。
石坂 そうですね。だからキム・ギドクは韓国映画史を継承していると言えなくもない。彼はそうとう意識的だと思います。
夏目 石坂さんと言えばキム・ギヨンですが、キム・ギヨンの系譜を継承している人はいないんですか。
石坂 そうねぇ。『下女』のリメイク(『ハウスメイド』10/イム・サンス)も全然違う話になっちゃってたし。
夏目 結局、検閲があることが映画表現にとって悪いことばかりでもなかったということですか。
石坂 いや、表現が規制されることがいいはずないけど、作家の側がしたたかになるというか、ならざるを得ない面はある。『下女』なんか、やっと家が持てたプチ・ブルジョワジーの一家がお手伝いさんによってガラガラと崩壊していくっていう話でしょう。日常の裂け目をわざと広げて見せて、国家が保証する平和な日常なんて実はそうでもない、というしたたかな映画ですよ。
夏目 そうすると、石坂さんとしてはキム・ギヨンほど嵌った現代の韓国監督はいない感じですか?
石坂 私はホン・サンスが大好きなんですけど。低温やけどみたいな感じがたまらない。引きずる映画、です。
夏目 えっ。それは意外です。全然タイプが違うと思うので。
でもこれは現代篇で話すことになると思いますが、『テロ,ライブ』(13/キム・ビョンウ)のように「国家を撃つ」映画が、90年代から2000年代にかけてはあまりなかったことは事実ですよね。
石坂 韓国は、日本で言えば学生運動の闘士たちが、民主化運動で勝ってしまった。なので、そういう人たちが政府の中にいたりして、体制と反体制の二元論に収まらないところがある。映画振興政策のスピードなんて物凄いでしょう。いいことは全部、一気にやっちゃったりするんで、反体制の表現がむしろ難しい面があると思う。「国策」というのがポジティブな意味にもなる。日本は芸術文化に関する国策は、戦時中に一度やって失敗してるから、もはや無邪気に推進できないでしょ。そこの違いは大いにあると思いますね。
夏目 まぁでもそれは長く暗い過去があって、初めて花開いたというか。
石坂 そうね。でもイ・チャンドンの『ペパーミント・キャンディー』なんかは「国家を撃つ」ところはあったと思うけどなぁ。
夏目 ああ、確かにイ・チャンドンはそういうところはありますね。
石坂 『ペパーミント・キャンディー』は、自殺しようとする男の人生が、過去にどんどん遡っていって、20年前の光州事件で軍人として人を殺していた、というところに至る。失われた20年を遡るんですよ。そういう歴史認識は、イ・チャンドン独自のもので、非常に印象的です。普通の感覚で言えば、韓国の軍事政権が終わったあとは、民主化の20年なんですよ。それを「失われた20年」という逆の認識で語っていく。
夏目 私もイ・チャンドンは好きな作家ですが、彼の持っている問題意識って、韓国ローカルの問題というよりは、先進国がみな共有している高度資本主義社会の行き詰まりであるような気もしてしまうことも事実です。
若い世代は2000年代の作家とは違う可能性を模索したり、新たな方向性を目指しているように思います。そのなかで韓国独自の問題にも斬り込んでいる映画も出てきているのではないか。このあたりで現代篇に繋ぎたいと思います。本日はどうもありがとうございました。
(※1) 光州事件…1980年5月,光州市で起こった大規模な反政府デモに対し,軍隊が出動して多数の死傷者を出した事件。デモは,前年の朴正煕大統領暗殺事件以来の政情混乱の中で布告された全斗煥将軍の非常戒厳令に対し,その解除を求めて起きた。
構成: 夏目深雪
  • 『石坂健治(いしざか・けんじ)』
    1960年東京生まれ。早稲田大学大学院で映画学を専攻。90~2007年、国際交流基金専門員としてアジア中東映画祭シリーズを企画運営。07年より東京国際映画祭「アジアの風」(13年より「アジアの未来」)部門プログラミング・ディレクター。11年開学の日本映画大学教授を兼任。共著に『ドキュメンタリーの海へ 記録映画作家・土本典昭との対話』(現代書館)、『ひきずる映画』(フィルムアート社)など。
  • 『夏目深雪(なつめ・みゆき)』
    批評家、編集者。雑誌やWEB、書籍に映画評、劇評、インタビュー等を寄稿。共著に『ゼロ年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など、共編書に『アジア映画の森―― 新世紀の映画地図』、『アジア映画で<世界>を見る 越境する映画、グローバルな文化』(ともに作品社)。「批評」と「編集」によって世界を切り取ろうと奮闘中。2011年F/T劇評コンペ優秀賞受賞。