LOAD SHOW

A Rooted Soul. Vagabond Eyes.

映画の未来をいち早く
Be the first to witness the future of films

『濱口竜介レトロスペクティヴ』回顧録 vol.6

誰かや何かを好きでいるやり方で映画を撮ることは、今後もうできないかも知れない

2012.7.29 at オーディトリウム渋谷 『Playback』公開前夜の三宅唱監督を迎えておこなわれた充実のトークセッション

濱口:『何食わぬ顔』の上映に三宅監督をお呼びした理由としましては、村上淳さん、渋川清彦さん、三浦誠己さんがスーツ姿で並んでいる、三宅監督の最新作である『Playback』のスチールを見まして、失礼ながら「あれ、どこか似ているな」「似た雰囲気を持っているな」と思ったことがひとつ、もうひとつは単純に僕たちの世代(僕よりは少し下になるかもしれませんが)で最も才能ある監督の一人である三宅唱さんに演出の話、映画の話を聞きたかったということです。

― 『Playback』予告編上映 ―

濱口:滅茶滅茶かっこいいじゃないですか!
三宅:いまご覧いただいたのが、ここオーディトリウム渋谷さんで今秋公開となる『Playback』という映画の予告編です。
(※オーディトリウム渋谷での公開は終了)
濱口:僕は既に『Playback』本編を見せていただいたんですが、これはもう傑作だと思っています。率直に言って、画面の質として比べるべくもないところはあるんですが、それでもやはり、構造なんかも含めての話ではありますが、『何食わぬ顔』とどこか似ている部分があると思っています。三宅くんは『何食わぬ顔』どうだったでしょうか?なにかメモを取っていたようですが(笑)
三宅:久々に映画を見ながらメモでもとってみるかと思ったんですが、途中でやめました(笑)『long version』は今回初めて見たんですが、最初に『short version』を見たときと同様に、ものすごく感動する映画だなと、美しい映画だなと思いました。撮影されたのは大学生の頃、ちょうど十年くらい前でしょうか?23,4歳の頃ですよね。いまの僕はその年齢よりも少し年上になるのですが、仮にいまの僕がタイムスリップかなんかしまして、『何食わぬ顔』が撮影された当時に居合わせて、これから映画とどう向き合っていこうかと悩める濱口青年を前にしたならば、「お前の映画は面白い」「続けていくべきだ」と言ってあげたい。見ている間は幸福な時間が流れつつ、見終わったあとはすぐにでも周りの友達にキャメラを向けて映画を撮りたくなる、そんな映画だと思います。とにかく出てくる人達、モノ、すべてが美しい。特に出演されている女性が一人だけならまだしも、二人とも美しいっていうのは、こんな贅沢な映画をまだ大学生の頃に撮っていて、いいなあ、大人の映画だなあ、と。
濱口:(笑)
三宅:聞きたいことがいくつかあったので、少しずつ聞かせていただこうと思うのですが、当時23,4歳の悩める濱口青年は、この「映画についての映画」を撮るにあたって、ものすごく色々なことを考えて準備をされたと思いますし、結果それが映ったり映らなかったりは当然あったと思うのですが、この映画を撮らせた、ひとつ大きなモチベーションはどういったものだったのでしょう?
濱口:映っている人たちのことが好きだったという、ものすごく単純な理由だった気がします。撮影をきっかけに出会った人もいたけれど、キャメラを回しているうちに好きになっていきました。そして、もしかしたらこのような、誰かや何かを好きでいるようなやり方で映画を撮ることは、大学を出てしまえば出来なくなるかも知れない、ものごとを好きでいられなくなるかも知れないという不安がありました。だから回しておこうと。
三宅:実際そのような気持ちは劇中でも語られているように思います。フィルムを無くしてしまったり、忘れてしまったり。それで新たにフィルムを買うお金をカンパで集めるシーンがありますね、あのシーンの濱口さん、いや、基本的に濱口さんの芝居はすべて面白かったんですけど(笑)
会場:(笑)
三宅:ほら、皆さん思い出して笑っている(笑)
濱口:ありがとうございます(笑)
三宅:逸れましたが、今撮らなきゃいけないという切実さを持って撮られた映画だなというのは、ただ見ているだけでも感じることができます。とにかくまずカメラを向けている、これは『何食わぬ顔』というタイトル自体の響きからも感じたりするんですが、まずカメラを向けるところから始まっていると感じました。つまり、映画を撮りたくてたまらないという人間の多くは、例えば自己表現やなにかの模倣として、カメラの前にゼロからなにかをつくろうとすると思うんですが、そうではなく、いま目の前に自分や友人たちがいる世界があるぞ、これをどうにかせねば、という。そこにはもちろん濱口さんは自身も映ってしまっているわけですが、一体ここで何をしていたんでしょう?!
濱口:僕も一体どういう基準でOKを出していたんだろうと思ったりもしますね。確認もできないし、見てもいないのにOKだとか、どうしたんだろう(笑)
三宅:濱口さんと主演の男性(松井 智)が、駅のホームで別れるシーンは特にそうでしたね。電車内とホームの切り返しで撮っていて、濱口さんはホームにいる、電車が出発すると、電車側からホームに向けられたカット、その画面からは濱口さんがすっと消えていく。濱口さんがいない場所、既に移動中の電車内ではカメラはまだまだ主演の彼を捉え続けている、と。そんな風に自分の手を離れたところで自分の作品として撮っている。その事がとても不思議と言うか、どうしてこんな風なやり方をしたんだろうなって。
濱口:決して自分で出たがったわけではないんですけど(笑)
僕の演じた役というのはお話を進めていく役なんです。ドライヴさせていく役というか。僕らのいた映画研究会の状況というのは、そんなに演技ができる人がいたわけではなく、かと言って何とかお話は進めていかなければならない。僕の演じた役柄は少し露悪的な役で、それは脚本段階からそうだったんです。だけれども悪いやつじゃないんだということを理解しながら演じる必要があったんです。単純にこういう人なんだ、ちょっとバカなだけなんだと言うことですね。そういう理解をしながら演じてくれる人が周りにはあまりいない気がしまして、脚本を書いていたある段階で自分が演じることを決意したわけです。
三宅:僕はいつも客席から濱口さんのトークを聞いていて、すごく明晰に話をされるという印象を持っているんですが、今日ほどスリリングな話し方をされることはないなと感じています(笑)
ある種の恥ずかしさというか、照れみたいなものが本当に真っ直ぐにあって。最初にも言いましたが『何食わぬ顔』撮影当時の濱口さんの年齢と今僕は近いところにあるんですが、もしかしたら自分にとって『Playback』を撮ったときのモチベーションとしても、当時の濱口さんとすごく近いものを持っているのではないかと思っていて。ですから感想ですとか、質問をしづらい部分もあります。どうしても自己言及っぽくなってしまうと言うか。
濱口:映画を撮っている人間としてね。
三宅:そういう映画、劇中でも映画について語ったりもする映画だってこともありますけど。
濱口:僕は一方的に『Playback』と『何食わぬ顔』は似ているんじゃないかと思っているんですけど、この流れで似ていないとは言いづらいと思うんですけど(笑)三宅さんから見て、モチベーションなどの点も含めて如何ですか?
三宅:濱口さんが仰っていた、映っている人たちのことが好きだった、このような好きでいるようなやり方で映画を撮ることは、今後もうできないかも知れない、そう言った感情に似た感情でもって僕も『Playback』を撮影しました。主演の村上淳さん、渋川清彦さんに関しては、僕は中学生の頃に、二十代の彼らを見ていたわけで、そこから十年以上経って初めてお会いしたときに、僕は三十代の彼らを撮るんだなと強く思ったんです。僕には二十代の彼らは撮れなかった。この先四十代、五十代の彼らを撮ることはできるかも知れないし、もうできないかも知れない。とにかくいま撮るんだという気持ちが強かったんですね。そういった「いま撮る」というモチベーションから出発をしているという点で、似ているんじゃないかと思います。
濱口:『Playback』は、ずっとある人を撮っていて、物語的にはもうカットしていいよねという瞬間までカメラが回っていて、言葉にするとあれですけど、映画に映っているということが、いつかものすごく価値のあることとして現れてくるだろうなという気がします。もちろん現時点で傑作であるわけですが、十年後三宅さんがどんな映画を撮っているかわからないですけれど、きっと十年後三宅さんにある種の反省を迫るような、そんな映画になっている気がします。
三宅:それはいまの濱口さんにとっての『何食わぬ顔』がちょうど十年経ってそうであるように。
濱口:そうですね。技術的に見苦しいところも沢山あって、申し訳なかったなと思っているんですけど。
三宅:いや、でもね、例えば夜のサッカーのシーンはものすごく美しいなと思ったわけですよ。白いシャツに白いボール。はっきり言って場所が暗すぎるせいかあんまり映ってないんですけど、けれども間違いなく映っている。なんでしょうね。そうした美しさがありましたよね。
濱口:ありがとうございます。本当に今ではもう怖くて撮れないようなやり方で撮っていたり、実際カットも割っていて、あるポジションごとにショットを撮ってというやり方をある部分では結構ちゃんとやっていて、ここで撮って、次はここで撮って、次は引いてというような作業をむしろ今よりもちゃんとやっている気さえします。
三宅:そのようなカメラポジションが映画でなにかを物語るのには必要だということまで考えられた、つまりそうした優秀な映画であるということは理解しつつ、けれども、そうすれば映画が面白くなるかと言えば、それはまた別の話だったりしますよね。例えば空港で飛行機を眺めているシーンで、唐突に女性二人の顔が入るわけですけど、どう考えても彼女達の顔がかわいいから、入れたくて入れてるというような(笑)つまり、あるときには説話を無視して、自然とそういった時間が優先されている、しかも冷静に狙ってというより、そのまま欲望に従っているような。なんだかそんな魅力があるわけです。
濱口:そうですね。欲望に素直ですよね。映画に対する欲望もそうですし、今三宅くんが言ってくれた被写体に対する欲望もそうですし、風景に対してもそうで、自分がそのとき美しいと思ったものに素直にカメラを向けている。それがあられもなくて、恥ずかしくもありますが、やっぱり美しいと思ったりもします。そうした欲望への素直さが、今はやはり減ってきているなとは思います。どうしても誰々にこう思われるかも知れない、こう言われるかも知れないといった部分が余分なものとして出てきてしまう。
『何食わぬ顔』は誰にどう見られるかということをまったく意識していない、自分が撮るために撮ったような映画でしたから、こうして改めて見ると、そのようなことを強く感じます。
三宅:『何食わぬ顔』のように、相手に対してカメラを自然に向けて、ただ見つめると言った態度で撮られた映画があり、その後濱口さんは、そうではなく、何かを用意して、狙いを定めるようなやり方でも映画を撮られたと思います。そして、最新の二作は未見ではあるのですが、たとえば『親密さ』の予告などを拝見する限り、走っている電車を素直に撮っていたり、ただ喋っている時間を切らずにそのまま撮るような、そうしたやり方に戻ってきているような気もします。まあその事に関しては答えて貰わなくていいんですが(笑)、このレトロスペクティヴに通うことで、そうした濱口さんの変遷が伝わるのではないかなと思っています。ただ、どっちなのかなと思ったんです。戻ってきたのか、あるいはそうした違う撮り方を同時に進めていこうとしているのか。
濱口:『親密さ』という映画が現在のところ最新作としてあるわけですが、それはやはり『何食わぬ顔』に似ていると思います。出演者の年代が近いということもあるけれど、カメラを回していて、映っている人達に僕自身が魅せられているというか。そういうことが素直に画面に出てきているとは思います。『何食わぬ顔』から始まり、最新作『親密さ』においても、そのようにいられるということは、とてもありがたいことだなあと誰にとも言わず感謝したい気持ちです。
三宅:濱口さん個人としての十年という時間と、劇中でも時間が飛んでいたりですとか、映画を撮っている時間と、ただ映っているだけの時間が、複層的にというか、二重三重の画面に見える瞬間があるわけですが、例えば劇中劇を上映するシーンで、映画館の客席に向けてカメラを向けて、その後一度暗転をする。間違いなくこれまでとは違う何かがはじまるぞという予感があって、実際逆光の中の女性が映し出されると、それは一度見たことのあるようなショットであり、ぞくぞくっとするわけです。
すいません、どんどん話が変わっていってしまうかも知れませんが、撮る前には分からないもの、撮る前にこうなるだろうと分かっていて撮るものではなくて、コントロールできないものとして『何食わぬ顔』は撮られているんでしょうか?
濱口:脚本のレベルで言えば、反復というのはコントロールしていると言えるわけですが、ただ、同じショットを使用してはいますが、当初8mmで編集をするつもりでいましたから、同じように見えても2回撮っているんです。フィルムはモノとして一回しか使うことが出来ませんから。そう言う点では現場で変わっていくということはあったと思います。質問の意図と答えが少し違うかもしれませんが。
三宅:そうか、フィルムだから、そうですよね。
濱口:ええ、今だとパソコンでコピペをすることが可能なわけですが、そうではなかったということですね。
三宅:一度見たと思った映像は単純に初めて見た映像であると。
濱口:ええ、だから何だという部分もあるかも知れませんが、そういうことになります。

二度と還らないものとして

濱口:話変わって、三宅さんにお伺いしたいことがあったのですが、先ほど予告の上映がありましたから、分かると思うのですが、『Playback』ではスーツ、学生服を着せていますし、前作の『やくたたず』でも学生服を着せています。僕も『何食わぬ顔』ではスーツを着せているわけですが、三宅さんはこうした普段着でないものを着せるということをどうしてやっているのでしょう?
三宅:やはり2本とも白黒映画ですから、ある種の美しさのために、学生服やスーツといった白黒画面に映える選択をしているということは正直あります。それと実は似たような質問を僕もしようと思っていたんですが、『何食わぬ顔』を見ていて、何気ない日常のショットであるのに、この日はちょっと特別な日なんだなと、つまりこの時だけ、「一回限り感」があるんだなと、そう思いましたね。僕らが普段あまりスーツを着ないから、そのように思うのかも知れませんが(笑)。学生服に関しては、かつて着ていたけれども、二度と着ることはないという、また違う意味での特別感があるとは思いますね。
濱口:ええ、二度と還らないものとして、映りますよね。『Playback』のスチールを見て、直感的に『何食わぬ顔』の上映には三宅さんにゲストでお越しいただこうと思ったわけですが、僕も改めて『何食わぬ顔』を見て、競馬場で男3人がスーツを着ているというのは、ある種おかしいなと思いつつ、やはり特別なものとして撮ったのかも知れないなと。そうしたことを『Playback』を見て、やはり感じたと言いますか、一回限りのものとしてこれは撮られようとしていると。ある種の戻れなさと言いますか、これは正装しなければならない映画なんだと、そのように思いましたね。
三宅:要するにとても似た映画を撮った2人が、今このように壇上で話をしているわけですね。
濱口:(笑)
三宅:ですからすごく喋りづらいというのはありますよね(笑)
濱口:ええ、どうしても自己言及っぽくなってしまう(笑)
三宅:まだ『Playback』が公開前ですから、そうしたことが、こうしてお話していても伝わりづらいかなと、少し焦りもします。
ところで『何食わぬ顔』というタイトルは撮影前からあったタイトルなんでしょうか?
濱口:そうですね。今日会場には実はメインキャスト5人の内、僕も含めて4人が揃っているわけですが、岡本くん、遠藤さん、松井さんといらっしゃっていて、主演の松井さんの顔が、まさに『何食わぬ顔』だなと、僕はずっと思っていたんです。松井さんは母校の映画研究会の一つ上の部長さんなんですが、声のトーンも表情もあまり変わらないですし、何を考えているのか本当に想像できないといいますか。けれど僕は、それってすごく映画的だなと思っていて、この人を撮りたいな、できればフィルムで撮りたいなというところから作品はスタートしました。
三宅:そのことは当時ご本人に伝えていたんでしょうか?そういう顔を撮りたいのだと。
濱口:いや、多分伝えてないですね。普通に来ていただいて、「ええよ」という感じで引き受けて貰えましたから(笑)そんなに嫌がられるわけでもなく、俺やるよ!という感じでもなく、劇中でのキャラクターそのままといいますか、嫌ではないんだろうなという感じでずっと撮らせて貰いました。
三宅:『何食わぬ顔』というタイトルがやはり最初に付けられたんだろうなと思いましたが、要は「何食わぬ顔」をしてくださいって言えないですよね?
濱口:ええ、言えないですね。
三宅:何食わなさを演出することなんて、最初からできないものとしてそこにあるというか、この映画のタイトルとしてあるんだなと、いや、これでしかあり得ない、とってもいいタイトルだと思います。
濱口:ありがとうございます。実は先日『何食わぬ顔』の英語字幕を作ってもらったんですが、タイトルが訳せなくてですね。
三宅:まだ決まっていないんですか?
濱口:いや、それが決まりまして、『Like Nothing Happened』、直訳すると「何も起こっていないかのように」というタイトルになりました。
三宅:「顔」という単語をタイトルにいれるのではなく、そこは変えたわけですね。
濱口:ええ、これはこれで、そういうことだったんだ、ってちょっと思ったんです。「何も起こっていないかのように」ってことは、本当は何かが起きているのかなと。
三宅:なるほど。今日は喋りづらい部分もあるとお話してきましたが、それはこの『何食わぬ顔』という映画が、映画のプリミティヴな魅力があるからだと思っていて、それは言葉にすると野暮になってしまいますが、『何食わぬ顔』はそうした魅力に触れている時間が長い。これからどうなるかは分かりませんが、現時点僕も映画を撮る時には、そうした部分に興味があって、ここ2作はそのような態度でもって撮影をしましたし、また、同じような態度で映画を見てもしまいます。
濱口:本当は今日、三宅監督の作品を上映出来たら良かったと思っていますが、ここオーディトリウム渋谷さんで『Playback』が公開されますので、是非皆さん見ていただきたいなと思います。
三宅:そうですね。今回の予告編はBlu-rayでの上映でしたが、本編の公開は35mmにキネコしたものですから、また全然違う、デジタルと35mmのどちらが上かという話ではありませんが、まったく別な物として、見ていただけると思います。ですが、この35mmにキネコしたプリントですが、ものすごく気に入っていて、フィルムの美しさに関して、自分の作品なんだけど、自分の作品でないかのような気持ちで『Playback』を褒められるなと、そんな風に感じています。
濱口:経済的にも一気に負担が増えると思うんですが、今回どうしてフィルムという選択をされたんでしょうか?
三宅:まずやっぱり、フィルムで観てみたいよなあ、っていうのはありましたよね。
濱口:まず部分的にまず試してみるとか、そういうこともなく?
三宅:ええ、まったくなくて。実は現場前からカメラマンと、フィルムにするかも知れないよ、って夢物語のように話していたりもしました。だから16:9じゃなくて、アメリカンビスタで撮っておこうとか、準備だけはしていたんです。現実的な話としては、ロカルノ国際映画祭への出品が決まるか決まらないかの頃に、腹を括ったといいますか、もちろん僕ひとりの力では出来なくて、一緒に作り上げてきた仲間達が割と即決で同意してくれたのもあって、じゃあやったろう、と。感謝しています。
濱口:ええ、今の時代、やり方において、すごいことだなと思います。
三宅:そうですね。実際フィルムにしていく過程では、オーディトリウム渋谷でも上映している『サウダーヂ』の富田さん、相澤さんらにキネコについて相談をしましたら、お前ら馬鹿だなって言いながらバイクで駆けつけて来てくれまして、そこで色々と教えていただきました。フィルムに対する愛情というところで、彼らほどでない部分があるのかも知れませんが、しかし自分の作品がフィルムになっていくんだという大きな喜びを感じました。あとやはりお話しておかなければならないことは、今フィルムにしないと、二度とできないかもしれないという、焦りがあったことです。それは今回のことで一番大きなことだったかも知れません。
濱口:もしかしたらフィルムにできる最後の作品になるかも知れない。
三宅:実際現像してもらった現像所さんでは、長編のキネコ作品としては『Playback』が最後で、この後の予定は入っていないとのことでした。そんな時代なんだなと感じています。
濱口:僕は『Playback』本編をBlu-rayで見せていただいたんですが、あれはフィルムでなくてデジタルのものから起こしたものですよね?
三宅:あれはそうですね。
濱口:それでも十分に、十二分に素晴らしかったと言いますか、画面の質としては本当に、日本映画云々ではくくれない、世界最高クラスのものだと思っています。
三宅:それはカメラマンの四宮秀俊の存在あってですね。被写体あってのカメラマン、我々ではありますが、まあ四宮秀俊がものすごく優秀だと、そういうことだと思います。
濱口:四宮さん、通称シノミーですね。こんな画面も撮れるのかと、本当に驚きました。四宮さんは僕らの共通の友人である、佐藤央監督のカメラをずっと担当されてもいます。
三宅:そうですね。
濱口:ここオーディトリウム渋谷さんで、フィルムになった『Playback』を見ることが本当に楽しみです。
三宅:ええ、千浦さんが映写をしてくださると思いますが、僕も本当に楽しみです。
濱口:ではこの辺りで、会場からご質問があればと思いますが、如何でしょうか?
質問:劇中劇で、エレベーターを二人で登るシーンがあります。そこで濱口さんの「はい!」というカットの声が入っていると思うんですが、もちろん意図的だとは思うのですが、如何でしょうか?
濱口:ええ、そう思いますよね。実は今回8年、9年振りにデータにして、見直したときに、おっしゃるように入っていたんですね。直すか直さないか、ギリギリのタイミングではあったんですが、このlong versionに関しては入っていても良いのではないかと思ったんです。ある手違いが、選ばれたものとして残ったと、そういうことだと思っています。
質問:競馬場の地下道のシーンで、必ず鳴っていた音楽はあそこで実際にかかっていたものなんでしょうか?それとも敢えて入れられたものなんでしょうか?
濱口:あの曲はですね、クレジットをご覧になった方は分かるかも知れませんが、ROMANという友人のユニットの「アレするとよくSHIMARU」という曲なんですが(笑)何故作ってもらったかと言えば、あの地下道をくぐっている時に、ハウスっぽい曲がずっと流れていまして、それがある種くだらない雰囲気をかもし出していて、それで実際そのような感じで作って貰おうと発注をしました。やはりあの空間を見せたいなという思いがありましたので、その時間を持たせてくれる音楽が必要だったということです。
濱口:先ほど話にも出ましたが、『Playback』がロカルノ国際映画祭のコンペティションに出品をされるということで、これは端的に言って快挙だと思うわけですが、良い結果を持ち帰られることを期待しています。実は僕と酒井耕の共同で監督をした『なみのおと』という作品もアウトオブコンペで、同じロカルノに出品が決まっています。
三宅:『なみのおと』はまだ拝見していないのですが、今年の春くらいに『Playback』を一緒につくっていた松井という男が『なみのおと』を観た直後に「もう今年はこれだけでいいや」と、それくらい大変な映画だというようなことを、ものすごく嬉しそうな顔で言ってきたんですね。その時僕はまだ『Playback』の編集中だったので、嫉妬というか、なんだか腹が立ったんですが(笑)まあ松井さんも、嫉妬したほうがいいくらいすごいんだぞ、という意味でもわざわざ伝えたかったんだと思いますし、『なみのおと』がとても楽しみです。
濱口:ありがとうございます。では最後に、今日ご覧になっていただいた『何食わぬ顔(long version)』ですが、人によっては『親密さ』はこれをリメイクしたものだと言ったりもします。『親密さ』は今後オールナイトで上映がありますので、是非ご覧になっていただきたいと思います。本日は皆様、ゲストの三宅さん本当にありがとうございました。
三宅:ありがとうございました。

三宅唱監督作品『Playback』は現在全国ロードショー中。 詳細は公式サイトまで。www.playback-movie.com/