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鼎談採録 石坂健治×野崎歓×夏目深雪「アジア映画の境界線」 vol.2

『アジア映画で<世界>を見る 越境する映画、グローバルな文化』(作品社刊) の刊行を記念して、トークショー付上映会が開催された。最終回の2/2に濱口竜介監督の『THE DEPTHS』が上映された後、編者の三人で行われた石坂健治氏、野崎歓氏、夏目深雪氏のトーク採録を掲載!

新しいアジアの映画――『THE DEPTHS』

夏目 濱口監督は実は本の製作過程に深い関わりがあります。この本の前身となる『アジア映画の森 新世紀の映画地図』(作品社刊)という本が出版されたばかりの、2012年の夏のことです。吉祥寺の百年という古本屋さんで濱口監督と野崎さんのトークショーがあったんです。その打ち上げの席で、野崎さんから「西洋から見たアジア映画」というようなテーマで書きたい、と打ち明けられたのが、この本の第三部の着想のきっかけです。

『アジア映画の森』がアジア映画好き以外の方に広まったか、というと心もとないところがあって、何か広がりがあるようなことがやりたかった。それでアジア映画を専門とする方以外の方にアジア映画について書いて頂くということを思いつきました。野崎さんがトップバッターの章にしたらみんな安心して書いて頂けるんじゃないかと。

私も野崎さんも濱口監督のファンだと思いますが、この映画について野崎さんはどんな風にご覧になりましたか。
野崎 『THE DEPTHS』についてこの本で夏目さんが書いていますが、僕は非常に共感して読みました。韓国人のカメラマンが男娼の青年を撮っているうちに、ある意味で逆転現象が起こるというか、それまでの境界を踏み越えていくようなことが起こる。夏目さんは「この映画での〝写真〟はそのまま〝映画〟のメタファーになっている」んだと書いていますね。「韓国のトップカメラマンと日本の男娼という別の世界に住む二人が、〝写真〟を間に挟んで一瞬ではあるが夢を見、それは儚く消えてしまう」。つまり、この映画自体が韓国と日本との共同製作だったわけですが、作品の成立の仕方自体をも描き込んだ一つのメタファーをそこに見るというのは、全く文句のない捉え方だと思います。

さらに言えば、『THE DEPTHS』のような映画こそ今公開するべき映画なのではないかと思いますけどね。これだけ日韓の距離が開いてしまっている時期に、まさに待望される映画なのではないかと思います。映画としての美的な快感と、そこで問われている社会的な問題が非常に面白い結合の仕方を見せている素晴らしい映画だと思います。

僕らの世代でアジア映画というとやっぱり侯孝賢(ホウ・シャオシェン)とかから目覚めたということになるんです。侯孝賢の映画はとにかく電車ばっかり出てきますよね。その後90年代ウォン・カーウァイの映画に取りつかれた時も、必ず電車のショットがワンショット出てくる。濱口監督の撮る電車も素晴らしいですよね、『親密さ』の電車は本当に忘れがたい。パラレル・ウェイズというか、電車が並列しながら離れていくという。それ自体が映画のムーブメントを作り出している。

侯孝賢からウォン・カーウァイ、そして濱口監督へと続く路線のなかに、僕にとってのアジア映画の一番興奮させられる部分があるな、と思います。
石坂 『THE DEPTHS』のラストシーンは車ですけど、確かに今野崎さんがおっしゃったみたいになっていますよね。カメラマンが乗ったタクシーの隣に男娼の乗ったタクシーが来て、一瞬目が交差して、そして別の道にそれぞれ分かれてしまう、という。あれは本当に見事ですね。侯孝賢の『珈琲時光』にもそういうシーンがあったと思います。

日本と韓国では、製作システムが非常に違うんですよね。それがそのまま出てますよね。夏目さん、現場見ていないのによく分かったなと思ったんですが。
夏目 取材した時、監督もプロデューサーもそこは非常に強調していましたね。
石坂 テーマ的にもジェンダーがまず揺らいでいて、ナショナリティも、言葉はチャンポンで出てくるし、揺らいでいる。そこがまさに映画のテーマとイコールになっているという。新しいアジアの映画、日韓の映画だな、と思いました。劇場公開されていないというのは不思議なくらい、面白い作品ですね。

私が教えている日本映画大学でも、昨2013年に一本、韓国の国立総合芸術大学と国際共同製作をしたんです。『THE DEPTHS』は東京藝術大学の大学院と韓国の映画アカデミーというもう30年くらいの歴史がある学校との共同製作で長編ですが、うちはまだ15分の短編1本で、まだまだなんですが。韓国側(監督、脚本家、プロデューサー、主演男優)が日本に来て、主演女優とキャメラマン以下のスタッフは日本勢で、川崎で撮ったんですが、やっぱりやり方が全然違って、かなり議論してね。でテーマがなんとなく似てるんだけど、援助交際をしている日本の少女と、日本にいる韓国ビジネスマンのその後、というような『風邪』という作品です。これは面白かったですね。
夏目 それは韓国側の脚本ですか?
石坂 韓国側の脚本・監督です。
夏目 『THE DEPTHS』も、最終的な脚本のクレジットは濱口さんと大浦さんになっているんですが、元々の構想は韓国側から出してきたものだそうです。そういう際どい題材をやるっていうのは…。
石坂 そうね。わざわざ日本でやるっていうのは、何かあるのかもしれないね。ウチが組んだ国立芸大のチョン・ジヨン監督は女性でしたね。
夏目 韓国は女性の映画人がすごく頑張っているんですよね。
石坂 それで国際共同製作の面白さっていうのはね、日本の援交少女っていうのは、キアロスタミの『ライク・サムワン・イン・ラブ』なんかでもありましたが、この映画では設定は日本人だけど性格が韓国人なんですね。韓国人のビジネスマンに迫って追いかけたりしてね。奇妙なリアリティというか、「映画だな」という捻れがあって。『THE DEPTHS』もジェンダーが揺らいでいるけど、日韓でやったが故のある種の匂いが濃厚に出ていますね。
野崎 かなり冒険的な映画だと思いますね。実際にその揺らぎ自体が体験としてこちらに伝わってくるというのが貴重で、最初からきっちりとそれを目的にして撮っていたら面白くない、むしろ類型的なドラマになったかもしれないんだけれども。
石坂 撮影を見ても、カメラのファインダーを覗いた画角とか、鏡の使い方とか、濱口さんってすごく「映画って何?」ということを意識していると思いました。それは彼が震災後に撮った東北記録三部作にも繋がっていくな、と。
夏目 もちろん東北記録三部作など濱口さんの他の作品も素晴らしいんですが、私はこの『THE DEPTHS』が実は一番好きで、日本を撮っているのに日本のようではない撮影も、捩れ方も、俳優も、本当に素晴らしいと思います。
石坂 一種のハイブリット性みたいなことが、こういう風に実現するなんて…というところですね。うちの大学のものと一緒にまたぜひ上映したいですね。結構通じるところがあるんですよ。
夏目 それは軋轢が大きい分複雑さが出る、ということですよね。
石坂 そうそう。話としてはまとまっているんだけど、水面下で異文化が衝突している感じね。
夏目 スタッフがみんな外国人で、日本で撮影した映画で、日本人から見ると頭にはてなマークが浮かんでしまうような映画も、まぁあるじゃないですか。
石坂 そう。でもね、スタッフが混じるって本当に大変よ。悪くいったら空中分解してしまうような、そこは紙一重でね。
夏目 そうですね。そこが逆に良さとなって出ているわけですよね。
野崎 ハイブリッドというのは、確かに僕がはじめて濱口さんの映画を観て驚いた感じによく当てはまるような気がしますね。『なみのおと』にしても、現地に行って何か撮りたいと思う人は沢山いると思います。ただ『なみのおと』は震災の爪跡を映すドキュメンタリーというよりは、現地の方に震災の体験を語ってもらう「語り」の映画です。それを小津みたいな真正面からの切り返しで撮る。ああいった場で切り替えしの連続で撮るっていうのはある種倒錯的ですよね。だから、単に現地に行って撮るというよりは、様式化という試練を自らに課しているような…。

あの映画は、濱口監督に伺って驚いたんですが、現地の方に喋ってもらったあとで、いったんシナリオに起こし直しているそうなんです。そうしてテキスト化してから編集していると。何重もの作業を経ることによって、形を与えるということなんですね。
石坂  ある意味編集によって演出するということですよね。
野崎 そうですよね。演出によってしか「現実」に近づけないということでしょうね。そう過程を経ているので、彼の作品には芯になる強さのようなものがあると思うんです。
夏目 『THE DEPTHS』の話に戻しますが、濱口監督が仰っていたのは、国際共同製作は本当に大変だったということです。「もうやりたくない、でもやりたい」という、相反する感情に見舞われたそうです。非常に映画監督として、作品を作るうえでの成長に繋がるのではないでしょうか。見込みのある監督はどんどんやるといいのでは。
石坂 そうですね。濱口監督とは違いますが、アジアとの付き合い方という意味で、面白いのは空族がいますね。「行ったり来たり」というのでね。(vol.3に続く)
『THE DEPTHS』
監督:濱口竜介/ 脚本:濱口竜介、大浦光太
出演:キム・ミンジュン、石田法嗣、パク・ソヒ、米村亮太朗、村上淳 
2010年/日本、韓国/121分