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酒井耕・濱口竜介監督「東北記録映画三部作」やっち、カフェモヤウの2会場にて岡山初上映!

酒井耕・濱口竜介監督「東北記録映画三部作」

第一作目となる『なみのおと』は、2012年の「ロカルノ国際映画祭」で上映され、『なみのこえ』(気仙沼編、新地町編を合わせたYIDFF特別版)は「山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)」インターナショナル・コンペティション部門にエントリーされた。また、同映画祭において『うたうひと』が「スカパー!IDEHA賞」を 受賞するなど、それぞれの作品が大きな評価を得ている。

その後のオーディトリウム渋谷、アップリンクへと続くリレー公開中に「今後途切れることなく全国に広がっていくことを願って止まない」と本サイト記事において記したが、こうして岡山での初上映が決まるなど、実際作品は広がりを見せ始めている。では一体それはどのような広がり方であるのか?

以下に転載をお願いしたカフェモヤウ店主、阿久津隆さんの文章を是非お読みいただきたい。

数々の距離を抱える僕や、あるいはあなたが、東北記録映画三部作を見ながら、その距離をどう感じ、どう受け止めるのか。

ここに、被災の風景はほとんど表れない。

あるのはただ、語ること。

そして聞くことだ。

今、もっとも忘れてはならないひとつの態度を、

この三部作は語りかけようとしている。
と、フライヤーに書かれたこの企画の話を僕が最初に聞いたのは、年の暮れにゲストハウス・とりいくぐるの管理人でありコミュニティスペース・やっちのメンバーでもある明石君と飲んでいたときのことで、最初に口をついた言葉は「えっ!マジで…!?」というものだった。
昨夏、夏休みの時に京都に行った僕は、木屋町にある元・立誠小学校に毎日通い、今回上映される東北記録映画三部作と濱口竜介監督作品『親密さ』を見ていて、多大な、それこそ尋常でない感動というか、感動と言うよりは衝動というか、突き動かされる何かをぶつけられた気になった。それはすごい体験だった。というところで、昨今の僕のやりたいことの筆頭は「濱口監督の上映会をモヤウで企画するぞ!」ということだった。
明石君にそういったことを動揺しながら伝えると、「いや実は…」という感じで返ってきた。ドキュメンタリー映画の上映会を積極的におこなっているやっちでも、企画したい映画リストの上位として、今回の東北記録映画三部作があったという。
つまり、僕らはそれぞれに「先を越された!」となったのだ。
先を越したのは、よるのふねという団体のメンバーである儀三武さんという方で、東京で『うたうひと』を見、「これは!」となり、矢も盾もたまらず行動を起こした。
つまり、「誰もやらないなら私が」と行動を起こした儀三武さん、そして「先を越された!」という思いとともに上映会場となったやっちとモヤウ、関係する三方すべてがそれを待望していた、そういう企画だ。その経緯は、これ以上ないほどに好ましく幸福なものなのではないか。(なお、詳細は後日に譲るが、『親密さ』の上映も決定した。4月19〜25日、カフェモヤウにて)
さて、今回上映される『なみのおと』『なみのこえ』『うたうひと』の3部作4本は、冒頭に引用したフライヤーの言葉にもあるように、語ることと聞くことを撮り続けたドキュメンタリー映画だ。震災後の東北の様々な人々(それは夫婦だったり同僚だったり兄弟だったり友達だったり親子だったり)が語り合う『なみのおと』と『なみのこえ 新地町』『なみのこえ 気仙沼』、東北に伝承される民話を捉える『うたうひと』の4本。

『なみのおと』は、被災と復興活動の記録保存をする「3がつ11にちをわすれないためにセンター」のプログラム作品の一つであり、『なみのこえ』、『うたうひと』もその活動の延長線上にある。

東北、震災、という語が作品紹介の中に現れる映画を前にして、ほんのわずかばかりも身構えない人は今どれだけいるだろうか。少なくとも僕は身構えるし、フライヤーにある「今、もっとも忘れてはならないひとつの態度」という言葉からして、ある種の身構えが見て取れる。実際、これらの映画を見るとき、その身構えは何も間違ったものではないとも思う。いくつもの対話の中で聞かされる、震災時、震災後の人々の感情や行動や出来事に、「そんなことがあったのか、そんなふうだったのか」と僕は思いながら、時にはそこで発せられる言葉に大いに狼狽し、感動し、あられもなく涙を流した。あらゆる意味で貴重な対話が、これらの映画には間違いなく収められていると思う。

しかし、それだけではない。

京都で見たあと僕はブログにこのような感想を書いた。
「そこここに、親密という言葉以外なにものでもない時間が流れ、なんで私は今、こんなに親密であけっぴろげな他人の会話を目撃することができているのだろうという不思議な感覚に襲われた。そして最後の若い夫婦のぎくしゃくとした、最後までうまくいかなかった時間の愛らしさ、緊張感。それにしてもいったいあれらの会話は、どのような拘束というか規則のもとにおこなわれているのだろうか、どのような下ごしらえをしたら、あれらのような瑞々しい会話がカメラの前で生み出されるのだろうか。」
「なんであそこまで、カメラの前で、しかも真正面にすえられたカメラの前で、あんなにも笑顔をはじけさせ、率直な言葉を放つことができるのだろうか。もうほんと、なんだかわけがわからない。」

ここでの僕の感動や驚きは、ほとんど語られる内容やその背景には依存していないように見える。真摯に語ること、真摯に聞くこと、語る顔、聞く顔、それらが途方もなく強く、美しくカメラに収められている事態に、僕はあっけに取られ、感動したのだった。

また、酒井耕・濱口竜介両監督の、その対話を真摯に聞き取り、顔を真摯に見ようとする態度に感動したのだった。そして、それを実現するために導入されたある装置に、心底度肝を抜かれたのだった。

濱口監督は、『Playback』の三宅唱監督との対談でこんなふうに言っている。

「思うに、顔っていうのはさ、すごく雑駁に言うとそもそもいいもんなんですよ」
その信念が、これらの映画には見事なまでに貫かれているように思う。

東北の人々の顔を、僕はこれまでこんなふうに見たことがあっただろうか。

いや、もっと言えば、僕はこれまで、他者の顔をこんなふうに見たことがあったのだろうか。

僕らにはどうしたって他者が必要だろう。他者の顔をしっかりと見ること。その上で、他者の言葉を聞き、他者に言葉を向けること。

いかにしたら他者とより意味のあるコミュニケーションを取れるか、いかにしたらよりよく生きることができるか、大げさなようだけれども、たぶん僕は、これらの映画を見ながらそんなことを考えていた。
やっぱり、とは言え、震災のことを考えてしまうんだよな。そういう色だけで塗って差し出したくはないのだけれども、どうしても、僕自身が震災というものをどう捉えたらいいのか今の今までよくわかっていないがゆえか、考えてしまう。

最近、『シチュエーションズ 「以後」をめぐって』という本を読んだ。

偶然本屋で見つけて、新刊を見かけたら読みたいと思っている佐々木敦の本だからという以上の理由はなく手に取ったのだけど、それは震災「以後」の表現活動を巡る批評集だった。『なみのおと』も言及されている。

様々な小説や演劇や映画や写真等が取り上げられ、それぞれがどのように「以後」と向き合っているのかを論じていく、全体的に刺激的な批評集だったのだけど、今この上映会のことを書いている中で、「距離」を巡る考察が思い出された。

今回の上映会にも、たくさんの、本当にたくさんの距離がある。

東北から岡山までの600km以上の物理的な距離。震災からほぼ丸3年という時間的な距離。被写体と二人の監督のあいだに横たわる距離。また、震災から撮影時点までの距離。震災から編集期間を経て初上映されるまでの距離。初上映から岡山発上映までの距離……

佐々木敦はその様々な距離について、これは『なみのおと』ではなくて他の映画の話でだけど、同じことだと思うのだけど、こう書いている。
「距離を何らかの仕方で縮めようとするのではなく(それは結局、どこまでいっても不可能なことだ)、むしろ距離を丸ごと受け止めることによって、この映画を完成させた、ということが重要なのだ。」
数々の距離を抱える僕や、あるいはあなたが、東北記録映画三部作を見ながら、その距離をどう感じ、どう受け止めるのか。二度目に見る僕は今度は何を感じるのか。初めて見るあなたはどう受け止めるのか。
なんかこう、いろいろウダウダ書いてみましたが、ちょっとでも興味が湧いたならご覧になるべきだと思いますよ。損はしないはずですよ。会場でお待ちしていますよ。

なお、この3部作4本はそれぞれ1つずつ完結しているので、1つだけ見てもまるで問題はないし、どんな順番で見てもまったく問題はない。

やっちでは哲学カフェという、映画を見たあとに色々お話する時間が設けられるそうなので、喧々諤々やりたい方や喧々諤々を横目で見たい方はそちらの会場をお勧めする。

また、どちらの会場もとても寒いので(モヤウは特に寒いと思う。がんばってストーブ焚きますが)、あたたかい格好でお越しください。
各回20名定員です。ご予約は下記詳細をご覧ください。各会場でも受け付けています。
                                              カフェモヤウ・阿久津
日程
2月22日(土)@やっち
『なみのおと』     14:00~
『なみのこえ 気仙沼』 19:00~
★哲学カフェ開催    16:30~
2月23日(日)@cafe moyau
『うたうひと』     17:30~
『なみのこえ 新地町』 20:00~
3月1日(土)@やっち
『うたうひと』     14:00~
『なみのこえ 新地町』 19:00~
★哲学カフェ開催    16:30~
3月2日(日)@cafe moyau
『なみのおと』     17:30~
『なみのこえ 気仙沼』 20:30~
入場料
1,500円/1作品 5,000円/前作通し券(4回分)
関連イベント
哲学カフェ(進行:松川絵理/カフェフィロ) やっちでの上映後に開催
映画を鑑賞して感じたことや考えたことなど、お茶を飲みながらゆっくり話してみませんか。途中退出自由です。お気軽にご参加ください。
カフェフィロ http://www.cafephilo.jp/
上映会場
やっち/岡山市北区奉還町3-12-11
(map: http://goo.gl/maps/fDIZl )  http://rojitokurashi.com/yatch/
cafe moyau/岡山市北区出石町1-10-2
(map: http://goo.gl/maps/SkGrT )  http://www.cafe-moyau.com/
両会場とも冷えることが予想されますので、暖かい服装でお越しください。 また、車でお越しの際はコインパーキングをご利用ください。
定員
各回20名(先着順)
申込み・問合せ
yoru_no_fune@yahoo.co.jp(儀三武/よるのふね)
上記のメールアドレスまで【上映日・作品タイトル・お名前・ご連絡先・参加人数】をご明記の上、お申し込みください。
上映会場(やっち・cafe moyau)でもお申込みを受け付けています。
※facebookページ上の参加ボタンは正式の申し込みになりませんので、ご注意ください。
『なみのおと』
2011年/ドキュメンタリー/日本語/カラー/142 分
監督:濱口竜介・酒井耕/撮影:北川喜雄/整音:黄永昌
制作者:堀越謙三・藤幡正樹/制作:東京藝術大学大学院映像研究科/制作助成:芳泉文化財団・German Japanese Association/制作協力:せんだいメディアテーク<3がつ11にちをわすれないためにセンター/配給:silent voice LLP
2011 年に津波の被害を受けた三陸沿岸部に暮らす人々の「対話」を撮り続けたドキュメ ンタリー映像。姉妹、夫婦、消防団仲間など親しいもの同士が震災について対話し、そこ から生成される人々の「感情」を映像に残すことで当事者としての記憶を伝えようという 試み。 岩手県田老町の女性によって読まれる昭和 8 年 3 月 3 日の大津波の紙芝居にはじまり、気 仙沼、南三陸、石巻、東松島、新地町と南下しながら、消防団員や市議会議員、夫婦や姉 妹など、親しい者同士や監督との対話が行われる。津波の恐ろしさや悲惨さと復興への強 い思いが混在したその声には、聞き手の存在によってこそ生まれる情感、現実感があり、 未来へと伝えるべき貴重な価値を宿している。 移動の間に朗読される昭和 8 年津波被害を記録した山口弥一郎のテクスト、冒頭の紙芝居、 土地の風景や音とともに、幾度も津波に襲われた歴史をもつ三陸の姿とそれでもそこに住 み続ける人々の意志とが描かれ、故郷とは何かという問いが自ずと発生する。土地の記憶 を切断してしまった出来事を、語り継ぐ言葉のひとつひとつがその答えなのかもしれない。 濱口竜介・酒井耕監督による東北記録映画三部作 第一部。
『なみのこえ 気仙沼』
2013年/ドキュメンタリー/日本語/カラー/109 分
監督:酒井耕・濱口竜介/実景撮影:佐々木靖之・北川喜雄/整音:鈴木昭彦・黄永昌/カラリスト:馬場一幸/制作:silent voice LLP/制作者:芹沢高志・相澤久美/制作助成:公益社団法人 企業メセナ協議会(GBFund)・NPO 法人 アート NPO リンク(アート NPO エイド)・P3 art & environment・一般社団法人 震災リゲイン/制作協力:せんだいメディアテーク<3 がつ 11 にちをわすれないためにセンター>・NPO 法人 記録と表現とメディアの ための組織 remo/機材協力:東京藝術大学大学院映像研究科/協力:気仙沼市民会館・気仙沼商工会議所・気仙沼本吉地域防災センター・気仙沼漁業センター・気仙沼大曲コミュニ ティセンター・新地町役場・目黒鉄工・相馬双葉漁協同組合新地町支所・新地町図書館・細谷修平・株式会社 はらほろ
『なみのこえ 新地町』
2013年/ドキュメンタリー/日本語/カラー/103 分
監督:酒井耕・濱口竜介/実景撮影:佐々木靖之・北川喜雄/整音:鈴木昭彦・黄永昌/カラリスト:馬場一幸/制作:silent voice LLP/制作者:芹沢高志・相澤久美/制作助成:公益社団法人 企業メセナ協議会(GBFund)・NPO 法人 アート NPO リンク(アート NPO エイド)・P3 art & environment・一般社団法人 震災リゲイン/制作協力:せんだいメディアテーク<3 がつ 11 にちをわすれないためにセンター>・NPO 法人 記録と表現とメディアの ための組織 remo/機材協力:東京藝術大学大学院映像研究科/協力:気仙沼市民会館・気仙沼商工会議所・気仙沼本吉地域防災センター・気仙沼漁業センター・気仙沼大曲コミュニ ティセンター・新地町役場・目黒鉄工・相馬双葉漁協同組合新地町支所・新地町図書館・細谷修平・株式会社 はらほろ
『なみのこえ』は、2011 年に製作された『なみのおと』の続編であり、前作を踏襲する 形で東日本大震災の津波被災者に対するインタビューから成る。前作『なみのおと』では 震災から約半年後、岩手から福島に渡る広域で記録したのに対し、『なみのこえ』は震災 から約一年後に福島県新地町と宮城県気仙沼市に絞って記録した。 私達がインタビューをしていく中で心がけたことは、聞く相手を被災の過酷さや体験談の 鮮烈さによっては選ばないということだ。私達は出会った多くの被災者に「私たちよりも っと悲惨な体験をした人がいるから、そちらに聞いて欲しい」と何度となく言われた。地 震でライフラインが止まった人、家の半壊した人、家を流された人、親しい人を流された 人、家族を波に呑まれた人...。どこかにある「被災の中心」から離れるほど「語れない」。 彼らは被災したにもかかわらず、被災した度合いによって「負い目」を感じているようだ った。しかし、その「被災の中心」を求めて行く先は、もはや声なき死者である。決して 聞けない「死者の声」が生き残った人々の声を封じていた。 本作に登場する 21 人は単に震災のことだけを語るわけではない。彼らは被災体験を語り 合ううちにインタビューを「おしゃべり」へと変えていく。そこにあるのは「被災者」の 声ではなく、彼ら一人ひとりの声だ。私達はこの声を 100 年先まで残したいと考えた。 100 年後の未来、私達は同じく死者であり、この映画は「死者の声」になっているだろう。 この映画に収められた彼らの声と、今は聞くことのできない波に消えた声が、100 年後の 未来でつながっていくことを祈って、この映画『なみのこえ』は撮られている。
『うたうひと』
2013年/ドキュメンタリー/日本語/カラー/120 分
出演/伊藤正子・佐々木健・佐藤玲子・小野和子(みやぎ民話の会)
監督:酒井耕・濱口竜介/撮影:飯岡幸子・北川喜雄・佐々木靖之/整音:黄永昌/タイミング:定者如文/制作者:芹沢高志・相澤久美/制作:silent voice LLP/制作助成:文化庁 文化芸術振興費補助金・公益社団法人 企業メセナ協議会(GBFund)・公益財団法人 全国税 理士共栄会文化財団/制作協力:せんだいメディアテーク<3がつ11にちをわすれないためにセンター>・みやぎ民話の会/機材協力:東京藝術大学大学院映像研究科・合同会社 epigraph
酒井耕・濱口竜介監督による『なみのおと』『なみのこえ』に続く東北記録映画の第三部。 昔話/伝説/世間話といった地域固有の物語を伝える「民話」。その価値は単に物語の意 味内容に留まるものではない。奇想天外な登場人物たち(ときに動物、鬼、もののけ...) や、突拍子のない展開は、彼らの先祖たちが厳しい暮らしや残酷な現実の中から作り出し た「もう1つの世界」でもあった。 二人は前二作における「百年」先への被災体験の伝承という課題に対して、東北地方伝承 の民話語りから示唆を得る。栗原市の佐藤玲子、登米市の伊藤正子、利府市の佐々木健を 語り手に、みやぎ民話の会の小野和子を聞き手に迎えて、伝承の民話語りが記録された。 語り手と聞き手の間に生まれる民話独特の「語り/聞き」の場は、創造的なカメラワーク  によって記録されることで、スクリーンに再現される。背景となった人々の暮らしの話と ともに語られることで、先祖たちの声がその場に甦る。映画と民話の枠を超えた、新たな 伝承映画が誕生した。物語の考察なども含め十数話を収録。
  • 『酒井耕(さかい・こう)』
    1979 年長野県生まれ。映画監督。現在の活動拠点は東京。東京農業大学在学中に自主制作映画を手掛け、卒業後、社会 人として働いた後、2005 年に東京藝術大学大学院映像研究科監督領域に入学。修了制作は『creep』(2007 年)。『ホ ーム スイート ホーム』(2006 年)の他、濱口と共同で東北記録映画三部作『なみのおと』(2011 年)『なみのこえ』 (2013 年)『うたうひと』(2013 年)を監督。現在は 映画製作と平行して、各地の土着文化の再編活動に携わっている。
  • 『濱口竜介(はまぐち・りゅうすけ)』
    1978年、神奈川県生まれ。2008年、東京藝術大学大学院映像研究科の修了制作『PASSION』がサン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスに出品され高い評価を得る。その後も日韓共同製作『THE DEPTHS』(2010)、東日本大震災の被災者へのインタビューから成る映画『なみのおと』『なみのこえ』、東北地方の民話の記録『うたうひと』(2011~2013/共同監督:酒井耕)、4時間を越える長編『親密さ』(2012)を監督。2013年からは神戸に居を移し「即興演技ワークショップ」を9月から開催。精力的な制作活動を続けている。最新作は『不気味なものの肌に触れる』(2013)。