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『Playback』公開1周年記念! [映画女優・渡辺真起子ナイト]トーク採録 「どこまでも映画に関わること」

2013年5月4日(土)の夜、この日京都シネマで公開となった『Playback』関連イベントとして、京都みなみ会館にて〈渡辺真起子 アジアン・フィルム・アワード最優秀助演女優賞受賞記念オールナイト上映〉がおこなわれた。諏訪敦彦監督作『M/OTHER』(99)の上映後、自身初の特集ということもあり緊張した面持ちで登壇した渡辺真起子さんに、その緊張を和らげるように客席の最前列から花束が手渡されるという嬉しいサプライズとともに、この日のおよそ1時間にわたるトークイベントの幕が上がった。『Playback』プロデューサー、松井宏を聞き手に自身の初期のキャリアについて、即興演技について、監督について、海外映画祭についてなど、ひとりの女優の実感のこもった言葉で、愛する映画について多いに語っていただいた。

「俳優はもうやめちゃっていいんじゃないか、ぐらい思った」

渡辺 本日はどうもありがとうございます。いきなり集中力を強いられるような『M/OTHER』上映で幕を開けるという、先が思いやられるオールナイトかもしれませんが(笑)、もう少しお付き合いください。
松井 今日から京都シネマで公開している三宅唱監督『Playback』という、真起子さんも出演されている映画のプロデューサーを務めました松井と申します。今日は聞き手で参加させていただきます、よろしくお願いします。
渡辺 よろしくお願いします。
松井 本来ならここに三宅監督がいて、真起子さんと並ぶことがベストだったんです。ただ今夜は監督の地元である札幌も公開初日でして、監督はどうしてもそちらに行かなければならず、心細いですがふたりで楽しくやっていければ幸いです。
渡辺 実はみなみ会館さんでは、2000年に『M/OTHER』を上映していただきましたが、そのときもたしか監督不在で、私ひとりで舞台挨拶をしたんです。この劇場にお世話になるときはかならず監督がいないという、そんなトラウマに悩まされそうですね(笑)。監督がいないと俳優なんて何もできないんだな、なんてちょっと心細い気持ちになっています。
松井 でもこのオールナイトは『Playback』公開記念であると同時に、真起子さんのアジアン・フィルム・アワード最優秀助演女優賞受賞記念でもありますから。
渡辺 ありがとうございます。
松井 そしてもうひとつ……。
渡辺 アジア太平洋映画祭という、戦後アジア映画を盛り上げようと各国の商業映画の方々が設けた賞がありまして、そこで日本人としては初めて最優秀助演女優賞をいただきました。
松井 おめでとうございます。その記念でもありますので、今日の主役はやっぱり真起子さんでいいんです。ということで、いま皆さんに見ていただいた諏訪敦彦監督『M/OTHER』。真起子さんはずいぶん久しぶりに見直したんですよね?
渡辺 そうですね。劇場での公開から、もう13〜14年ぶりぐらいになりますか。当時見たときは元気になるというより「もういいや」という感じで。
松井 それはどうして?
渡辺 『M/OTHER』に出演したとき、自分の持っていたものを全部置いてきたというか、エネルギーをすべて使い切ってしまった感じがしたんです。もちろん、出し切ったと言えるほどのものを持っていたかどうかわかりませんが……。でもとにかく、俳優はもうやめちゃっていいんじゃないか、ぐらいに思ってしまったんですね。当時の自分は俳優をやりながらも、この映画で演じたアキさんという人物と同じように方向が決まらないまま、何をしたいのかもわからない状態だった。この先は別の仕事でこつこつ働いていけばいいんじゃないか、なんて思っていたんです。まあそれすら私にはできなかったかもしれないですが。

「自分が生きた証がくっきり残ってしまった作品」

松井 ひとりの俳優にそれほどまで考えさせた『M/OTHER』とはどんな映画なのか。おそらく今日初めてこの映画を見て「驚いちゃったな、面食らっちゃったな」と感じた方もいると思います。実際「普通の」映画とは異なる特殊なつくられ方をしています。エンドクレジットをご覧になって気づいた方もいるかもしれませんが、渡辺真起子さんも三浦友和さんも「キャスト&ダイアローグ」とクレジットされています。ダイアローグ、つまり劇中の会話を俳優たち自身が考え、つくったということですね。
渡辺 台詞はすべて即興です。その場で会話を成り立たせていくわけです。ただし、諏訪さんはハッキリ言いませんでしたが、俳優の状況を「説明をしない」という薄い縛りはあったように思います。
松井 あらすじや簡単なシノプシスはあったんですか?
渡辺 そもそもの話からしますと……、まず『M/OTHER』の前作として諏訪監督は『2/デュオ』(97)という、西島秀俊さんと柳愛里さん主演で、私も出演している処女長編を撮っているんですが、そこから即興による映画づくりが始まっています。諏訪さんは自分で脚本を十稿以上書いたにもかかわらず、自分の書いた言葉が自分で信じられなくなっていて、台詞を書いた途端に言葉の意味が失われていく、という状態になっていたらしいです。そうやって悶々としているなかで、キャストを決め、1日目の撮影が始まりました。ただ16ミリでの撮影で、限られた予算なのにものすごい量のフィルムが回ってしまって……。デジタルとは違ってフィルムは回れば回るほどお金がかかりますから、ちょっと危険なことになったわけです。そんなときに諏訪さんは「台本を捨ててしまおう」という発想に至って、私たちは即興での演技をやることになりました。もちろん俳優だけでなくスタッフにとってもこれは大変なことだったと思います。でもカメラマンのたむらまさきさんをはじめ、それを楽しむことができるスタッフたちが集まっていたんです。あれは奇跡のような1本だったのではないでしょうか。
 それを経て、じゃあ次の2本目を撮るのにどんな制作体制をとればよいか?となったとき、キャストに渡辺真起子だけがポンっと決まってしまった。実を言うと……。当時は「自分を売り込まない」という私なりの約束事を持っていたんですね。でもあの時だけ、何でかわかりませんが一生にひとりならいいかなと思って、諏訪さんとふたりきりになったとき、お願いしちゃったんです。「役者としてでなくてもいいので諏訪さんの映画に関わっていきたいです」って(笑)。諏訪さんのモノ作りの方法がすごく好きだったし、人としてもすごく尊敬していましたから。それで「じゃあやりましょう」となった。私でいいのか? と思いつつも、とにかく最初は嬉しかったですね。
 そこから諏訪さんと定期的に会う作業が始まりました。渡辺真起子という、二十数年間生きてきたこの人間にどんな物語が生まれ得るのか? それを探るために月に一度くらい会って、お茶を飲みながら「こんなこと、あんなことがありました」と私が話す。すると諏訪さんが「うん、うん」とだけ答える。「メモは取らないんですか?」「大丈夫。必要なことは覚えているから」って。え、いったい必要なことって何なんだろう?って悩んじゃったり(笑)。
松井 自分が試されている状態。これは怖いですね。
渡辺 こちらは俳優で彼は映画監督なわけだから、サービスして話したくなるんですが、まあ実際は無口なお兄さんと毎月一度会って「こんなことありました、あんなことありました。……今日は天気が良いですねぇ。……じゃあ終電で帰ります」という感じ。いったいどうやってその場にいればいいのかわからないままでした。そんなこんなでその1年間、私はまったく仕事がなかったんですよ。
松井 あえて仕事を入れなかったということ?
渡辺 いや、たんに仕事がなかった。だから自分は何に向かって生きているんだろうって考えましたよね。憧れも見失いかけていたし、仕事もないしお金もないし……。
松井 90年代後半あたり、いまよりも日本映画の価値が観客にとって低かった……。
渡辺 日本映画から人が離れていった時期だと思うんですよね。
松井 ただ『M/OTHER』のように、それまでとは別のやり方なり考え方によってつくられる作品が出てきた時期でもあるんじゃないですか?
渡辺 たぶん映画作りの手法というのは、それ以前からつねに試されてきているんです。問題は、その試みが何度も繰り返されるかどうか、またそれを求めている人たちの熱量がボっと集まるかどうかのタイミングだと思います。『M/OTHER』のときがまさにそのタイミングだったのかもしれない。ただ、渋谷のユーロスペースで公開したんですが、まあ当時の私と同世代のお客さんはほとんど来なかったですね。
松井 ではどんなタイプのお客さんたちが?
渡辺 この作品はカンヌ国際映画祭の「監督週間」という、メインとは別の、先鋭的な作品を集めたセクションで上映されて、賞もいただいたんです。だからそれで見に来てくれている方々や、映画を学ぶ学生さんたちだったり、いわゆるシネフィルの方々だったり、なかなかハードコアな客層だったと思います。
松井 なるほど。話は変わりますが、『M/OTHER』の相手役、三浦友和さんは、当時もちろん真起子さんとはキャリア、知名度ともに差があったわけですが……。
渡辺 いる場所がまったく違ったわけです。
松井 そんな俳優を相手にするというのは、実際どうでしたか?
渡辺 たしか三浦さんは、クランクインの3ヶ月ぐらい前に出演が決まりました。それを知った私の第一声は「えぇ!? 何を喋ればいいんですか!?」。そしたらプロデューサーの仙道武則さんが「……だろ?」って(笑)。
諏訪さんはもともとこの物語をカップルの話とは考えていなかったんです。まったくの赤の他人が同じ家に暮らすことになったらどうなるのか? そこが出発点でした。だから三浦さんと私は、互いに背を向けて、諏訪さんを挟んで三角形になってリハーサルをしていたんです。でもクランクインの1ヶ月前あたり、急に諏訪さんから「やっぱりカップルで」と言われて。ふたりとも「えぇ〜」ですよ。まあでも「じゃ、そういうことで」と、すぐに向き直りましたけど。
松井 即興での演技となると、やっぱり、ふたりのうちどちらがイニシアチブを取るかが問題になるんでしょうか?
渡辺 そうですね。ただし、そのイニシアチブが何に向かっているかでOKが出るか出ないかが決まります。諏訪さんはできるだけ力のバランスを分散させようとするというか……。演出の諏訪さん、それぞれ自分のテンションを持っている私たち俳優部、撮影部、照明部……、ヘアメイクに至るまで、とにかく関わる映画スタッフ全員が、等しく同じ力でそこにいること。それを諏訪さんは強いるんです。
松井 それこそ諏訪さんの手法というか、映画作りなわけですね。
渡辺 そう。そこにとことん身を投じたくなる。だから現場はものすごい集中力です。とはいえ三浦さんも私も、ちょっとどこか抜けた、のんびり屋さんタイプなんですよ。「あぁ、今日は天気がいいねえ」みたいな(笑)。だからというわけでもないですが、やっているうちに物語がどこに転がっていくのかわからなくなってくるんですね。みんなもちろんどこに向かうのか、その方向性は多少計算してはいるし、実際の日々の時間も流れてはいるんです。でも果たしてそれが本当に芝居として成り立っているのかどうかがわからなくなってしまう。それが作品のなかの時間においてはどうなのかが、計算できなくなってしまう。だからそれを人に見せていいのか?と、ずっと思っていました。たとえば私がダイアローグのなかで、ワーっと感情に任せて言ってしまったことが、でも完成してから「つまらない」と言われる可能性だってあるわけですよね。『2/デュオ』の完成後は、そういった点に関して監督が言葉で役者たちを守ってくれたんですね。だから安心すればよかったのかもしれませんが、自分がそこに立ってしまった以上、やっぱり無責任ではいられなくなるというか……。
松井 とてつもないプレッシャーなわけですね。でも同時に、そこには「ともにモノをつくる」という実感というか、喜びもある。
渡辺 もちろん他の作品に参加するときだって同じ感覚を持ってやっているつもりです。でも『M/OTHER』では、その感覚に強烈にさらされた感じがしていて。この感覚、とても説明しづらいのでうまく伝えられないんですけどね。
松井 今回のオールナイトの作品選びを真起子さんと一緒に考えていたとき、とにかく『M/OTHER』だけは絶対に皆さんに見てもらいたいと言っていました。いま話を聞いて改めて、これが真起子さんにとってすごく重要な作品なのだなと感じています。
渡辺 自分が生きた証がくっきりと残ってしまっている作品。得難い体験ですよね。もちろん他のすべての作品についても同じはずですが、自分の愚かさも含めて、自分の生理的な部分が強く残っているというか。本当を言うと今夜は「お客さんに見せたい」なんていう偉い話でもなくて、実は私がこの作品を久しぶりに見ることで、自分自身、解放されたかったんです。まあ公開以来、『M/OTHER』が上映される機会もあまりなかったですし。

映画に見初められた女優

松井 真起子さんにとって諏訪監督との出会いはとても大きかった。そしてこの後すぐ上映する『愛の予感』(07)の小林政広監督との出会いも、とても大きかったと思いますが。
渡辺 小林さんとの時間も、はじめからいまに至るまで、どうしても関係性が深くなってしまうというか……。人間って業が深いというか、人と向かい合えば愛されたいなと思ってしまうのが辛いですよね(笑)。世界中の人間に嫌われても生きていけると思えたら、こんなに幸せなことはないと思うんですが、やっぱりどこかで「私はここにいます」って言いたくなってしまう。どうなんですかね、俳優というのはもっと気張って、「私はこうだ!」と威張っていた方がいいんでしょうか?
松井 僕にはわからないですよ!
渡辺 そうだね(笑)。
松井 でもそこは人それぞれなのでしょうね。気張っているのが似合う人もいるだろうし、そうじゃない人もいるだろうし。真起子さんは後者なのでは?
渡辺 うーん、でもそっちに振り切れるほどの才能もないですし。
松井 今日はなんだかネガティブですねえ。
渡辺 今日はネガティブです、すみません(笑)。いつもはもっと元気なんですよ。でも今日はすごく緊張しているんです。このオールナイトが決まってから毎日のように居心地の悪い日々を過ごしてきたんです!
松井 たしかに、本当にずっと緊張されていたんです。でもがんばって続けましょう! ということで、小林監督との最初の作品は何になるのでしょう?
渡辺 『ええじゃないか、ニッポン宮城篇~気仙沼伝説』(06)という、未公開の作品が最初です。2011年3月の震災の前の気仙沼港が映っている映画です。ご当地シリーズのかたちで、全国各地で映画を撮る企画の1本でした。結局シリーズ化ができなくて、いまこの作品のプリントは気仙沼市に寄贈されています。
松井 では『愛の予感』は2本目だったわけですね。
渡辺 そうですね。小林さんはとても丁寧な方で、たとえば『バッシング』(05)などの新作が完成すると、出演していない私にも「ちょっと見に来ない?」と、上映に呼んでくれるんです。『幸福 Shiawase』(06)は同じ事務所の村上淳くんが出演していたこともあり、見に行ったら、あとで自宅にお呼ばれしまして。そしたら「今度これ撮りたいんだけどさ」と、バッと台本を渡されて、その場ですぐ読まされた。そのなかで〈男と女、路上で激しく絡み合う〉みたいに書いてあって、変わったテンションの映画だなと思いましたね。小林さんは脚本家でもありますし、書かれたものはものすごくシーンを思い浮かべやすい。実験的でおもしろそうな作品だなと思って「ちなみに相手役は誰ですか?」と聞いたら「僕なんだよね」と。小林さんの隣にはプロデューサーである奥さんがいるし、傍らでお子さんが遊んでいらして(笑)。ラブシーン的なことは、奥さんとしては問題ないんですか? って聞いたら「はい」という返事(笑)。ご存知の方もいるかもしれませんが、小林さんはわりと小柄で細身の方なんです。だから「図体のでかい私と本気で引張り合ったりなんてシーンは難しいと思うのです」と言ったら、もともとは別の俳優さん方にあてて書いたとのことで、その後小林さんはキャストに合わせいろいろ書き換えてくれました。小林さんは、つねにオリジナルの脚本をたくさん持っていらっしゃって。製本もしてあって、良いタイミングだと感じるときにそれを出してきて、書き直して撮っているんだそうです。
松井 なるほど、それもあって小林監督の作品はほぼ1年に1本のペースだったんですね。しかも脚本家としての仕事も入れると、かなりの本数になります。
渡辺 諏訪さんとは両極端ですよね。諏訪さんは昔「ダルデンヌ兄弟が3年に1本だから僕は5年に1本でいいんじゃないかな」なんて冗談で言っていましたよ。いまはどうかわからないですが、撮りたいと思ったときにしか撮らないと言い切っていました。
松井 たしかに、諏訪監督は97年に『2/デュオ』でデビューして以来、長編はまだ5本。
渡辺 そうなんです。だから『M/OTHER』を準備していた1年の期間は悩みましたよ。「撮りたいときにしか撮らない」と言っている監督がなかなかクランクインしないということは、つまり「私じゃダメなのか?」と思ってしまうわけですから。
松井 それは不安になりますよね。でもその分、それほどの経験は滅多にできないし、素晴らしい作品の片棒を担いだという事実は揺るがない。
渡辺 うん、私もやりたかったわけですし。『2/デュオ』の前に、梅林茂監督『Mogura』(96)という作品に主演したんですが、一言も話さないヒロインだったんです。私はもともとモデルの仕事をしていたので、つまり言葉のない世界にいた。だから役者を始めたとき、台詞を口にするとどうもエネルギーが下がってしまう気がしていて、ベラベラ話してグワーッと見せるような芝居がどうしても難しく思えて好きになれなかった。でも、だからといって急に上手になるわけではないし、どうすればいいんだろうと考えていて、「そうか、話さないヒロインならいいんじゃないか」と思った。そしたらまさに偶然『Mogura』のヒロインのオファーが来た。おかげで自分の思いがひとつクリアできたわけです。それで、じゃあ次に何をすれば自分の大きな力になるかと考えたとき「即興の演技だろう」と。書かれた台詞から解放されれば、何かが自分から生まれやすいんじゃないかと思ったんです。そしたら偶然『2/デュオ』の話が来た。まあそのときの主演のひとり、柳愛里さんが本当に素晴らしい女優さんだったので、ご一緒したかったので。次に、ヒリヒリした悲劇ではなく、ヒロインに見えないような、もっと凡庸な女性をやってみたいと思っていたら、『M/OTHER』でその通りの役を生きることになるんです。
松井 まさに「映画に見初められた女優」とも言えそうな……。モデルから役者になるにあたって、他人によって書かれた台詞を読むだけの役者ではなく、「台詞がない」とか「即興の演技」とか、別のかたちの役者を目指したというのは、すごくおもしろいですね。
渡辺 というよりも、自分の好きなものを分解していったらそれが出てきた、という感じですね。自分の考える「映画」をひも解いていって、結局印象に残ったのがそういうかたちだった。どうして日本ではそういった映画が撮られていないのかなと思って。もちろんつくられていないわけではなく見つけられていないだけだったんですが、当時の東京を見渡してみて、目に入る作品のなかにはほとんどないなと思っていました。音楽やファッションや小説など、若者が触発されるような他分野のもののなかには、少しはあるような気がしていたんですが、なぜ映画のなかにはないんだろう、と。私の勉強不足もありますが……。
松井 そういった違和感をつねに感じていたわけですね。
渡辺 たとえば映画という枠に入った途端、ある事柄がすごく非現実的にさせられてしまったり、逆にステレオタイプな「普通」がまかり通っていて、お金のない若者は四畳半に住んでいるとか、OLなんだけどいったい何の仕事をしているのかまったく描かれないとか……、そういうのがすごくつまらないと思っていた。日頃映画を見たり、役者として台本を読むなかで、どうも違和感を感じていたんです。その物語からつまはじきにされるように感じてしまう。私はやっぱり作品のなかと同じ空間にいたいし、そしてその空間が、スクリーンに投射されることでさらに深くなるべきだと思うんです。なんだか曖昧すぎますかね?
松井 いや、すごくわかるし、実感のこもった言葉です。真起子さんがいま言ったことは、「自然さを目指す」ということとは違うんですか?
渡辺 いわゆる「ナチュラルな演技」ということ? いや、かならずしもそうではないし、手法は何だっていいと思う。だって私、ミュージカル映画が大好きですし! 私が映画や映画館が好きだという理由は「そこにいるみたいだ」という感触なんですよ。誰々がそこにいる、そして私もそこにいる、という驚きなんです。とにかくスクリーンに映るその空間に参加したい。参加できるならば撮り方やジャンルは何でもいいんです。
松井 真起子さん、絶対にミュージカル映画似合いますよ。
渡辺 でも歌えないの。音痴なの(笑)。
松井 いや、絶対いけますよ。

俳優は演技をして終わりじゃない

松井 話は変わりますが、諏訪監督や小林監督はカンヌ国際映画祭やロカルノ国際映画祭でも賞を獲って、映画祭常連として、海外での評価も高い。諏訪監督なんてフランス資本で作品も撮っている。でも彼らの評価は海外と国内とでずいぶんギャップがあるような印象がしてしまう。
渡辺 海外の評価と日本の評価が違うわけではない。結局こちらが評価を感じているのは、海外の映画祭や、映画にまつわる人々のなかでの評価なわけです。つまりけっしてパリやナントのまちなかで評価を聞いたわけではない。ふたりの映画がエンターテインメントではないとは言いたくありませんが、やはり向こうでも興行成績が良いのは、日本と同じくアメリカ映画だったり、もっと間口の広い、わかりやすい映画なんですよね。だから彼らに関しては、海外の評価が高いというよりも、映画人の評価が高い、玄人好き、と言った方が正しいのでしょうね。
松井 でも真起子さんはそういった監督たちにこそ、求められている。
渡辺 たまたまです。お芝居も上手くないですし(笑)。正直これは悩みどころなんですよ。決められたことを決められたようにできない。もちろん努力はするんですけど、意識しているつもりでも、つい違うことをやってしまうんですよね……。
松井 ああ、それで思い出したんですが、『M/OTHER』のなかで子どもが、真起子さんのつくったナポリタンを「いらない」って言いますよね。そのとき真起子さんが「なに? 間違った?」って返すんです。あの言葉遣いや言い方は、役のものであると同時に、まさしく普段の真起子さんのものだと、強く感じたんです。
渡辺 彼氏の子供にナポリタンをつくってあげたことはないよ、ちなみに(笑)。
松井 まあまあ。でも、あの「なに? 間違った?」という言葉が発された瞬間、それまでの場の空気がガラッと変わるんですよ。作品のなかでもかなり重要な瞬間だと思えました。
渡辺 『M/OTHER』のときは、意識的そういうことをしようとしていました。行き詰まったら行き詰まったまま無言で劇が進んでしまうので、3人の関係を保つという意味でも、ひとつの手段としてそういう言葉を口にしたり。それから音で変化球を加えることも試しました。つねに薄暗い照明ですから顔の表情が見えるかわからない。だから身体で何か音を出すとか、ドアの音を強調するとか。あの劇中の家は、かつて米軍の人たちが住んでいた古い大きな家だったんですが、リビングを挟んだ距離感で、ふたりの雰囲気をふっと変えたり、何かが起こるキッカケとして、気持ちを音で出してみるなんてことはしていました。
松井 それからもうひとつ。三浦友和さんが後半「結婚しよう」と言いますよね。そのときにとても早い口調で「どうして?」と返す。あれも場の雰囲気を少しズラすというか、見ている側は虚をつかれるように感じるんです。
渡辺 たしかに、相手との距離を詰めたり、あるいは距離を測ったりするときの手段として、そのフレーズはいまでも使っているかも。
松井 さっき「違和感」というキーワードがあったように、「どうして?」という言葉は真起子さんの女優としてのあり方を示しているのかな、なんて思ってしまった。
渡辺 でもね、劇中で私が「あん?」って言っている箇所があって。あそこだけは、いったいこりゃどこのヤンキーだ? と、いまでも思いますね(笑)。実は撮影初日にあれをやってしまったんです。台本がない状況で芝居をしたことのない三浦さんは、わりと出来上がっているクルーの中にポンっと単身入るかたちになったので、なかなかの緊張感というかストレスがあったはずです。そんな三浦さんに対して、初日の芝居でいきなり「あん?」ってやってしまって。まったく優しくないですよね。そうやってスタートしたことの片鱗が、やっぱり後々にも残っているんです。それって幼かったと思います。この映画のアキさんは二十代後半から三十代前半の女性ですが、何かをしている気だけになって、鼻っ柱は強いけど、実際のところ自分の意志はまったくないよね……、なんて、今日はまったく他人事のように見てしまいましたね。
松井 他人事のように見られるってのは、いいことなんじゃないですか。さて、そろそろ時間も少なくなってきましたし、残りの上映作品の説明をしていきましょう。まず自分の出演作ではなく、真起子さんが見たい1本として選んでもらったダニエル・シュミット監督『カンヌ映画通り』(81)。今回はなぜこれを選んだのでしょう?
渡辺 今夜のこの機会をいただいたのは三宅唱監督の『Playback』という作品の公開に合わせてなわけですが、この作品は2012年ロカルノ国際映画祭のコンペに選出されて、現場のみんなにも喜びがあったんです。スタッフたちのなかにはこの『M/OTHER』を学生時代に見てくれた人がたくさんいました。実は私、あの映画はあまりたくさんの人に見てもらえていないんだろうなと勝手に思っていたんですね。でもそうじゃなかった。嬉しくて。もちろん私の力ではなくて諏訪さんの力ではありますが。
松井 『Playback』チームは撮影当時30歳前後のスタッフが多くて、その世代にとって『M/OTHER』はやっぱり見るべき映画の1本でした。
渡辺 「自分がその作品のなかにいた時間」みたいなものを、確かに見てくれていた人たちがいた。それがすごく嬉しかった。『Playback』がロカルノに行ったように、私も『M/OTHER』でカンヌに行きました。そのときの私の夢のひとつは、「どこまでも映画に関わること」でした。映画をつくるって一体何だろう、演技をして終わりではないだろう、この作品に自分も参加しましたと言いたい、監督だけが批判されるのではなく私も一緒にそれを受けたい……。だから1本の作品の入口から出口までずっと見届けてみたい、と考えていたんです。『M/OTHER』はカンヌの「監督週間」に選ばれたんですが、通常ならこの規模の予算の作品で役者たちを連れて行くなんて難しいので、私も自費で行きました。マイレージとかいろんな手段をうまく使って(笑)。プロデューサーも監督も、ものすごくラフに「マッキーもとりあえず行くよね?」と言ってくれて、そのラフな感じがとても心地よくて「行きます!」と答えちゃいました。「じゃあ現地集合でいい?」「いいです!」って。その頃のカンヌはまだゆったりとしていて、街行く人たちに声をかけられながら、毎晩毎晩みんなでお酒を呑んでいましたね。ただ思ったのは、まあもちろん憧れがあったことは否定しませんが、コンペで順位が決まることがその作品のすべてではない、ということ。それがわかっただけでもすごく良かったと思います。
 それで話を戻しますと、実は、私はまだ『カンヌ映画通り』を見たことがありません。今日いまから皆さんと一緒に初めて見ます。でも当時、カンヌ滞在中に諏訪さんが何度も「『カンヌ映画通り』みたいだね」と呟いていて、それからずっと、どんな映画なんだろう?と思っていたんです。小林さんも一緒に映画祭を回っているときに「僕がカメラを回すから『渡辺真起子が行くロカルノ映画祭』みたいなのをやってよ」なんて言ったり。やっぱり、そこで何かが起こるんじゃないかというイメージが映画祭にはあるんですね。だからそういった映画祭が与える憧れなどを、ダニエル・シュミットがうまく撮ってくれているんじゃないかなと、勝手に想像しています。
松井 映っていますよ、真起子さんがいま言ったようなことが。カンヌへの憧れと畏れ、カンヌが与えるファンタジーと現実、そしてどこか馬鹿馬鹿しい感じさえも、50分のなかに詰め込まれていると思います。
渡辺 きっとそういう感覚って、どんな監督のなかにもあるのでしょうね。
松井 ダニエル・シュミットはスイスの映画監督で、日本で『書かれた顔』(95)という傑作も撮っているし、日本と関わりの深い監督です。2006年に亡くなられていますね。
渡辺 亡くなられたあと、ロカルノ国際映画祭で「ダニエル・シュミット賞」が設立されました。そして『愛の予感』はロカルノでグランプリとともに、第1回目のダニエル・シュミット賞をいただきました。それもあって、今日のラインアップとうまく繋がるのかなと思って。
松井 シュミット監督にお礼の意味も込めて今日の上映がある。
渡辺 ええ、私なんかが僭越ですが……。それから、私は映画青年たちが映画監督になってゆく瞬間──もちろんそのなかには女性監督もいます──に立ち会ってきたような感覚を持っているので、さらにその先にあるものをこれからも見ていきたい思いがあります。もちろん俳優たち、スタッフたちに関してもそうです。
松井 そこで、次に上映する「バナナ&ピーチ」という企画内で撮影された2本の短編。同じテーマと同じ俳優で、男性監督と女性監督が短編を撮るというものです。いわゆる若手の監督たちですね。
渡辺 東京では6月に公開が決まっていますが、関西では今日がお披露目ですね。ゆうばりファンタスティック映画祭の企画だったんですが、これがなかなか大変な撮影でした。「記憶」がテーマの2本だったんですが、もう両方ともテーマなんて無視しちゃって(笑)。
松井 今日は監督のひとりがいらしています。
渡辺 女性監督代表で、熊谷まどか監督が来ています。
   〈拍手〉
熊谷まどか いまからご覧いただくうちの1本『世の中はざらざらしている』(13)を監督しました熊谷まどかと申します。実は、この京都みなみ会館の近くに何年か前に住んでいたことがありまして、よく足を運んでいました。そんな思い入れのある劇場で自分の作品を上映していただけるということで、今日は東京からやって来ました。
松井 簡単な作品紹介をしていただければ。
熊谷 はい。少し前に女性監督がもてはやされる傾向があったと思うんですが、じゃあ女性監督ならではの感覚って何だろう? 男女で何が違うのか? ということを比べて考えてみようというのがコンセプトで、同じテーマと同じ俳優さんで、男女それぞれの監督がつくった短編が並んでいます。でも先ほど真起子さんがおっしゃったように、みんな好き勝手つくりましたが(笑)。
渡辺 私たちのチームのテーマは、男と女の「記憶」でした。でも台本を読んでみたら、「記憶」の欠片もない(笑)。これでどうやって「記憶」を表現したらいいんだろうと思いましたね。あれはやっぱり「記憶」というより「未来」だよね。
熊谷 でもそれが「記憶」になっていくわけですよ。
渡辺 ああ、そういうことか。でも……。
松井 おっと、おふたり、いまから皆さんに見ていただきますので、これ以上は……。
渡辺 そうでした(笑)。すいません。
松井 熊谷監督、どうもありがとうございました。
熊谷 ありがとうございました。
松井 ということで、お時間も差し迫ってまいりましたので、最後に真起子さんより一言いただけますか。
渡辺 今日はベラベラとひとりで喋ってしまいすみませんでした。ゴールデンウィーク真っ最中でいろいろな選択肢があるなか、深夜にこの劇場に起こしくださいまして本当にありがとうございます。細々ですけれど俳優を続けてきてよかったなと、今日は素直に思います。あの、本当に、ちょっと涙が出そうですが……。いらしていただいた皆さん、そして勇気を持ってこんな機会を設けてくださった京都みなみ会館と京都シネマの皆さん、本当にありがとうございました。
   〈拍手〉
渡辺 いまからは眠たくなったら眠ってもらって、気になったらちょっと目を覚まして、記憶に留まったところをお持ち帰りいただけたらと思います。どうぞ朝まで楽しんでいってください。
松井 今日はなかなか聴けないお話をしていただけて、皆さんにとってもすごく充実した時間だったと思います。こんな俳優さんと仕事ができて、今日この場でこうして対話ができて、僕自身すごく喜びを噛み締めています。渡辺真起子という俳優にとって、賞はまだ始まりに過ぎません。これからも映画は真起子さんを必要としていくはずです。
渡辺 皆さま、ごゆるりと。ありがとうございました。
『Playback』【公開一周年記念レイトショー】行き場を失くした男の、ある「再生」の物語
■劇場
オーディトリウム渋谷
http://a-shibuya.jp/
■上映スケジュール
2013年11月24日(日)〜12月6日(金)復活レイトショー
21:10〜
■料金
当日券 一般=1500円/学生=1000円/シニア=1200円
■イベント
*12月2日(月)上映後トークショー開催決定!
PUNPEE、染谷将太、bim、三宅唱の4人がわらわら集まり、年末モードで「今年2013年アガッたもの」を巡ってわいわい喋ります!
日時:12月2日(月)『Playback』上映後(上映21:10~/トーク23:05~)
ゲスト:PUNPEE 染谷将太 bim 三宅唱監督
4人がそれぞれ「今年アガッたもの、クラッたもの」をYoutubeから持ち寄り、みんなで鑑賞しながら、あーだこーだと喋る予定です。まるで映画『Playback』劇中で俳優たちがろくでもないことをただ喋る、そんな時間になるはず。ぜひお越しください!
*12月5日(木)上映後、渡辺真起子×三宅唱によるトークショー。
『Playback』公開1周年記念レイトショー in 京都
■劇場
京都みなみ会館
http://kyoto-minamikaikan.jp/
■上映スケジュール
2013年12月14日(土)〜12月20日(金)
20:30〜
■料金
前売り券 1,200円
当日券 一般=1,500円/会員=1,000円/学生=1,300円
※初日は三宅唱監督による舞台挨拶あり。
※その他イベントが企画中。詳細は決まり次第、映画公式HP等で発表。
構成: 佛木雅彦(ほとぎ・まさひこ)
『Playback』
日本/2012年/113分/1.85/B&W/Dolby SR/35mm © 2012 Decade, Pigdom
第65回ロカルノ国際映画祭 インターナショナル・コンペティション部門正式出品
出演:村上淳、渋川清彦、三浦誠己、河井青葉、小林ユウキチ、汐見ゆかり、テイ龍進、山本浩司、渡辺真起子、菅田俊
脚本・編集・監督:三宅唱/企画・プロデュース:佐伯真吾、松井宏、三宅唱/ラインプロデューサー:城内政芳/撮影:四宮秀俊/照明:秋山恵二郎、玉川直人/録音:川井崇満/助監督/整音:新垣一平/制作主任:伊達真人/メイク:南梨絵子/衣裳:影山祐子/監督助手:加藤綾香、山科圭太/撮影助手:星野洋行/スチール:鈴木淳哉/水戸撮影コーディネート:平島悠三/配給:PIGDOM、鎌田英嗣/宣伝:岩井秀世/制作協力:JET-ON/制作:PIGDOM/製作:DECADE inc./挿入歌:Daniel Kwon、大橋好規/主題歌:“オールドタイム”大橋トリオ
仕事の行き詰まりや妻との別居など、40歳を手前に人生の分岐点に立たされた映画俳優ハジ。だがすべてが彼にとっては、まるで他人事のようだ。そんな彼が旧友に誘われ、久しぶりに故郷を訪れる道中、ある出来事が起こる。居眠りをして目覚めると、なんと大人の姿のまま制服を着て、高校時代に戻っているのだった……。現在と過去が交錯し、反復されるその世界で、果たしてハジは再び自分の人生を取り戻せるのだろうか。
公式サイト : http://playback-movie.com/
  • 『渡辺真起子(わたなべ・まきこ)』
    1968年東京都生まれ。1986年よりモデルとして活動を始める。1988年、中島哲也監督『バカヤロー! 私、怒ってます』で女優として映画デビュー。以後、諏訪敦彦監督『2/デュオ』(97)『M/OTHER』(99)、河瀬直美監督『殯の森』(07)、小林政広監督『愛の予感』(07)、園子温監督『愛のむきだし』(09)、山崎裕監督『トルソ』(10)、瀬々敬久監督『ヘヴンズ ストーリー』(10)、三宅唱監督『Playback』(12)、園子温監督『ヒミズ』(12)、内田伸輝監督『おだやかな日常』(12)などの映画に出演する他、舞台やテレビでも活躍中。主な出演舞台に、蜷川幸雄演出『あゝ、荒野』(11)、三浦大輔演出『ストリッパー物語』(13)など。また中野量太監督『チチを撮りに』(12)で第55回アジア太平洋映画祭最優秀助演女優賞、第7回アジアン・フィルム・アワード最優秀助演女優賞を受賞。