LOAD SHOW

A Rooted Soul. Vagabond Eyes.

映画の未来をいち早く
Be the first to witness the future of films

#02【映画祭レポート】 SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2014(2014.7.19-27) vol.1

『ラブ・ミー』

自分の価値観やステロタイプを脱ぎ捨てる映画祭

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2014は、毎年楽しみにしている映画祭である。今年、新作『ウィンター・スリープ』でカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、日本でもやっと初めて劇場公開されるヌリ・ビルゲ・ジェイランの『昔々、アナトリアで』を大画面で鑑賞した至福。ジェイラン監督のみらず、オーストリアの家庭へ嫁入りしたトルコ人妻を描いた『二番目の妻』(ウムト・ダー監督)、イラク北部の村で米軍のテロ掃討作戦によって全てを奪われてしまった女性が武装集団に洗脳されていく過程を描いた『闇への一歩』(アトゥル・イナッチ監督)など、純粋なアジアでもヨーロッパでもない、その間にある国々、トルコやイラク、セルビアなど、貧困や長い紛争に苦しめてきた国々の映画。そして国を越え、国と国の狭間で苦しんだり闘っている人々の姿を描き出している良質な作品をいつも見せてくれるのだ。

それはグローバル化した世界において、国に帰属するものとして映画を捉える、例えば中国映画を「中国映画らしい」から愛す、といった態度とは違う楽しみ方を我々に教えてくれる。

そしてそれは国だけではない。自閉症の青年を主人公にしたアメリカ映画『神の耳』(マイケル・ワース監督)が上映されたのも、今年劇場公開して話題となったアスペルガー症候群の青年を主人公にした『シンプル・シモン』(アンドレアス・エーマン監督)が日本で初上映されたのもこの映画祭だ。彼らのユニークな個性を目の当たりにするうちに、「障害を抱えた可哀想な人」というようなステロタイプで思いあがった思いは砕け散ってしまう。

私は日本人で健常者だ、でもだから? 彼らと違っているところも同じところもある。映画とともに彼らと呼吸をしたあなたは、会場を出た時、一皮むけて、新しい自分になっていることを発見するだろう。

苦境に生きる人々の姿を生き生きと描き出す

『帰郷』

ミロシュ・プシッチ監督の『帰郷』も、そういったこの映画祭では馴染みのある、苦境で生きる人々を繊細に描き出した映画であった。舞台はセルビア。大都市ベオグラードで暮らしていたヤンコは母親が一人住む故郷の村に戻ってきた。母親のミリツァはヤンコと共に暮らすために家を片付けるが、ヤンコが戻ってきた目的は、自分名義の土地を売って外国に移住することだった。隣人であるストラージャは賭博で借金漬けになった息子が自殺してから、娘は入院してしまい妻はいつも家でふさぎ込み、ストレスは極限状態に達していた。ストラ―ジャは父親の墓がある土地を売ることでヤンコを責めたてるが…。

地方の空洞化、農村の過疎化は日本でも問題になっているが、この映画のように真正面からその枯れ果てた暗部「のみ」を描いた映画はそう多くはない。佳品ではあるが、『祖谷物語(いやものがたり) おくのひと』(蔦哲一朗監督)のように、都会/農村の二項対立を立てた場合は、農村を資本主義に毒されていない汚れのなきもの、生命の誕生する神聖な場所、原初の美しい風景として崇める場合が多い。

慣習なのか、そうでないと商業的に成功しないからなのかは分からない。だがそんな日本の状況を鑑みると、牛の出産シーンくらいしか明るい場面がないこの映画の心意気には感服する。ただ、映画ならではの飛躍がなく、構築されたドラマも人々の無力さのみを表現しているような気がして、息苦しくなったのもまた事実である。

『ラブ・ミー』

トルコ人男性とウクライナ人女性の切ないラブストーリー、と聞くと国境を越えたロマンチックなものを想像するかもしれないが、実はトルコからウクライナへの買春ツアーを題材としている。日本人がフィリピンに行く買春ツアーを例に出すと安易に感じるかもしれないが、ツアーに参加したトルコ人男性たちの下世話な会話は全くそのイメージから外れていない。そして、目の覚めるような美人のウクライナ女性・サーシャが娼婦をやっている背景には、勿論貧困がある。認知症らしき祖母と母親と三人で暮らしているサーシャには、経済的な負担が全てのしかかっているようだ。母親があの旦那を逃すな、となんのためらいもなくサーシャに指示するのがせつない。

この映画は、そんな女性から見たら嫌悪の対象になるようなことを題材にしてはいるが、映画ならではの甘さと飛躍を忘れない。トルコ人男性ジェマルは買春ツアーの参加者ではあるが、親の決めた婚約者と結婚間近で、結婚前のバチュラーパーティを兼ねて親戚に連れて来られたというエクスキューズがある。ジェマルは買春クラブでサーシャを見かけ、その美貌に目が離せなくなってしまう。サーシャは素振りでジェマルについてくるように促し、愛人の旦那から与えられた高級マンションに連れていく。目的は一つのはずなのに、何故か恥じらい、服を脱ぐのもためらう二人の一挙一動が恋の予感を感じさせ、観客の胸をときめかせる。

たった一晩ではあるが、言葉が通じない二人によるジェットコースターのような珍道中は、『ローマの休日』くらいしか例が浮かばないほどの、映画的な魅惑に満ちている。ジェマルはトルコで婚約者が待ち、サーシャは家族を養う重責がある、そんな状況がかえって若者たちの胸に火をつけ、焦らすのだろう。「無理かもしれない、でも…」と観客もいつしか奇跡を願うようになる。結末はほろ苦いものであるのだが、だからこそ二人が言葉の壁を越えて心を通わせた時間のかけがえのなさが観客の胸に残る。

QAにはプロデューサーのオリーナ・ヤーショバさんが登壇した。彼女自身、トルコに住んでいるウクライナ人。この作品はウクライナ人のマリナ・エル・ゴルバチ監督とトルコ人のメフメト・バハドゥル・エル監督の共同監督だが、二人はカップルで、二人の実感をもとに作りあげられているとのこと。そして、ジェマルに買春をけしかけ、卑猥なジョークでジェマルを怒らせるチンピラ風の友人がいるのだが、演じているのはなんとメフメト監督だという。

オリーナさんによると、トルコ人男性によるウクライナ人売春ツアーの実態を暴きたかったというよりも、彼女が描きたかったことの一つはダブルスタンダードだったということ。結婚した男性が妻の前では模範的ないい夫で、旅の恥はかき捨てというか、外国人女性には恥ずかしいこともできる、という。またはそれを良しとしてしまうような風潮。ただトルコといっても非常にモダンな、ヨーロッパスタイルの人々も出てきているので、トルコ人男性全てがこうではないという。

誰もが目を奪われる美貌の持ち主であるサーシャを演じたのは、ウクライナでは舞台女優として活躍していた方だが、2001年頃ドイツに移住してしまい、ウクライナのシーンから姿を消していた。出演依頼は彼女のフェイスブックに書き込んで行い、10年ぶりに映画出演が決まったとのこと。

『ロック・ペーパー・シザーズ』

このカナダ映画も苦境に立たされた人々を描いているが、一筋縄ではいかない。インディアンの青年は、自分を乗せてくれる男を探していたところ、チンピラに拾われるが、バンには何か怪しげなものが乗っていた。ゴミ拾いで生計を立てていた老人は、中国人マフィアの男から大金を稼げる仕事があると持ちかけられ、病気の妻のために引き受けるが、それは金持ち相手の死のルーレットだった。裏稼業の人間を相手にしているヤミ医者は、臓器売買に関わっていた。一件関わりのない三人が、チンピラが車で運んでいたのが臓器提供のために中国人マフィアに引き渡すはずの男だったために、奇妙な形で交錯することになる。

凝ったプロットとスピーディな展開も素晴らしいのだが、この映画の一番の美点はマイノリティである青年や老人が叩かれるままでいないことで、彼らは窮地に陥るが、渾身の力で反撃し、お互いに助け合う。彼らが守ったのは自分の命だけではなく、尊厳でもあった。自分の故郷に帰る青年をヤミ医者が車で送るラストシーンには、一貫してハードボイルドなタッチを貫いていたこの映画に、一瞬、爽やかな風が吹き抜けるようだった。
(vol.2に続く)
『帰郷』
監督:ミロシュ・プシッチ
出演:ブラニスラフ・トリフノヴィッチ、ボリス・イサコヴィッチ、ダラ・ジョキッチ、ヤスナ・ジュリチッチ、エミル・ハジハフィズベゴヴィッチ、ミリツァ・ヤネフスキ
2013年/セルビア、スイス/109分
ストーリー:ベオグラードで薄給の仕事をしているジャンコは、故郷の人里離れた村に帰ってくる。久しぶりの息子との再会に母は歓喜するが、彼の心はすでにそこにはなかった…。
解説:第48回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭イースト・オブ・ザ・ウエスト部門でワールド・プレミア上映されサラエボ、ボスニア、モンテネグロなど各地の映画祭で上映されたミロシュ・プシッチ監督長編第二作。現在、三作目の脚本が2014年ベルリナーレ・タレンツ(ベルリン国際映画祭の映画人材育成事業)のプロジェクトに選出され、企画進行中である。主演は2009年当映画祭審査員特別賞受賞『それぞれの場所で』出演のブラニスラフ・トリフノヴィッチ。2006年に独立したセルビアの田舎を舞台に、社会や政府から忘れられ、ついには自分自身をも見失ってしまった人々を描く。
『ラブ・ミー』
監督:マリナ・エル・ゴルバチ、メフメト・バハドゥル・エル
出演:ウスハン・チャクル、ヴィクトリア・スペスィヴセヴァ、オリーナ・シュテファンシュカ、マルガリータ・コチェレヴァ、ギュヴェン・クラチ、メフメト・バハドゥル・エル
2013年/ウクライナ、トルコ/90分
ストーリー:嫌々ながら、ウクライナへ結婚前の羽目を外す旅に連れてこられたトルコ人のジェマルはある晩、美しいウクライナ人のサーシャと出逢う。養護施設から逃げ出したサーシャの祖母を探す中で、二人は互いに惹かれ合っていく。
解説:マリナ・エル・ゴルバチ監督はウクライナで、メフメト・バハドゥル・エル監督はトルコで映画製作を学ぶ。夫婦でもある二人の長編デビュー作『黒犬、吠える』(09)は第38回ロッテルダム国際映画祭をはじめ世界各国の映画祭で上映され、日本では第19回アジアフォーカス・福岡国際映画祭で上映、2010年の第21回アンカラ国際映画祭では助演男優賞、新人俳優賞、審査員特別賞の三冠に輝いた。本作『ラブ・ミー』はモントリオール世界映画祭2013フォーカス・オン・ワールドシネマ部門出品作品。ウクライナのキエフを舞台にウクライナ人女性とトルコ人男性が出会い、言葉が通じないながらもいつしか寄り添うようになる。現在のウクライナとトルコの関係なども盛り込まれたビタースウィートな大人の恋愛ドラマ。
(オリーナ・ヤーショバさん)
『ロック・ペーパー・シザーズ』
監督:ヤン・ラヌエット・トゥージオン
出演:ロイ・デュプイ、レモ・ジローネ、サミュエル(サミアン)トレンブレイ、ホージー・レジー、フレデリック・チャウ、レジョン・ルフランソワ
2013年/カナダ/117分
ストーリー:若いボキャネは、旅行中に妙な仕事を依頼される。老人ロレンツォは、死にゆく妻の望みを叶えるためのお金を必要としていた。そして、闇の仕事に手を染める医師ヴィンセントは、人生の出口を模索していた…。
解説:ヤン・ラヌエット・トゥージオン監督は多数のTVCM、ウェブシリーズ、短編などを監督し、映画『シルク』(07)ではフランソワ・ジラール監督のアシスタントとして参加。『ロック・ペーパー・シザーズ』は長編デビュー作となる。TVシリーズ「ニキータ」(97~01)や『みなさん、さようなら』(03)など数多くの出演作を持つロイ・デュプイ、『ヘブン』(03)『至宝』(11)『ようこそ、大統領!』(13)のレモ・ジローネなどが出演。全くバラバラの人生を送る、ワケありの男たちが月食の夜に“ある出来事”に引き寄せられるスリリングな展開から目が離せない。
  • 『夏目深雪(なつめ・みゆき)』
    批評家、編集者。雑誌やWEB、書籍に映画評、劇評、インタビュー等を寄稿。共著に『ゼロ年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など、共編書に『アジア映画の森―― 新世紀の映画地図』、『アジア映画で<世界>を見る 越境する映画、グローバルな文化』(ともに作品社)。「批評」と「編集」によって世界を切り取ろうと奮闘中。2011年F/T劇評コンペ優秀賞受賞。